オメガバース

「あたしの名前はオメガバースですし」


 赤ずきん改め、オメガバースはそう名乗った。

 シンデレラは問う。


「なんであんなところをひとりでほっつき歩いてたの?」

「実は今日あたしの誕生日なんだし」

「へえ、そうなんだ!? おめでとう。じゃあ、記念に写真撮りましょうよ」


 セイ・ピース。

 と、赤ずきんと肩を寄せて写真を撮るシンデレラ。


「ありがとうございますですし。シンデレラお姉ちゃん」


 赤ずきんは愛想笑いを浮かべて、丁寧にお礼を言った。


「ふふん。お姉ちゃん……なかなか悪くない響きだわ」


 シンデレラは小鼻を膨らませて満更でもない。

 お姉様方に虐げられていた彼女だからこそ感じ入るものがあるのだった。


「この森にはオオカミが出ると言いますし。馬車に同乗させていただいて本当に感謝しましたし」


 赤ずきんは赤い頭を下げた。


「あたしの両親は、あたしが産まれてすぐにオオカミに食べられて亡くなりましたし」

「オオカミって酷い奴なのね」


 シンデレラは赤ずきんの小さい頭を優しく撫でた。


「こんな食べちゃいたいくらい、カワイイ女の子を悲しませるなんて」

「おめえが第二のオオカミになろうとしとるからな?」



 ちゃんと見張っておかないと赤ずきんが危ねえ。

 モモタは用心する。


「なので、現在あたしはおばあさんとふたり暮らしですし。今朝そのおばあさんが何やらあたしへのお誕生日プレゼントを用意しているって言っていましたし、とても楽しみだし。良かったら、ぜひみなさんもお誕生日会に参加しませんか? 大層なものは出せませんし、迷惑かもしれませんし……」

