第5話 助け続けてください
「し、死ぬかと思った」
全てのモンスターを殺した血だらけの地面にぐったりと座り込みながら、レンナが言う。
――すごかった
――
――マジで何者なんだこいつ?
あの地獄が羨ましいか? とホルダーに流れてくるコメントに突っ込みそうになるが、確かにこの男が何者かは気になる。
「あなたって……何者?」
「何者? 逆に君は何者?」
なんて返せばいいのかわからない質問をされた男は、そのまま質問を返す。
「えっと、私の名前はレンナ=レイ――レンナって呼んで」
「そう、ガゼット=アルマークだ」
レンナの返答に応じて、ガゼットは返事をすると、そのまま黙ってしまう。
「えっと、私はダンジョン配信をしてる配信者! んで……あなたは剣士?」
「配信者?」
「知らない?」
「興味ない」
そっけなく返され会話が打ち切られると、ガゼットはそのままどこかへ歩いて行こうとする。
「待って!? ちょっとお願いが!」
去り行くガゼットに、レンナはお願いして引き止めようとするのだが、相手はそのまま足を止める様子を見せることなく、本当に歩き去ろうとした。
「まっ、まっt、んあー、アレ? ちょっと魔法がうまくいかないミタイー」
適当なことを言いながら、レンナはホルダーの配信を無理やり終えると、痛む身体を無理やり引き起こして、なんとかガゼットの背中に追いつく。
「ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど」
逃がさないように
「あなたって強いのね」
そんなガゼットの視線に気にすることなく、レンナは服を緩めて腕を
彼女とて、このような真似をするのは本意ではない。
こんなところ視聴者には見せられやしない――だが、もはや彼女は自力で脱出することは叶わず、ここでこの男を逃したら、この後に待つのは『死』のみである。
「足が痛くて困ってるの……助けてくれない」
甘えるような声を出し、上目遣いで
強くもなければ、ダンジョン攻略においてもすぐ逃げる。
そんな彼女に視聴者がつくのは、ひとえに美少女だからに他ならない。
自身の美貌を全力で利用した
採血球――効果範囲内の死体から、血を採取するための魔道具。
主な用途としては集めた血の情報を利用して、もっぱら
つまり――
「もしかして、目的は踏破じゃなくて討伐?」
もちろん踏破ついでに、討伐モンスターを記録する場合もあるのだが、正直なところ、わざわざ蹂躙しにきたあたり、目的が討伐である可能性は高い。
一瞬だけ、ガゼットがこちらを向き、何か言おうと唇をわずかに動かすが、面倒になったのか、そのまま前を向いてしまう。
「き、
死体の群れから、血が飛び出し採血球の周りを
どこか幻想的にも見える光景にレンナがうっとりとした様子で感嘆する――理由はもちろん媚びて媚びて媚び尽くすため。
幻想的に見えるのは本当だが、死ぬかどうかの瀬戸際ではさすがに感動とは結び付かない。
「ねぇ。ガゼットはこれから、どこいくの?」
「下」
秒で最悪の答えを出す男に、レンナは思わず顔が
「それは、レンナ困っちゃ~う」
「そう」
必死に可愛こぶって、やってみるおねだりをガゼットは短く返す。
無愛想というよりも、わりと本気でレンナが困ろうが死のうが問題ないと言ったところか。
――本当に困ってしまう。
「えっと、せめて出口まで一緒に行けると嬉しいんだけどなぁ~」
「そうか」
「だから、お願い。一緒に出口まででいいから助けて!」
「なんで?」
なんで? じゃねーよ! 助けてくれ!
ポロッと漏らしそうになる本音をグッと堪えて、レンナは考える。
色仕掛けはダメ――お願いもダメ――どうすれば? 何だったら動くのか?
「じゃあ、依頼! 依頼するから!」
「依頼?」
「そう依頼! ダンジョンの外でゴブリンを見つけたから、それを倒してほしいの!」
先ほどよりはマシな反応にレンナはひっそりと
今はまだ出口から近いはずで、そのままゴブリンを見つけて倒す頃には、自力で帰れる位置になるはず。
そんなレンナの真意に、気付いてか気付かずかガゼットは考え始める。
「依頼。だな?」
「ん? えぇ、そうよ!」
何かダメな言質をとってしまった感触がレンナを襲うが、結局のところ、男に殺されるか、ダンジョンで死ぬかのどちらかであれば、可能性がある方を選べばいい。
いや、全く良くはないのだが。
「わかった」
男は短く
「ダメ、一緒! 途中! 一緒!」
このまま飛び跳ねて、駆け抜けていきそうな男の体に張り付いて、レンナは必死に
「ダメ! 私も! 一緒おおお!」
必死の叫びが届いたのか、ガゼットは体に込めた力を緩め、そのままレンナを貼り付けたまま、歩き始めていく。
「えっ? ちょっ、だめよ! 勝手に先いっちゃダメだからね!」
淡々と依頼をこなしに出口へと向かうガゼットに叫びながら、レンナはホルダーを取りに行くと全力でガゼットに追いつくのであった。
無愛想にみえる男との帰宅途中、ホルダーをいじるレンナを不思議そうに見つめながら口を開く。
「何してるの?」
「ん? ホルダーを触ってるだけだけど……つけていい?」
先程まで何一つ興味なさそうな男であったが、さすがに帰る道中までその意思を貫くつもりはないらしく、ホルダーをいじるレンナに話し始める。
「好きにすればいいけど、なにそれ」
「配信道具よ。こう使うの――ところで顔出しって問題ない?」
「? 好きにすれば?」
全く理解しないながらも、ガゼットが同意したのをいいことにレンナは配信を始める。
「やほはろ~。いや、なんとか繋がって良かった!」
――大丈夫だった?
すぐにコメントが一つ表示されて、
「今から、このアビスフェルシアを出ま~す。ちなみに、一緒についてきてくれるのは、ガゼット=アルマークさんです!」
自己紹介されたガゼットは眉ひとつ動かさずに、ホルダーをじっと見つめ始めた。
「ねえねえ、もしよければ、何か言ってくれない?」
「あぁ」
緊張しているわけではなさそうだが、ガゼットはおざなりな返事をすると、いきなりホルダーに顔を近づけてくる。
――男が顔を近づけるな!
――きしょい
――これもう事故だろ
散々の罵倒コメントが流れ、その内容をガゼットは目で追っているのだが、理解してるのか、いまいちわからない様子で観察を続けていく。
「なんか、変な魔法だな」
違和感に眉を
「もうすぐ出口だな」
「……そうね」
だんだんとミノタウロスと亡霊騎士がいた部屋に近づいていき、レンナは思わず身構えるのだが、感傷無きガゼットはスタスタと先に進むのであった。
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