コートの男

一瞬の時が流れ、無理矢理言葉をまとめた

「どうも、こんにちは」

顔に貼り付けた愛想笑いには自信があるが

内心穏やかではない、

さっきまでとは違う汗が重力にしたがって

全身を流れていく。

男は長年同じ顔をしているのであろう、

顔に深く刻まれている皺を動かさずに続けた。

「私は当館私立図書館の、館長をしています」

まるで建設中に放棄され、

むき出しの鉄骨じみた名付けに、

上手い返事が見つからず、話題は彼の後の

滝の流れにさかのぼる

動きをした湯気に移った。

私のアイコンタクトを受け、少しだけ

口角を上げた気がする程度で、やはり

先程と変わらない顔で、紅茶を勧めてきた。

彼は1つの行動にいくつものマナーが

感じられほど動きに無駄がない。

「どうぞ、熱いのでお気をつけて」

「ありがとうございます。

 夏に紅茶もいいですね」

夏?あー夏、

男の顔がはじめて動揺を見せた。

同時にさっきまでの何度も繰り返したような

滑らかな言葉では無く、

はじめて言葉に詰まる様子を見せてきた。

それならと、一回り大きいグラスを氷で満たし

そこに先程の紅茶を注いでいく。パチパチ

熱で氷の中の空気がにげる、

軽くかき混ぜる時の氷の音が

ここに来て最も夏を実感した瞬間だった。

見事な手付きでアイスティーに早替わりである

はじめて続きの不安定な状態なことも忘れて

勢いよく飲み干す。手が乾いてしょうがない

「ブレンドティーなので、

 味の保証はないのですが

 当たりみたいですね」

今度は少しイタズラっぽい笑みを浮かべて

語りかけてくる目の前の男に取材を申し込み、

これまでの経緯を話す、

自身の城を都市伝説扱いされたことに

多少の怒りは覚悟したが、予想と違い

とても好意的な笑みが返ってきた。

「当館は必要とする人が来る場所ですので

 対して問題ないんです。

ですが、お望みの様な話題はないですね。」

とても温和だがキッパリと端的に告げられた

そしてこう続けた、

よかったら本を借りていきませんか、

私に選ばせてください。

「僕に合わせて選んでくれるんですか?」

これは、記事のちょっとしたネタにでもしよう

行合わせにはなるだろう

「ぜひお願いします。」

館長は今までで1番楽しそうな顔をして

周りをゆっくりと見渡して、子供の様に

つまらなそうな顔をした。

ティーポットの中に

ドライフルーツを入れ始めた

茶葉、レモン、イチゴ、白桃

そして、暑い液体がなが

視界が塞がった、目の前が黒い

世界を独占した景色みたい、

不思議と恐怖はなかった。

「そのまま開けないでくださいね。」

あの男も近くにいるみたいだ、

館長の声色には抑揚がなかった、

会話で気分に浮き沈みがないようだ。

これは気付かないだけで

ずっとそうだったんだろう。

あの男にとっては数ある1つ程度なのだろう

そう思っても納得できる生物なんだ。

目が開く、間違うはずがない

自分自身が嫌と言うほど体験した

あの図書館までの永遠の一本道だ。

大きな木の根元にいた、

足元にはガラスの外側に水が斑点になり

こぼれ落ちるグラスと、1冊の本

『フルーツブレンドティー砂の女を添えて』

密集してできた木陰に腰を下ろす

コクと喉をぬらす、それから

砂の女という本のページを捲る

これはどんな物語なんだろう、

ワクワクしている。

ここからは長い帰り道なのだから

少しだけ寄り道をすることにしよう。





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