本屋の幽霊

 駅前のビルに入っていた本屋が閉店した。次のテナントが決まらないのか、もう一年以上もその跡地はガランとしたままだ。その跡地について、こんな噂がある。本屋の幽霊が出るというのだ。

 そう、本屋の幽霊。本屋に現れる人間の幽霊ではなく、本屋そのものの幽霊である。それは、こんな話だ。

 駅前といっても静まり返った深夜。すでに人はいないはずのビルのガラスのドアから、うすぼんやりと明かりが漏れている。本屋が閉店してから何もないはずのフロアだ。なんとなくドアに手をかけると開いた。中を覗くと、ずらりと並んだ本棚が青白い光に照らされるように浮かび上がって見える。元あった本屋と同じ配置のようだ。夢のようだ、と思いながら入っていき、棚や本に触れようとすると、手ごたえは煙のようにあやふやだ。きっと、これは本屋の幽霊なのだろう。怖いような不思議なような気分でビルから出た。振り返ると、元の真っ暗なガランとした空間。幻を見たのだろうか?

 ……と、とある人が会食の席で話すと、同じ駅を利用している人たちが、自分も同じような体験をしたと話し始めた。ビルのガラスのドアからほの明るく本屋の店内のような光景が見えるのだが、しばらくするとふっと消えてしまった、といった話だ。時間はいずれも深夜だった。

 噂は広がり、本屋のファンだった人々がちらほらと深夜にそのビルを訪れるようになった。今も本屋の幽霊が現れることはあるようだが、実体がないから、本を手に取ったり読んだりすることはできない。しかしファンにとってはそれで充分なようで、深夜のビルは隠れた人気スポットとなっている。

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