第31話 とあるミステリ研究会員の本当の願い【問題編】③

 約束どおり昼休みに屋上へ行くと、他の三人はすでに来ていた。


「嘘でしょ! 寒すぎない? しかも日差し強っ! 自慢の白肌がやける! 冬の紫外線、舐めんなよ!」


 提案したのは誰だ? と言いたくなるようなセリフを叫んでいるのが紫村しむらヒサヨシ。

 

 そういえば、ヒサヨシっていつも屋上で文句言っていたよなぁ、と思い出す。そのくせ、教室で弁当を食べるのは嫌だとか言うんだよな。結局、夏の日差しの下でも、冬の木枯らしの中でも、いつも屋上で食べていたんだっけ。


「じゃあ、学食に行くか? 別にもう中等部じゃないんだし。それと、節分は過ぎたから、暦の上だと冬ではなくて春だぞ」


 呆れた顔で答えているのが緑川みどりかわジュンジ。銀縁メガネに、淡々とした話し方。一見するとクールで近付きにくいけど、中身は友達思いのオカンな奴。なんだかんだ言って、ヒサヨシのわがままを無視しないんだよな。


「食堂でできる話じゃないでしょ! ってか、暦の上では春とか、どーでもいいし。この寒さと日差しは春じゃない!」


 ぎゃあぎゃあとこたえるヒサヨシ。昔なら、ここで俺がツッコミをいれるか、このやりとりでも平気で弁当を食べるあいつにヒサヨシがキレるかの、どちらかだったよなぁ。でも、今日は違う。


「遅くなってごめん」


 声をかけると最後の一人が険しい顔でこちらを見た。それが赤井あかいサトシ。もちろん、かつての日々のように大きな弁当箱はない。


「いや、俺たちもさっき来たばかりだ。立ち話もなんだし、とりあえず座ろう」


 ジュンジの言葉に各々が好きに座る。微かに震えが走ったのは、冷え切ったコンクリートのせいなのか。それとも微妙に間隔を置いた四人の姿に、気持ちの距離が現れているような気がしたからなのか。


「回りくどいのは苦手なんだ。単刀直入に聞く。ジュンジ、ヒサヨシ。お前たちは近藤の言うアガサ先輩に会ったのか?」


 サトシの言葉にヒサヨシとジュンジが、なぜか息をのんだ。

 

「ちょっと! どうしたんだよ? ジュンジも会ったよね? っていうか、さっきヒサヨシが会ったって言ってれば、この話は終わりだったんだって。なんでわざわざ屋上集合なんだよ」


 俺の言葉にジュンジが目をそらす。ヒサヨシも、サトシすら黙ったままだ。


「待ってよ! なんでジュンジもヒサヨシも黙っているのさ。二人とも誰のお陰で彼女できたんだよ。薄情者! 一体、なんのいたずらだよ!」

「近藤のお陰だよ」

「え?」


 逸らされていたはずのジュンジの目が、いつの間にか俺を真っすぐ見ていた。静かに告げられたジュンジの言葉に、今度は俺が息をのむ。


「俺もヒサヨシも、彼女ができたのは近藤のお陰だ。アガサ先輩ではない」

「ジュンジ、お前、何を言ってるんだよ。水島さんの謎を解いたのは」

「だから、お前だよ。近藤」


 意味がわからない。だってあれはアガサ先輩が、水島さんの目が悪いことに気が付いたから解決した話で。


「俺のフリクションペンも、謎を解いたのは近藤だよ」

「ヒサヨシまで何を言ってるんだよ。あれだってアガサ先輩が」

「近藤、よく思い出して」


 ヒサヨシが俺の肩をつかむ。

 思い出せと言われたって。一体、何を?


