吾輩のにゃまえは……

 しかし、モモタは家来の隠し事を咎めるつもりなど毛頭なかった。

 口が裂けても言えないことは、生きてりゃあ誰でもあるじゃろう。


「わかるだろう? その猫はリスクの塊なのさ。毛玉はすぐに吐き出さないと窒息死するのだよ」


 カラバ侯爵は悪魔のように囁く。


「つまりだ。俺様が返して欲しいのはパンドラの袋と100万回死んだシュレディンガーの猫。俺様たち王国軍は争うつもりは一切ない。ただ鬼の国に勝たなければならないのだよ。モモタさん、あんたも同じ人間ならわかるだろ?」


 鬼退治といえば桃太郎。

 そんな代名詞。

 日本一だと信じてくれたおじぃとおばぁ。

 人間と鬼。

 天使と悪魔の証明。

 果たして、この場合モモタは誰の味方なのか。


「そもそも考えてもみろ。未来の猫型ロボットじゃあるまいし、ドラ猫が二足歩行で喋れるわけなかろう、普通」


 カラバ侯爵は今更なことを言った。

 続けて自身のこめかみに指を差す。


「どう考えても普通におかしかろう。頭お花畑か、貴様ら。登場人物、全員バカか?」

「普通普通ってね。あんたの猫の額のように狭苦しい世界じゃ知らないけどね」


 シンデレラはご立腹だった。


「こちとら、ブタとかオオカミとか普通に喋る世界出身なのよ! あんた、遅れてるわ!」

「そうだブヒ。相撲で投げ飛ばしてやるブゥ」

「トントン。脳天に釘を打ち込んじゃうトン」

「俺ら、3匹の子ブタを舐めてたらコンクリートに沈めてやるぜ」


 3匹の子ブタは、くわ金槌かなづちこて、それぞれの武器を構えた。


「うわあああああああ!? 二足歩行のブタが喋ったああああああああああ!?」


 カラバ侯爵と兵士たちはあんぐりと口を開けた。


「驚くのはまだ早いわ」


 シンデレラは畳みかける。


「今の時代、スマホだって喋るんだからね!」

「はあ? ……素魔法?」


 と、物わかりの悪いカラバ侯爵。

 シンデレラは「Hey Loli」と、ネイティヴな発音でスマホに向かって話しかけた。

 すると2秒ジャストで、Loliはヴヴンと起動した。


『はぁ~あ。ご用件はなんでしょうのあ?』


 愛らしい声が流れると、薄っぺらの画面には寝ぼけ眼の黒髪オカッパの幼女が映し出された。


『カーナビのお仕事が終わってから、せっかく仮眠をとってたのに邪魔しないでほしいのあ』


 Loliは億劫そうに、耳代わりのパラボラアンテナで電波を受信していた。

 国王軍側には「か、かわいい」と、たちまちどよめきが伝播する。


『それもこれも昨日の夜中まで、通販サイトAmagonでえっちな下着を漁ってたせいなのあ』

「プ、プライベートなことバラすんじゃないわよ!」


 シンデレラは赤面した。

 いや、まあ、どんな下着を身につけようが本人の自由なのである。

 気を取り直して。


「カラバ侯爵。このロリ子が入ってる箱の正式名称がわかるかしら?」


 シンデレラは「この紋所が目に入らぬか!」と、スマホ(画面バッキバキ)を翳した。

 格好は付かない。

 残念ながら。


「解答権は1回のみ。正解できたらネコを返してやるわ」

「ぐぬぬ……」

 

