鬼殺し抜刀

「全体、前進プログレス! 奴らを取り囲み、ひねり潰せ!」


 カラバ侯爵の号令により開戦の火蓋は切られた。

 それに対抗するようにモモタ一行も駆け出した。


「全員ぶちくらわして、めえにしてやらぁ!」

「「おお!」」


 開幕と同時の折衝せっしょう

 モモタを筆頭に、3匹の子ブタ、ビョーキ、首なし馬デュラハンに跨がったハスキーは突貫とっかんした。

 機動力の優れるハスキーは、いの一番に敵陣に切り込んだ。騎乗でナイフのように鋭利な爪を研ぐ。敵兵士の次から次に突き出される槍を躱しつつ、華麗にジャンプする。空中でアクロバットに身をひねるハスキー。10本のダガーナイフは敵兵士の喉元を切り裂き、ひっきりなしに生首が飛ぶと、首なし死体が量産された。

 その光景を見て、敵兵士たちは肝を冷やした。

 この勢いに乗りたいモモタだったが、未だに【鬼殺し】を鞘から抜けずにいた。


 この期に及んで僕は何を迷っとんよ。


 苦肉の策として、モモタは剣道の上段の構えをとった。

 それからすーっと片腕を伸ばし、鞘の先端で迫り来る敵兵士の両目を突いた。

 目にも留まらぬ太刀筋の二連撃である。


「ぐああああがああああ!」


 叫ぶ兵士をモモタは捨て置くと、続けざまに付近の兵士3人に面、胴、小手と痛撃をお見舞いした。グシャッと骨の砕ける音と皮膚を突き破り、飛び出す白い骨。そしてモモタは敵の落とした槍を拾い上げると一直線に投擲する。槍はヒューッとわななきながら、見事兵士に命中、命中、命中、命中命中命中命中。