「ハッ! 苦しゅうない。良きにはからえ」


 なぜかシンデレラは偉そうだった。

 無視して桃太郎は名乗る。


「僕は桃から生まれた――日本一の桃太郎じゃ。そっちのは、最近新しく家来になった長靴を履いた猫メイド。名前はまだない」

「よろしくにゃん。赤ずきんにゃん」


 ネコメイドは肉球の存在感がすんごい手を差しだした。


「……はい。よろしくですし」


 赤い少女は怯えたように手を握り返すと、すぐに引っ込めた。


「単刀直入に言う」


 モモタはお腰に付けたきび団子に手を添えながら発言した。


「赤ずきん、おめえに元気印のきび団子をひとつやる。じゃからおとなしくおとぎ学園に入学せえ」

「……おとぎ学園?」


 赤ずきんは小首を傾げた。

 その仕草はとても愛らしかったが、無論おとぎ学園の存在は知らないらしい。

 しゃあねえ。

 いちから説明するしかねえか。

 モモタがそう思った矢先、


「ちょっと待ちなさい!」


 と、シンデレラが割り込んできた。

 どうせ、しんどいこと言うぞ。


「モモタ、私にはキビダンゴくれなかったのに……どゆこと?」


 ほらきた。


「あーそれは、あれだ……」

「どれよ?」

「あのなー……。きび団子は美女が食うと命を落としてしまうんじゃ。諦めえ」

「なるほど。じゃあ、しょうがないわね」


 ちょろい美女だった。

 おとぎ話の登場人物か、おめえは……。


「って、騙されないわぁ!」

「騙されとけぇ……。由緒正しいきび団子でこれ以上遊ぶなや」


 またもや、シンデレラが暴走しようとする五秒前。


「あたし、入学してもいいですし……」


 と、赤ずきんはあっさり承諾した。


「こうして、家まで送ってくださる親切な人たちを育んだ学校なら楽しそうですし」

「ほんまか」


 モモタはひと安心した。

 刀を抜かずに解決するのなら儲けもんである。


「お礼だ。赤ずきんにきび団子をひとつやろう」


 ついでに、ネコメイドにもひとつ渡した。


「だから、どうして私だけくれないのよ!? ホワーイ? ジャパニーズ・ピーポー!」


 シンデレラはYのポーズをとった。

 それを尻目にネコメイドはきび団子を口に運ぼうとしたら、その瞬間をシンデレラは見逃さなかった。


「モモタのきび団子いただき!」


 と、猫の手から、サッときび団子を強奪してしまった。


「にゃにゃ!? 泥棒猫にゃん!」


 そんなネコメイドの声も虚しく、きび団子はシンデレラの小さな口に吸い込まれていった。


「シッシッシッシ」


 リスのように片頬を膨らませるシンデレラ。

 卑しすぎなんじゃ。

 その光景を見ていた、ネコメイドは「しょぼーんにゃん」と落ち込んだ。


 しゃあねえ。もひとつ、

 きび団子を引き出すか。

 そう思って、モモタが腰巾着に手を掛けた。


 すると、どうしたことか。

 みるみるうちに目の前のシンデレラの顔色に異変が起こった。顔面が紫色になり目を白黒させている。低反発性の胸部をしきりに叩いていた。


「ははーん。さてはシンデレラ、きび団子を喉に詰まらせとるな?」


 モモタは状況を把握した。

 あるいは、先ほどの美女うんぬんの冗談を命懸けで実証する気なのかもしれん。

 何にせよ、こんなことで命を落としてしまうとは現実は非情だ。

 シンデレラとはからくも短い付き合いであったが、それなりにいい奴だった。

 今まで、ありがとう。


「ううっ! わだじば、まだ、じにだぐないぃぃぃいいい……!」


 シンデレラは唸ってのたうち回り、周囲に助けを求めた。


「往生際が悪いのう」

「た、大変ですし!」


 モモタの横でやっと事態が飲み込めたのか赤ずきんは狼狽する。

 そこで自身の持っている籠の中に目が留まった。


「そうですし! ワインがありましたし!」


 そう言って赤ずきんは、急いで自身の籠の中のワインを引き出し、うんとこしょとコルク栓を引き抜こうとするが…………クソ遅え。


「それじゃ、間に合わにゃいにゃん」


 横合いから、ネコメイドは冷静に応対する。しなやかな構えをとり、肉球に気を溜めた。首輪の鈴がチャリンと鳴るのを合図に、


「長靴流・《肉球ミートボール》!」


 と、シンデレラの腹部めがけて柔らかな掌底を放った。


「おえーっ!」


 ポンッ! と、きび団子はシンデレラの口内から飛び出す。ピュントンテンッと、スーパーボールのようにカボチャ車内を縦横無尽に跳ね回った。


「……はあ、はあ。……マジで死ぬかと思ったわ」


 シンデレラは顔面蒼白のまま嘆息した。


「なんてもん食わせんのよ……弾力性が半端ないじゃない……キビダンゴ」

「おめえが勝手に食うたんじゃろ」


 ともあれ、あの状況から一命を取り留めるとは悪運の強い女であった。

 モモタは感心した。


「……ネコ、サンキューね。そして、キビダンゴ奪ってごめんね」


 シンデレラは心から謝罪した。


「おかげさまで命拾いしたわ」

「慣れてるから、お礼はいいですにゃん」


 ネコメイドは面映ゆそうに、はにかんだ。

 元はといえばシンデレラの貧相な身から出た錆なのであるが……。


「慣れてる……って、あんたどんな半生送ってきたのよ?」

「吾輩は猫ですにゃん。ただ、毛玉を吐き出すのに慣れてるだけにゃ」

「あっ……にゃーるほどね」


 シンデレラは具合悪そうに納得していると、いまだに車内を跳ね回るきび団子をモモタはパシッとキャッチする。


「シンデレラ、食べ物を粗末にするな。唾付けたんなら、ちゃんと最後まで食え。ほらよ」

「あんたは鬼か!」


 シンデレラは顔を真っ赤にして激怒した。

 この事件のおかげで、赤ずきんはきび団子に一切手を付けませんでしたとさ。


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