第3話 ダンジョンに潜む恐怖の塊
振り上げられた棍棒を躱せと、レンナの脳は命令するが、痛みと恐怖で縛られた体は動かない。
アビスフェルシア――いまだ階層数すら不明の恐ろしいダンジョンに分不相応で乗り込んだ
(あぁ、もう駄目だ)
襲いくる恐怖にレンナは必死に体を縮こまらせ――あまりの恐怖にゴブリンの手からは棍棒が離れ落ちた。
がごん
「……ふえぇ?」
ゴブリンの棍棒がいきなり目の前に落ち、レンナは思わず目を丸くする。
あまりの状況に理解が追いつかず、周りを見渡すと原因に気付く。
ここに入ってきた時から感じていたアビスフェルシアでの恐怖感の正体。それは――
「なに……あれ?」
これまで感じていた恐怖がダンジョンに対する恐怖ではなく、ダンジョンにいる存在そのもの――ゴブリンやコボルトとは関係がなかったことを理解してしまう。
正体がわからない何かがそこにいた。
――何があったんだ?
――どうした?
――はよ、やれ!
映像越しには伝わらない恐怖に、視聴者は手抜きゴブリンへと野次を書き散らすが状況はすでに次の段階へと進む。
「なん……なの?」
まるで恐怖の権化とも呼べる存在――それは矢のように走り出すと、コボルトたちを吹き飛ばしていくのであった。
「夢?」
驚きのあまり
――なんじゃあれ!
――吹き飛んでるぞ!!!
――大丈夫、俺の頬は痛い
何かしらの情報が得られるかと、ほんの少しばかり期待していたコメントだが、せいぜい夢ではなさそうといったことぐらいか。
それとも全部が夢だったりするのか?
冗談にも思える光景――突進するなにかにコボルトは吹き飛ばされ、そのまま遠くにいるゴブリンの群れを落として被害を拡大していく。
激しい打撃音が絶え間なく響くのだが、それに合わせてポコポコとコボルトが飛んでいく様はまるで悪い冗談のようであった。
「ひっ」
心臓がギュッと掴まれる感触を感じると、モヤの塊は宙を飛び、そのままレンナの前に落ちてくる。
「えっ、まさか――」人間!?
まるで心当たりのない存在にレンナはホルダーを覗く。
――なんじゃありゃ?
――あれは、バスターソードか?
――本当に人間か?
人間とは思えぬ雰囲気に、驚きの跳躍力。
全く何もわからない未知なる存在。手に持つ大剣がバスターソードというらしい……かも知れないぐらいの情報しかなかった。
「あなたは……ナニ?」
人間のように見えるナニかにレンナが問いかけると、黒いモヤの中から金色の
「……モンスターじゃない?」
口を開いたモヤは気の抜けたような声を出す。
バスターソードこそ構えたままだが、先程までの
「う、うん、そう。助けて!」
正体がわかれば話も変わる。先ほどまでの恐怖感を漂わせない男に、レンナは素直にお願いする――のだが、相手は戸惑った様子で首を傾げた。
「お願い!」
必死に頼むレンナだが、そもそも周りにいるのはゴブリンとコボルトの群れ。
二人の約束を見守っているはずもなく、困惑して立ち尽くす男に、レンナを襲おうとしていたゴブリンが男へと飛びかかる。
「危ない!」
「んー?」
不思議そうな表情で振り向きながら、大剣も一緒に振り回すと、襲ってきたゴブリンは遠くにぶっ飛んでいく。
あまりに冗談のような光景をまざまざと見せられたレンナは思わず目を丸くする。
だが、肝心の相手は『何か危険なことがあったか?』とでも言いたげな様子であった。
「えっ、あっ、強いのね! だから、その助けて欲しいな?」
ダンジョンにおいてダンジョン配信者――ましてや、チームを組んでいない相手であれば9割9分で足手まとい。他の邪魔になるような真似はご法度。
もっとも、そんなこと気にして死を選ぶぐらいなら、邪魔する方がマシである。
だからといって、レンナにできるのはせいぜい相手の善意に付け込むぐらいしかないのだが、面倒くさそうな様子のまま、男がモンスターと向き合ってくれた。
「すごい……」
ビュゥゥン
風を切るように走り出し、でかいバスターソードを振り回して、ゴブリンの元へと切り込んで吹き飛ばしていく。
「……あれ?」
わらわらといるモンスターを一瞬で吹き飛ばす男であるが、守り方といえば最低点であろう。
なんせ、縦横無尽にゴブリンやコボルトを惨殺するさまに、コメントでは面白いと湧いているのだが、そんな配信をしている彼女自体は恐ろしく無防備である。
明らかに強すぎる男へ突っ込むほどゴブリンもコボルトも馬鹿ではない。
というより、半分が逃げ始めて、男の周辺のゴブリンたちが、無謀に立ち向かって殺され続け、そして、その残りは少女のもとへとやってくる。
「ちょっ、助けて~!」
甲高い悲鳴を上げながら、レンナは襲いくるモンスターを対処していくのであった。
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