 合計、7人の兵士の心臓を貫通した。

 槍には都合7個の心臓ハツの串刺しが完成した。


「必死になりてえ奴ぁ、前へ出え」


 怪力無双の倭人に敵兵士はたじろいだ。

 打って変わって、子ブタ3兄弟は背中合わせで地味に戦っていた。


「三位一体・建築術――《人間城ピーポーキャッスル》!」


 ブロピはコテでセメントを飛ばして兵士の目を眩ませる。そのうちにストピーがクワで兵士の手をさらい武器を落とし、トドメにウドがトンカチで兵士の頭をぶん殴った。

 するとあっという間に、純度100%の人間のお城が建った。


「なんでこんなことになってしもうたんブゥ? ねえ、あんちゃん?」


 クワでガサッガサッと人間をならしながらぼやくストピー。


「おまえが煙突掃除をサボるからだぜ」


 セメントを撒き散らしながら答えるブロピ。


「もうポクも疲れてたトン。人間の頭ド突くの……。トントントントン」


 ウドのトンカチは持ち手部分までぬらぬらとすっかり血で染まっていた。


「ひぃぃぃいいい! このブタども喋るだけじゃなく強えぞおおお!」


 敵兵士は3匹の子ブタのコンビネーションを目の当たりにして完全に畏怖いふしていた。

 そのリアクションを受けて、ウドは無邪気に首を傾げた。


「人間が普段動物たちにしていることに比べれば、まだ全然たいしたことしてないトンよ」


 これからされることを思うとさらに王国軍の士気は著しく低下した。

 一方その頃、ビョーキは後悔していた。

 自分のせいで仲間の命を危険に晒している。

 せめて、ひとりでも多く敵を倒して報いなければならない。


長靴流ながぐつりゅう・《暗闇の猫姫ダーク・ニャン・ザ・ダーク》」


 ビョーキは酸鼻さんびきわまる戦場でしなやかに舞い踊り、兵士の顔を爪で引っ掻く。

 それから、「にゃるーん」とパンドラの袋から、ビョーキは白銀色に輝く毛玉を取り出した。毛玉には1本の導火線が生えており、先端にチリチリと火花が灯っている。


「長靴流・《毛玉爆弾キティ・ボンバー》にゃん!」


 ビョーキは左脚をお天道様に見えるほど上げると、しなやかな投球フォームを作る。

 敵兵士に向かって毛玉を投げつけた。


「にゃんだこれぇ」

「わかんにゃい」

「ただ、あの毛玉を見てると転がしたくにゃっちゃうにゃん」


 兵士たちは猫語を話し、取り憑かれたように白銀の毛玉を奪い合った。

 マタタビに惹かれる猫のような恍惚陶酔こうこつとうすい

 そして毛玉に触れた者はたちまち生気を吸い取られたようにゴロゴロとその場に倒れた。


 ともあれ。

 モモタ一行は付かず離れずの距離で奮闘していた。

 血で血を洗う白兵戦。

 草原から緑はだんだん減ってきつつあった。

 まるでシチメンソウの紅葉である。

 モモタの背中をあずかるハスキーは爪から血を滴り落としながら呟いた。


「どこに隠れているんだ……あいつ」

「ハスキー、どうしたんじゃ?」

「いや、桃のお兄さん」

「……誰が桃のお兄さんじゃ」


 八百屋のあんちゃんか、僕は。


「赤ずきんのお兄さんはぼくのお兄さんも同じだから……。桃兄ももにい

「…………」


 戦闘中なので、モモタは言いたいことを呑み込んで押し黙る。


「この戦場のどこかに、お父さんを殺したハンターが来ているはずなんだ」

「さっき言うとった奴か……」


 モモタはざっと兵士を見まわすが、それらしい風貌の人物はいない。

 当たり前だ。

 そう簡単に獲物の前に猟師が姿を見せるわけがない。

 どこかで虎視眈々と機を窺っているのだろう。

 というか、カラバ軍の他になんか変なもんが雑じっとるのぉ。

 モモタは気分が悪かった。


「あまり、復讐に取り憑かれーなや。鬼になるど」


 背を向けたまま、モモタは老婆心ながらハスキーに忠告した。


「うん。わかっているけど……でも、あいつだけはぼくの手で……」


 妄執もうしゅうを断ち切れない様子のハスキーは首なし馬に跨がり戦場を駆けていってしまった。

 悲しげに見送りながら、モモタはとある瀕死の兵士の前に立った。

 そいつは軽装備で総白髪の少年だった。

 もはや虫の息である。


「相手がこんなに強いとは。あははっ……俺はまだ駆け出しの勇者なのに」

