啓蟄の裏

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話 「T湖畔にて」の真相

 ひゃっほい!

 生徒から、「坂木さかき先生がくれさんを泣かしたんだって」と聞いたので、私は意気揚々として、坂木先輩を殴りに行った。

 もちろん、学校の外で。具体的には、坂木家新宅である。手土産のケーキも忘れずに。

「殴ってもいいですよね?」

 笑顔で聞く。もちろん、目は笑っていない。

 坂木先輩は、たらりと鼻血を流した。

「うわあ、暴力教師だあ…」

 棒読みである。石矢いしや先輩が、鼻の穴にティッシュをつっこむ。

「まあ、一発くらいならいいかと思ってね」

「私も手が痛くなるので、一発で我慢します」

 きゃっきゃっうふふとはしゃぐ先輩と後輩。それを白い目で眺める坂木先輩。

田中たなかさん、今、三木みき高で美術の先生やってるんだね。知らなかった。と言うか、どうでもいいけど…」

 いらっとする。

「坂木先輩こそ、何で、今更文芸部に顔出すんですか。幽霊部員だったくせに」

「私は、活動はしていたよ。文芸誌で、三木高文芸部代表で連載していたくらいだし…」

 頭をかきながら、下を向く。私は、溜息を吐く。

「私ね、本当は、坂木先輩が湖から帰って来たら、殴ろうと思っていたんですよ。でも、びっくりして、腰が抜けてしまって…」

 ケーキをパクパク食べていた石矢先輩が顔を上げる。

「何だっけ、それ?」

「坂木先輩が女の子を湖に沈めた話です」

「ああ~…」

 納得して紅茶を飲む。

「いや、待って。私は、殺してないからね。それを言うなら、呉さんのおじいさんだって、何かものすごく不吉な曲を女の子に弾いてやったんだよ」

「あれは、いいんだよ。あの子が自分から頼んだんだから。それを言うなら、坂木君が貸した本が悪いね」

「えっと…。何を貸したんだっけ…?」

 立ち上がり、本棚を眺める。

「あげたんじゃなかったっけ?」

「それはそう」くるりと振り返る。「でもね、あの本、六百から七百ページくらいあったと思うんだけど…」

 私は下を向いて、膝の上で組んだ手を見つめた。

「え、じゃあ、もともとその子はそのお話を知っていた?」

 顔を上げる。

「そう。だから、私のせいじゃない。自分から、湖に来たんだと思う」

「よかった! それじゃあ、まあ、幇助ほうじょにはならないね!」

 私は顔をしかめた。

「そういう話ですか…?」

「いいの、いいの。この家の元の持ち主に比べたら!」

 一気にケーキが逆流してくる。急ぎ、トイレに駆け込む。台所で、口をすすぐ。クラクラする頭で、「坂木先輩のばあか!」と捨て台詞を吐いてから帰宅したのだった。

 石矢先輩も、大概、頭がおかしいのである。

 まあ、呉先輩と坂木先輩と仲良しなのだから、当然と言えばそうなのであるがー…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る