第15話 一つずつ

「お帰りなさい」

ネクタイを緩めながら部屋に入ってくる貴志に、辿々しく声をかける。

その後ろからカバンを持った岬さんが入ってくる。

貴志はただいまと微笑んだ後、辺りを見渡す。

「秀はどうした?」

「プールに行った」

「そうか。本当に大丈夫なんだろうか、あいつは・・・」

心配そうな顔をしながら、ソファーに腰を下ろす。俺は、その向かいに腰を下ろし、貴志を見つめた。

「何故、そこに座る?」

「あ、あの・・・俺、話があって・・・秀は気を効かせて出てくれてるんだ」

そう切り出すと、貴志は岬に視線を向ける。

「何かあれば声をかけるから、2人にしてくれるか?」

貴志の言葉に、岬さんは頷いて奥の部屋へと歩いて行った。

その後ろ姿を見届けた後、貴志が自分の隣を叩く。

「話があるなら、尚更、近くに来てくれないか?」

優しい声でそう言う貴志に、少し戸惑った後、わかったと返し隣へ移動する。

俺が座ると、貴志はすぐに俺へと体を向け、手を取った。

それから俺が口を開くまで、微笑みながらじっと待つ。その表情に俺はドキリとするが、意を決して口を開く。

「俺ね、貴志くんと過ごすようになって、もっと貴志くんといたいと思った」

「うん・・・」

「でもね、大学すら決めかねて先が見えない俺が側にいてもいいのかって・・・俺、不良品だからさ。未だに運命の番ってのもわからない。だから、貴志くんとの未来に自信が持てないんだ」

「天音・・・」

少し怒ったような声で貴志が口を開く。

「頼むから、自分の事を不良品だと言わないでくれ。天音が傷つくのは嫌だ。傷つけているのが天音自身だとしても嫌だ。天音は不良品じゃない。少しだけ他より遅いだけだ。それが悪い事ではない」

「でも、それがずっとだったら?貴志くんが真っ直ぐに気持ちを伝えてくれてるのがわかるからこそ、不安なんだ。このまま、貴志くんと一緒になっても、このままだったら、後継者でもある貴志くんの子供も作ってあげれない」

「ふっ・・いや、すまない。天音が俺との子供を考えてくれてると思ったら嬉しくて・・・でも、天音、確かに授かれればそれに越したことはない。だが、俺は子供とかより、天音と心を通わせて暮らす方が大事だ。もし、それで反対されてたとしても、俺は他を選ばない。天音以外は誰もいらない」

「貴志くん・・・でも、君はまだまだ若い。きっとこれから立派な男になる。その過程で出会いもいっぱいあると思う。それでも、俺を選ぶの?それでこそ、留学なんて行ったらきっと目移りする。俺は・・・イヤだけど、それが貴志くんの為になるならきっと身を引く。今の俺は、それくらい自信がない」

そう溢した瞬間、目頭が熱くなるのを感じて俯く。すると、貴志がそっと手を伸ばし俺の目元を拭う。

その仕草を見て、秀の言葉が思い出される。背が小さい分、俯いた表情に気付きやすいというあの言葉を・・・。


「天音は俺の事が好きか?少なとも昨日、手を繋いだときに返してくれた言葉は、そうなりたいと願ってくれただろう?」

「・・・・うん。俺、貴志くんとそうなりたい。貴志くんが好き」

沸々と湧き上がる感情が溢れて、より一層涙を誘う。

貴志はめいいっぱい手を伸ばし、俺を抱きしめる。それでも、身長差からか俺の胸に抱きついた感じになってしまう。

「本当にこの差はもどかしい。天音を包んでやれない」

「ふふっ・・・充分包んでくれてるよ」

「・・・少しかっこ悪いが、気持ちはそのつもりだ。天音、どうか俺を信じて欲しい。俺には天音だけだ。天音だけが欲しい。天音が好きでたまらない」

背中に回った貴志の手が優しく撫でる。

「あぁ・・・留学を辞めてしまおうか」

「えっ!?」

「行かなければただ、結婚が遅くなるってだけだ。結婚しなくても番にはなれる。それならば、ずっと天音の側にいて、天音の不安を全て取り除いてやりたい」

「貴志くん・・・嬉しいけど、それはダメだよ。俺と出会う前から決めていた事でしょう?」

「そうだが、後継者の勉学など日本でもできる。天音と出会ってからは、結婚したいが為に行くつもりだった。だが、こんなに不安に思って、ありもしない事を想像して、既にやきもち妬いてる天音を置いていけるわけないだろう?」

「やきもちって・・・」

俺は急に恥ずかしくなって顔を赤らめる。貴志は体を離し、俺の頬を撫で、そこにキスをする。それは届く範囲ではあったが何度も繰り返される。

「ちょ、ちょっと・・・」

動揺する俺に、貴志は眉を顰めて見つめる。

「これがムラムラか。あぁ・・・俺はいつになったら、天音を抱けるのだ?」

「え・・えっ!?だっ・・だっ・・」

「くそぅ・・天音の側にいたいが、天音を抱くにはさっさと留学に行って終わらせないといけないのか・・・」

真面目な顔でブツブツと呟く貴志に、俺は小さく呟く。

「・・・バカ。そんなの知らないよ」

そう言い残し、俺は自分の部屋へと走っていった。

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