「おめえは……なにを言いよん? 頭おかしいんか?」


 少年の言っていることが、モモタはいまいち理解できなかった。


「畜生。まだ死にたくないな。……まったく、こんな世界でも俺は命が惜しいのかよ」


 そう言って、白髪の少年はモモタを見据えた。


「俺以外に負けたら承知しないからな。今度会ったときは、絶対に俺があんたを退治してやる。だから首を洗って待ってろよ。ラスボス!」


 少年の鮮やかな色の地球眼アースアイズに、思わずモモタは武者震いした。

 その青い瞳はまだ死んでいなかった。

 モモタは問う。


「おめえは誰じゃ?」


 その問いに少年は爽やかに笑って答えた。


「俺の名はセツリ。いずれ世界を救う――主人公だ。おぼえとけよ」


 セツリと名乗った少年。

 その白い脳天に、モモタは【鬼殺し】の重い一撃を振り下ろした。頭蓋骨はひしゃげて生白い眼球が飛び出し、白髪はトマトのように朱く染まった。


「なにを言いよるんか、やっぱりようわからんわ。でも――」


 セツリ。

 おめえのことは一生忘れんよ。


 モモタがそう思ったところで、敵陣に動きがあった。

 中央後方に陣を構えていたカラバ侯爵はにやりと笑う。

 モモタたちが消耗する頃合を見計らっていたのだろう、指示を飛ばした。


「オペレーション・トロイの木馬、始動!」


 ついに開戦前から戦場の目を一手に引いていた漆黒の巨大な木馬が動き出した。

 ガタガタと軋む音を上げながら、大きな木製の車輪は駆動する。

 象5頭分はくだらない巨躯。

 車輪が一回転するたびに地面の轍はこんもりと隆起してめくれ上がった。

 トロイの木馬の背中には待ってましたと言わんばかりの弓兵。

 一方通行の攻撃である。

 モモタ一行の周りの敵兵士たちはサーッと波が引くように後退した。そうせざるを得なかった。


「プギィィィイイイ! オイラたちも尻尾を巻いてはやく逃げるブゥ!」

「ポクたちブタだから、最初から尻尾は巻いてるトン」


 ウドはストピーに緊張感なく訂正を入れる。


「いや、俺は逃げるわけにはいかねえぜ」


 しかしブロピは退かなかった。

 否、退けなかった。


「あんちゃん、なんでだブゥ!」


 そうブタ鼻を鳴らしたストピーを見て、カラバ侯爵は不敵に笑った。


「別に逃げてもよいが、ただでは済まんぞ」


 モモタたちの背後の向こうにはレンガの家があった。

 要するに家を人質に取り降参しなければぶっ壊すと脅しているのである。

 ついでに家の中には、シンデレラ、ハック、赤ずきんもいる。

 彼女たちが逃げたとしても家は無事じゃすまないだろう。

 長男ブロピは回顧した。

 雨の日も風の日も雪の日も、休まずレンガを組み続けた。

 時間は掛かったけれど、そのぶん堅牢な念願の夢のマイホームができあがった。

 ついに、3匹の子ブタの最後の砦であるレンガの家まで取り壊されてしまうのか。

 絶体絶命の大ピンチ。

 しかしそんなブロピの思いも届かず、トロイの黒馬に乗る弓兵はピンと張った弓に矢をつがえた。


「ファイア!」


 カラバ侯爵の号令と同時に矢は放たれるとモモタ一行に矢の豪雨が降り注いだ。

 モモタは常人ではありえない動体視力を発揮して矢を【鬼殺し】で弾く。3匹の子ブタは、クワ、トンカチ、コテで防御した。ビョーキは身をくねらせて躱し、ハスキーは首なし馬の機動力をふんだんに活かして撹乱した。


「ええい。ちょこまかと……だが、まあいい」


 カラバ侯爵は醜く顔を歪ませた。

 ガタゴトン、ガタゴトン!

 と、トロイの木馬はじりじりと確実に前進してレンガの家に迫っていた。


「……畜生めぇ」


 防戦一方のブロピは唸った。

 トロイの木馬を押している兵士を薙ぎ倒そうにも矢が邪魔をしていた。

 退くも地獄、進むも地獄。


 ほんなら迷わず進め。


 そう腹を決めて、モモタは【鬼殺し】を腰に差した。


「僕の背中を頼むんよ!」


 そう言ってモモタは黒い軍艦のようなトロイの木馬の前に躍り出た。


「何する気にゃん?」


 ビョーキを始めとして、モモタの仲間たちは呆気にとられたが、すぐにモモタの思惑を察した。豚、猫、狼は、アイコンタクトを交わす。新しいモモタの仲間たちは一丸となりトロイの木馬に立ち向かった。

