第14話 見えない不安

翌朝、午前は仕事の貴志を見送った後、俺は少しでも宿題を進めようとノートを開く。貴志が教えてくれた分、普段の俺の進み具合より進んではいたが、秀に比べるとだいぶ遅れている。

そんな秀は午前中はゲームと決め込んだのか、ゲーム機をガサガサいじり始めた。

何となく無言の時間が過ぎていたが、秀が口を開く。

「天音、何が不安だ?」

「え?」

不意に尋ねられて俺は顔を上げて秀を見つめる。

秀はテレビ画面から目を離さず、カチャカチャとコントローラーを動かしながら、また口を開く。

「昨日の夜、元気なかったろ?勉強しすぎて疲れたとかいって、先に寝るし・・」

「・・・気付いていたんだ。秀には隠し事できないね」

「何言ってんだ?貴志も気付いていたぞ」

「え・・・?」

戸惑ったように声を漏らすと、秀は小さなため息を吐いて、コントローラーを置く。そして、ゆっくりと俺を見た。

「あのな、俺は付き合いが長いからすぐ気付いた。貴志は何でだと思う?」

秀の問いかけに俺は首を振る。

「お前が俯いた時、大抵上から目線だと、ただ下を向いているだけだと思う。だけど、背の低い人だったら?」

その言葉に俺は息を呑む。

「背が低いからこそ、俯いているお前の表情がよく見えるんだ。天音、何がそんなに不安なんだ?」

俺は自然にまた俯く。それからゆっくり口を開いた。

「全部が不安なんだ。先が見えない事も、貴志くんとの事も・・・」

「それはやりたい事が見つからないか?それとも、オメガだからか?」

「両方だよ。大学というほんの先の事もわからない。だから、その先の事も見えない。それに、劣性の俺が貴志くんの隣にいてもいいのかも不安だ」

「大学の事は・・・まぁ、時期も時期だから焦るだろうけど、貴志との事はゆっくり見据えてもいいんじゃないか?あいつもまだ子供だ。時間はいくらでもある」

「でも・・・貴志くんと一緒に過ごすようになって、貴志くんの気持ちが凄く伝わるからこそ、このまま一緒にいていいのか悩むんだ。まだ子供だからこそ、この先出会いだっていっぱいある。それでこそ、俺なんかより素敵なオメガに会うかもしれない」

「貴志は天音がいいんだよ。ベータの俺にだってわかる。貴志は男として、アルファとして、オメガの天音を求めてるんだ。無理にそれを受け止めてやれとは言わない。俺は天音の気持ちの方が大事だからな。でも、お前もほんの少しでも求めているのなら、素直に従ってみたらどうだ?お前は劣性だからというが、今となっては俺はそれで良かったと思う」

「・・・どうして?」

「考えてみろよ。天音が普通に発情期とか来てて、貴志みたいな既にアルファの風格を持っている奴が急に側に来たら、きっと触発されてる。そうなると、懸念してた事が起こりゆる。そしたら、きっとお前達は側にいることさえ、許されなくなるんだ」

秀の言葉に、俺はゾッとする。

万が一、そんな事があれば確実に俺は捕まる。タイミング的に、俺も未成年だったとして捕まらなくても、貴志とは引き離される。

たとえそこに恋愛感情や婚約者という名があっても、犯罪は犯罪だ。

オメガ法でそう決まっている。

何より優性アルファである貴志にも何かしら罰が与えられる。

それは、貴志が優秀すぎる故だ。

「それは・・・イヤだ・・・」

「そうだろ?それに、今の天音の顔は前と違う。犯罪者になると怯えていた顔じゃない。心底、貴志の事を心配している顔だ。それに、離れる事も嫌だと思ってるんだろ?それが、答えなんじゃないか?」

答え・・・そうだ。俺は貴志と離れたくないと思っている。

そう自覚した途端、ドクンドクンと心臓が鳴り始める。

「午後、俺はプールにでも行ってくるからさ。その不安を貴志にぶつけてみろ。子供だけど、心は俺達よりずっと大人だ。きっと、受け止めてくれるよ」

秀はそう言いながら俺の頭を優しく撫でる。

俺は小さく頷いて、ありがとうと呟いた。

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