おかえりなさい、お兄ちゃん

 そんな温かいムードの中、先ほどから無言である人物だけは納得いっていない様子。


「ディープサクラにゃんを返せにゃん!」


 ネコメイドはしかめっ面でハスキーを睨んでいた。


「……馬殺しの件は、ぼくにも釈明のしようがないよ」


 いやにあっさりと、ハスキーは毛むくじゃらの頭を下げた。


「謝って済むなら命はいらにゃい!」


 ネコメイドは血相を変えて怒っていた。


「正直、殺す気はなかった……と言えば嘘になる」


 ハスキーは隠し立てせずに告白した。


「あのときのぼくは、野性の本能に支配されていた。決死の覚悟で向かってくるディープサクラに、正直ビビったんだ。地獄の果てまで追ってきそうで怖かった」


 だから、生存本能に服従した。

 そのハスキーの気持ちはモモタはわかる気がした。

 理性の手綱を離した瞬間、もう止まれない。

 内なる化け物は歯止めが利かない。

 すると、ネコメイドは「にゃん」とハスキーに掴みかかった。


「そんな被害者ヅラしてもにゃ――」


 一触即発の雰囲気が漂った、まさにそのときである。

 突如、遠くからパカラッパカラッと首なし馬が駆けてきた。

 首の太い血管からピュッピュッと血が噴出し、気管からヒューヒューと空気が漏れている。

 生命が躍動していた。

 遅ればせながら、モモタは思った。


「この首なし馬……いつ死ぬん?」


 つーか、ワレ、どうやって生きとるんじゃ?

 明らかに、人智を越えた力が働いていた。

 非常識に神がかっており、心当たりはひとりしかいない。


「そうとも限んないわよ」


 シンデレラはモモタに反論すると、スマホの文章テキストを読み上げた。


「首がないのに動けるという話は、一見して非現実的かつ非科学的に聞こえるけど、実例として、首がない状態で18ヶ月間活動した首なし鶏マイクの記録があるわ。この事例では、首の穴からスポイトで水と餌を与えた結果として、10ヶ月以上生存した。(ウィキペディア参照)」

「……あっ、そうなん」


 モモタには真偽のほどはわからなかった。

 ネットの情報は信用ならん。

 いや知らんけど。

 そんなわけで、血塗られた赤兎馬せきとばが登場して首なし馬はネコメイドとハスキーの間に割って入った。

 2匹は強引に引き剥がされる。


「どうしてにゃん!? ディープサクラにゃん!?」


 ネコメイドは首なし馬のボディランゲージから気持ちを汲み取った。


「そいつは馬殺しにゃん。口車に乗せられちゃダメにゃん! 『昨日の敵は今日の友』じゃないにゃん! 気をしっかり持つにゃん」

 

 首なし馬は蹄のタップダンスで心情を表現した。


「そんな……許しちゃダメにゃん! そいつの腹をかっさばいて石を詰めてやるにゃん!」


 この間、ハスキーは何も言わなかったし言うつもりもなかった。

 代わりに、主君のモモタはネコメイドの頭をポンポンと撫でる。


「そこまでなんじゃ、ネコ」

「……モモタにゃん?」

「男と男の勝負は、もう決着ついとんよ」


 モモタは清々しく言った。


「お互い逃げずに正々堂々と戦こうたんじゃから、これで手打ちじゃ」


 肩を落とすネコメイドを、モモタは優しく抱きしめた。


「ネコは悪くないんよ」


 声を押し殺して、ネコはご主人様の胸の中で泣いた。

 首輪の鈴の音が悲しげに鳴っていた。


「はいー、タイムアップ。色惚いろぼけ猫もそこまでよ」


 シンデレラは「ドント・タッチ・モモタ」と、ネコメイドとモモタの仲を引き裂いた。

 それから彼女は、ハスキーにカメラを向ける。


「はよ、赤ずきんへの誕生日プレゼントは?」

「……えっと」


 ハスキーは戸惑った。


「なに? グランドマザーのハウスから持ってきてないの? きみさ、何やってたの? この世はタイム・イズ・マネーなのよ?」

「いや、おめえ誰やねん」


 たまらずモモタは口を挟んだ。

 まず、おめえは尻を隠せ。

 さぞ寒いやろ。

 すると黒タイツの破けたままの変態はハスキーに詰め寄る。


「きみぃ、だからそんなんじゃさあ、この先やっていけないよ?」

「でもぼく……、おばあさんにシーツを被せるときに、いちおうプレゼントは回収してますけど……」

「それを先に言いなさいよ!」

「だって……なんか怖かったから」


 口うるさい妖怪・金髪黒タイツに促されるまま、ハスキーはおばあさんのエプロンドレスに手を突っ込む。

 中からとある封筒を取り出した。

 ハスキーはしゃがみ込むと、それを赤ずきんに手渡した。


「ハッピーバスデー、赤ずきん。おばあさんからの誕生日プレゼントだよ」


 その封筒の中には一葉の手紙と写真が封入されていた。

 そして、その写真に写っていたのは家族だった。

 白髪のおばあさん。幼気な和毛のハスキー。精悍な顔つきのオオカミ男。亜麻色の髪の人間。その人間の腕の中には、赤ちゃんの赤ずきん。

 過半数は、もうこの世から消えてしまった貴重な形見だった。


 写真も悪いものではないんじゃな。

 このときばかりはモモタもそう思った。


「おばあさんの匂いがするし……」

「そりゃそうさ。おばあさんがずっと大切に保管していたからね」


 感動する赤ずきんに、ハスキーは優しく囁いた。


「あれ、おかしいし……」


 赤ずきんはポロポロと涙をこぼした。


「今朝『いってきます』したときより、なんだか遠く懐かしく感じるし……」

「写真を見て、いつでも思い出せばいいんだよ」

「でも、もう会えないし……」

「うん」

「いつか、この日が来るって……。あたしはひとりになるって思ってたし……」

「うん」


 赤ずきんは紅涙こうるいしぼった。

 生まれてから、ずっと嘘をつき続けた兄妹。

 そうしなければ生きられなかった。


「お兄ちゃん……あたしのために嘘をつかせて、ごめんねだし……」

「ううん。ぼくが勝手にしたことだから」

「ありがとうだし」

「こちらこそ、今まで生きててくれてありがとう」


 嘘偽りなく、それは美しい兄妹愛だった。


「お兄ちゃんは、ずっとあたしの傍にいてくれるし……?」

「うん。当たり前だろう」


 ハスキーは赤ずきんを抱きしめた。


「赤ずきんに、もう嘘はつかないから……約束するよ」


《問3.》の解答には修正が必要じゃろうと、モモタは思った。

 あんな悲しい答えじゃ、アマテラス先生はきっと花丸をくれない。

 何はともあれ。

 ややこしい途中式を経て、ついに赤ずきんは新しい答えを見つけました。


「おかえりなさい。お兄ちゃん」

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