 モモタはトロイの木馬の胸部に手を添える。


「えんやらやあ!」


 それからカバのような雄叫びを上げながら両足で踏ん張った。

 足下の草はズドンと軒並みえぐれてトロイの木馬は若干歩みを緩めると、衝撃に揺れる木馬からは「うあわ!」と、数人の弓兵が落っこちる。

 モモタの額から玉のような汗が落ちる。その先の裂けた地面に1匹のミミズが見えた。


 すまんの。

 住処を戦場にしちまって。


 ミミズもまた戦って、必死に生きていた。

 勇気をもらった気がしたモモタは顔を上げた。

 しかしながら、当然、モモタは矢による集中砲火を浴びる。


「ご主人様をお守りするにゃん!」

「今こそ恩返しをするよ!」

「きび団子」

「きび団子」

「きび団子」


 愉快な仲間たちはモモタを死守する。

 モモタを中心として、ズカズカと矢が地面に突き刺さった。


「クックック。所詮は悪あがきに過ぎん」


 カラバ侯爵は失笑を漏らした。

 しかし、勢いに乗っているトロイの木馬は止まる気配を見せず、趨勢すうせいは徐々に傾いた。


「オォッンガァ!」


 モモタは腹の底から声が漏れた。

 両肩が脱臼しそうじゃ。

 このままじゃ押し込まれる。

 そんなモモタの背後から、


「モモタお兄ちゃん!」

「ヒヒーン!」


 と、声が聞こえた。

 その声援のおかげで、モモタはかろうじて耐えている状態だった。

 実際きつい。

 両足の土踏まずもボロボロで、全身の骨が軋む。

 このままじゃ漆黒馬に轢かれてぺしゃんこに潰されてしまう。

 だんだんとモモタの耳から周囲の音が遠ざかりつつあった。


 甘い匂いに誘われて、遠い日の産声が聞こえた。

 赤子を抱き上げる薄桃色の細面。



《問0.僕は何のために生まれてきたんじゃ?》



「モモタ!」


 突如、そんな透明感のある声がモモタを現実に引き戻した。

 しかし、それは僕の本名ではなかった。


「負けるな! がんばれ! モモタ!」


 ったく。

 じゃから何度言やぁ、わかるんよ。


「僕は桃から生まれた――日本一の桃太郎じゃ!」


 でも不思議なことに、その呼び名にも慣れてきつつある自分がいた。

 こういうことがあるから生きるのはやめられないんじゃろう。

 知らんけど。

 現代のことも、この世界の事情も知らないけれど、そんなモモタでも知っていることがひとつだけある。

 それは。


「名を呼んでくれる人がいりゃあ、僕は百人力だってことじゃ!」


 鬼の形相のさむらいは言った。

 ここがどんな世界だろうと関係ねえんじゃ。

 僕は僕じゃ。

 日本生まれ、日本育ち。

 名を桃太郎。

 ここに在り。

 たとえ何を犠牲にしようとも、僕は大切な仲間を救うだけなんよ。

 その男子の鬼気迫る剣幕を見て兵士たちは青ざめた。

 ポツリと誰かが呟く。


「……化け物」


 モモタのすぐ背後にはレンガの家が迫り、屋根にまで流れ矢が降り注いでいる。

 シンデレラたちは完全に逃げ遅れていた。

 しかし、こうなることもモモタは承知していたのかもしれない。

 気づけば、モモタはトロイの木馬からそっと手を離していた。


 そして、モモタはお腰に付けた【鬼殺し】に手を添える。

 鞘は紅く柄は白い。一見、紅白のおめでたい日本刀なのであるが、黒い懐中時計を貫いた鍔にはジャラジャラと鎖が巻き付けてあった。

 モモタはその注連縄のような黒い鎖を解き放つ。懐中時計が開くとその時刻表は数字ではなく十二支が刻まれていた。

 紅い漆の鞘を左手で掴み、白い柄を右手で握った。


鬼門きもんをくぐれば、悪はる、病はぬ、災はじ、人はん」


【鬼殺し】――抜刀。


 突如、辺りにはぶわっと甘い果実の匂いが立ちこめた。

 桃色の煙に包まれるモモタをなんとかシンデレラは薄目で見ようとした。

 そして、その姿を捉えた瞬間、目をみはった。


「モモ、タ……?」


 モモタの頭髪は薄桃色に浸食されており、まげはほどけてしだれ柳のようにさらりと肩に落ちる。涼しげな目許めもとに桃の果実のような瞳孔。薄い唇からは毒々しい犬歯をのぞかせていた。

 しかし、何よりも異彩を放つのは、頭から生えている――2本の漆黒の角だった。


「まさか、貴様……超個体オーガニズムか」


 カラバ侯爵は両目を見開いて、恐怖におののいた。

 うんともすんとも言わない無表情の日本鬼。


 僕が刀を抜くのをためらっていたのは、幻滅されたくなかったからかもしれない。

 この世界の片隅で新しくできた友達たちに。

 だが結局、鬼に頼るしかなかった。

 勝敗いかんによらず、学園にももう帰れんかもしれん。

 でも。

 それでも。


 鬼は【鬼殺し】を構えた。

 自身の存在と決別するように。

 刀身には桜の花弁の刃文がひらりと滑っている。

 鬼に金棒。

 鬼は呼吸を整えてから【鬼殺し】に精神を注ぐと、刹那、時空がひずんだ。

 黒鍔の懐中時計の針は、未来に刃向かうがごとく反時計回りにまわり、ひつじを指す。上空の黒羊のような暗雲がもくもくと垂れ込め落ちて、日本刀に纏わりつくと周囲の草花まで漆黒に燃え盛り、黒葉こくようした。

 訪れぬ明日に花葬はなむけの言葉を贈る。


星霜せいそうの彼方でちりれ」


 鬼は日本刀を振り下ろした。


鬼道きどう・葉月ノはづきのこよみ――《愛縁鬼炎あいえんきえん》!」


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