「中等部三年生のあの日から、近藤、お前は学園に来なくなった」


 うん。それは思い出した。

 ジュンジの言葉に俺はうなずく。


「そして、高等部一年生の冬。ちょうど一年前くらいだな。お前は急に学園へ来るようになった。何事もなかったようにな。最初は喜んだんだけど、すぐにおかしなことに気が付いた」

「俺があのバレンタインデイのことをすっかり忘れていたから」


 俺の言葉にジュンジがうなずく。


「本当に思い出したんだな」

「うん。心配かけてごめん」

「いいんだ。お前は、サトシのことや、バスケ部のことも全部忘れていた。驚いたよ。でも俺たちはそのままにした。無理に思い出させて、また近藤が学園に来られなくなることの方が心配だったんだ」


 すまん、と頭を下げるジュンジを慌てて止める。


「謝らないでよ。ジュンジやヒサヨシのお陰で、俺はこうして学園生活に戻ることができたんだからさ」

「うん。俺もそう思った。無理に思い出すことないって」


 俺とジュンジのやり取りにヒサヨシが加わる。

 

「でも、サトシがきた」


 そう言うとヒサヨシはサトシを睨みつけた。その視線にサトシが一歩後ずさる。


「日和るな! サトシ! ここまで踏み込んだんだから、逃げるな! お前だって覚悟してきたんだろ! 俺だって、今のまま『でも』いいって言ったけど、今のまま『が』いいとは思ってない!」


 その言葉にサトシがグッと手を握り締める。無言で、でも、真っすぐヒサヨシを見てうなずく。ヒサヨシもサトシの視線にうなずき返す。


 って、何? この状況? いや、俺が過去を思い出したことと、アガサ先輩と何の関係が?


「ジュンジ」


 口を挟もうとした俺をヒサヨシの言葉が遮る。なぜかジュンジが険しい顔でうなずく。


「近藤、お前は忘れているだけじゃなかった。ある日、お前は急に家庭科準備室でミステリ研究会を立ち上げたと言い出したんだ。たった一人でな」

「はっ? 何を言ってるんだよ。ミステリ研究会は俺と先輩の二人で」

「違う。お前は家庭科準備室でいつも一人、その本を読んでいたんだ」

「えっ?」


 ジュンジが俺の右手を指し示す。気が付けば、俺は緋色の表紙の本を片手に持っていた。

 あれ? 持ってきていたんだっけ? なんで?


「あの日、俺が水島の相談に行った時も、お前は家庭科準備室で一人だった。その緋色の表紙の本をローテーブルに置いてな」

「噓」

「俺が灰島さんの手紙を持って行った時も、近藤は一人だったよ。ローテーブルにはその本があった」

「噓だ」


 ジュンジとヒサヨシの言葉に、ふいに放課後の家庭科準備室の光景が思い浮かぶ。

 見慣れた部屋、見慣れた応接セット。そして、誰もいないローテーブルには緋色の表紙の本と、冷めたココアのマグカップ。


「噓だよ! 二人して俺を揶揄っているんだろ? 一緒に先輩の謎解きを聞いたじゃないか! 会ったどころか話だってしたのに」

 

 そんなわけないって思っているのに、なぜか声が震えた。


「思い出すんだ、近藤。お前のいうアガサ先輩と俺は一言も話していない」

「何、言ってるんだよ。ジュンジ、お前、アガサ先輩の質問に答えて」


 言いかけた俺はハッとする。

 答えていたよな? ジュンジとアガサ先輩はちゃんと話していた……よな?

 

「近藤。俺もアガサ先輩と話してはいないよ。質問をしていたのは全部近藤だし、冷凍庫に入れるように言ったのも近藤だ」

「噓だ! そんなはず。……そうだ! 立花たちばな先輩! 立花先輩ならアガサ先輩のことを知っている! 二人は昔からの友達なんだ!」


 まだ昼休みは残っている。立花先輩にきけば、そもそも先輩が三年何組かもわかるはずだ。

 

「「「近藤! 待て!」」」


 ジュンジたちが俺を引き留める声がしたけど、それを無視して俺は屋上を飛び出した。


 *****

 読んでいただきありがとうございます!

 やっと書きたかった真相(?)が書けました。

 ジュンジやヒサヨシの言うとおり、アガサ先輩は近藤以外とは誰とも会話をしていないんです。お時間があれば、過去のお話を少しのぞいてみていただけると嬉しいです。

 アガサ先輩のセリフを削除しても会話が成り立つように、でも、不自然にならないように、結構苦戦して書いていました。

 次は【解決編】です。近藤のだした答えに最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る