 シンデレラの試練に、カラバ侯爵は臆した。

 しかし、すぐさまそこでカラバ侯爵は何かとんちを閃いたような顔を作る。

 それから満を持して眠たそうなLoliに質問を投じた。


「スマホゥの正式名称とは?」

「そんなアホな!?」


 その見事な切り返しにシンデレラは頭を抱えてしまった。


「……アホはおめえじゃ」


 モモタはかぶりを振った。

 教材みたいなボケしやがって……。


「さあさあ、お立ち会い! 皆の前でお聞かせ願おうか。勝者はどちらなのかをな」


 カラバ侯爵は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


『テテン! のあぁふぁ~』


 Loliはあくびを噛み殺しながら一生懸命に検索している。画面中央にはぐるぐると読み込み中のマークが回っていた。

 そして、読み込みマークが消えると閃いたようにLoliは報告した。


『すみません。よく聞き取れませんでしたのあ』


 そのあまりにも拍子抜けする答えに、草原は静寂に包まれた。

 しかしそれもそのはずで、スマホのマイクまで距離があり、しかもこんな屋外の騒々しい場所でLoliが機能するはずないのである。

 静寂に包まれるのが、あと一歩だけ遅かった。

 先生風に言うなら。

 みんなが静かになるまで40秒かかりました。


「さすがは、私の愛しいスマホちゃん……」


 シンデレラは魔法の杖ならぬスマホに頬ずりをすると、Loliは露骨に嫌がっていた。

 スマホに魂を売った元魔法使い見習いである。


「野蛮な下等生物めがぁ……舐め腐りおって。隠れてないで姿を現せ! 臆病者め!」


 Loliに対して、カラバ侯爵は怒りに打ち震えた。


「……もういいにゃん」


 ネコメイドはモモタ一行から一歩前に出た。

 するとモモタたちに向かって慇懃に頭を下げる。

 それは出会った頃と変わらない姿であった。


「みんにゃに迷惑はかけられにゃい。戦争の途中で無責任に逃げ出した吾輩が悪いのにゃん。短い間だったけど、お世話になったにゃん」


 さようにゃら。


 と、手短に挨拶を済ませて、ネコメイドは一行に背を向けた。


「待て……ネコ!」


 モモタはネコの手を取ろうとしたがサラサラの毛並みはすり抜けた。

 プニプニの肉球が遠ざかっていく。


「おい! ちょっと待つんよ、ネコ!」


 ご主人様の声に、ネコメイドはようやく立ち止まった。


「結構毛だらけ、猫灰ねこはいだらけにゃん。もう家に帰る時間にゃ。吾輩の家はここじゃにゃい」

「そんな言葉はいらん!」

「……さっき、カラバ侯爵の言っていたとおりにゃん。いつか災厄をもたらしてしまうのにゃん。降りかかる火の粉は払わにゃきゃにゃ」

「そげーな言葉、僕は聞きとうないんじゃ!」

「吾輩は不吉を招く猫にゃん」


 ネコメイドは初めて出会ったときのように言った。


名前にゃまえは、まだにゃ――」

「嘘つけえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 モモタは鬼の形相で激怒した。

 それはのどがはち切れんばかりの大声だった。

 その声は戦場の端から端、奥の山々まで轟く。

 もう嘘はたくさんじゃ。


「ネコ! おめえは僕の家臣じゃ! 名前はもうあるんじゃ!」


 モモタは家臣のネコに名前を授けた。


「今日からおめえは、『猫姫びょうき』と名乗れ! 猫の姫と書いて猫姫じゃ!」

「なにを勝手なことを……」


 カラバ侯爵は鼻で笑う。


「今おめえは関係ないんよ。首突っ込むな。ぶちくらわすぞ」


 鬼の形相のモモタに睨み据えられると、カラバ侯爵は気圧されて黙った。

 それからモモタはネコメイドに向き直る。

 その震える背中に大声で問う。


「おめえの名前はなんじゃ! ご主人様は誰じゃ! 答えぇ!」


 このモモタの問いにネコメイドはわなわなと肩を震わせる。

 振り向きざま泣きながら答えた。


「吾輩の名前は、ビョーキ。ご主人様は日本一のモモタにゃん」


 ビョーキは一行の元に駆け戻り、モモタに抱きつくと熱い抱擁を交わした。

 生まれて初めて名前をもらってビョーキは心底嬉しかった。

 家来の頭をポンポンと撫でながらモモタは誓った。


 僕はもう二度と家来を見捨てとうないんじゃ。


「パンドラの袋だろうとなんだろうと、僕が一緒に背負ってやるんよ。どんな災厄が降りかかろうとも僕がぶった斬ってやらぁ」


 実はここだけの話、モモタは犬派ではなく猫派なのである。


「ふん。つぶらな瞳に騙されおってからに……手玉に取られているのがまだわからんのか」


 カラバ侯爵はつまらなそうに、ため息を吐いた。


「その猫は捨て猫ではない。俺様の所有物なのだ。首元を見よ、鈴の首輪が付いておろうが」


 ビョーキはモモタから一旦離れると居心地悪そうに自身の首輪を触る。

 窮屈そうな鈴の音が鳴った。

 やにわに。


「しゃらくせえんじゃ……!」


 そう言って、モモタはビョーキの細首と首輪の間に人差し指をねじ込み、首輪に引っかけた。

 ビョーキは「にゃン」とくすぐったがる。


「無駄無駄。それは上級霊媒師に作らせた『呪いの首輪』だ。一度装着したものは奴隷となり生涯に渡って絶対服従なのだ。いかな獰猛な獣であってもその拘束から逃れることはできん。まして人の腕力で千切れるほどやわにはできておらん」


 そんなカラバ侯爵を無視して、モモタは指が白くなるほど力を込めてただ横に引っぱった。呪いの首輪から拒絶するようなドス黒いオーラが弾け散る。どこからともなく怨嗟の声が聞こえた。


「こんな首輪なんかでやー、自由を支配できよる思うたら大間違いなんじゃあ!」


 するとなんと驚くことに、ブチブチと呪いの首輪は悲鳴を上げ始めた。


「……まさか、なんという怪力なのだよ」


 カラバ侯爵は愕然とした。

 そしてついには、首輪は千切れて1本の紐になってしまう。

 それと同時にカラバ侯爵とネコメイドの因縁は断ち切られることとなった。

 モモタは呪いの首輪を元の主人に投げ返すと、その首輪をカラバ侯爵は見下ろしたのち、踏みにじった。


「だいたい、貴様らにその猫を助ける義理はあるのかね? たいしたメリットは無いので――」

「やかましいんじゃあ!」


 返す刀で、モモタは咆哮した。


「泣いてる猫を助けるのに理由なんかいらねえんじゃ!」


 モモタはカラバ侯爵を睨む。


「おとぎ学園・1年桃組・出席番号・第3号、ビョーキは――僕の大切なともがらじゃ!」


 神に誓ってそうなのだ。


「じゃから、学園に一緒に連れて帰るんよ。手を引け! カラバ!」

「クックック。そうはいかんのだ。こちらは猫の手も借りたい状況なのでな」


 カラバ侯爵はほくそ笑む。


「まあよい。こうなることも織り込み済み。所詮、人は血を流してしかわかりあえんのだ」


 そう言ったのち、カラバ侯爵は「あれをだせ」と、付近の兵士に告げた。

 すると、雑兵はあるものを持ってきた。


「あれは……」


 それを見て、オオカミ少年ハスキーは目をみはった。


「クックック。こういうこともあろうかと、道中知り合った伝説の猟師ハンター、ハングリー・ペローを雇ったのだよ」


 その雑兵からカラバ侯爵が受け取ったものは毛皮だった。

 それも灰色オオカミの毛皮である。


「……お父さん」


 青天の霹靂のハスキー。

 2年前に死に別れたはずの父親は、あまりにも変わり果てていた。

 青い瞳はくり抜かれ、肉を削がれ、骨を焼かれ、毛皮だけになっていた。


「貴様ぁぁぁあああ!」


 頭に血の昇ったハスキーはカラバ侯爵に躍りかかろうとしたが飛んできた数本の矢が行く手を阻んだ。


「まあ焦らず、落ち着けよ。存在自体が嘘みたいなオオカミ少年。貴様も犬死にしたくはなかろう?」


 カラバ侯爵は口を歪めると、鷹揚おうように灰色の毛皮を羽織る。


「ガルルルグゥゥゥウウウ」


 ハスキーは牙を剥き威嚇した。


「ハングリー・ペローはどこだ! 2年前のぼくと、今のぼくを同じだと思うなよ! お父さんの仇、今こそ果たす!」


 そんな血相を変えたハスキーを止めたのは、意外にもモモタだった。


「落ち着くんよ、ハスキー。今おめえは本当に守るべきものを見失いかけとんよ」


 そう言われて、ハスキーはハッとした。

 隣の赤ずきんを恐る恐る見やると、野生を取り戻した兄を見て、赤ずきんはすっかり怯えていた。

 慌てて、ハスキーは自身の手で上唇を引っぱり落とし犬歯を隠した。取り繕うようにぎこちない笑顔を作る。

 そのコメディチックな所作を見て、赤ずきんは力なく苦笑を返した。


「じゃが、戦闘は避けられん」


 モモタは、シンデレラ、ビョーキ、赤ずきん、ハスキー、首なし馬、白馬ハック、ブロピ、ウド、ストピーを睥睨する。

 そののちに、その場に『日本一』の御旗みはたをグサッと突き立てた。


「おめえら、きび団子をひとつやるから僕に手を貸してくれんかのう?」


 モモタの願いに他の面々はなし崩し的に乗るしかなかった。

 呉越同舟である。

 中でもシンデレラはヤル気満々だった。


「私に任せなさい」

「おめえに何ができるんじゃ?」

「スマホ動画の拡散力をなめんじゃないわよ」

「いや知らんけど」

「それにこの生配信でのオンライン賭博も立ち上げてやったわ。さあ、はったはった」


 こうして、モモタ一行とカラバ侯爵率いる大軍勢は、だだっ広い草原で対峙した。

 彼我ひがの戦力差は圧倒的。


『生き物って、不合理なのあ』


 オンラインカジノの下馬評をスマホの中から眺めるLoli。

 明らかにカラバ侯爵のほうに現代人は掛け金が偏っていた。

 


『でも計算できないその感じ、たまんないのあ!』


 Loliは天真爛漫に言い放ちました。

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