桃色の王子様を見つけて

「絶対にのぞくんじゃないわよ! もしのぞいたら、あんたセップクしなさい!」

「のぞかんわ。侍を舐めんなや」


 後ろ向きのまま答えてから、桃太郎はふと疑問を抱く。


「というかやー、日本のことは知らんかったのに切腹は知っとるん?」

「なんか知んないけど知ってたわね。ハラキリハラキリ~」


 軽々しく連呼してから、シンデレラは準備が整ったようで校舎の陰から姿を現した。


「どう、オニ似合ってるでしょ? かわいい?」


 黒いセーラー服姿のシンデレラは、そっとはにかんだ。

 全体的にシックな色合いの布地でまとめられており、青いスカーフが風になびいていた。黒タイツは細い足にぴったりフィットして、脚線美をより強調している。


「……お、おう。似合うとるんじゃ」


 僕は恥ずかしいから絶対に着れんけどやー。

 この制服を初めて見たとき、桃太郎は激しく動揺してしまった。

 校則が緩い学校でほんまに良かったと胸をなで下ろしたのである。

 ここまで含めて、アマテラス先生の手のひらの上って感じやけど……。

 そこで今から踊ろうってんだからなおさら笑えない。


「そう。マジうれしいわ」


 シンデレラは満足げに短いスカートを摘まみ、青いスカーフを正した。


「それにしても、この制服いい生地つかってんねぇ~」

「いちおう、神様が直々に織った制服らしいからやー、ご利益があるかもしれんのぅ」

「へえ……って、神様!?」


 シンデレラは綺麗に面喰らった。


「気持ちは僕もわかるんよ。せやけど、そういう事情は明日直接、学園長に聞いてくれんか」


 桃太郎は辟易へきえきした。

 シンデレラは察したように何も言わず、代わりに彼の手を取った。


「見かけによらずゴツゴツしてるのね。あんたの手」

「鬼と戦こうとったからな」


 というわけで、黒セーラー服のシンデレラと桃太郎はダンスすることになった。

 どうしてこうなってん?

 それは摩訶不思議な時間だった。


「あんたはさ」


 コツンコツンとガラスの靴を鳴らせながら、シンデレラは問うた。


「私のガラスの靴が初めから見えてたんでしょ?」

「む?」

「とぼけてもダメよ。私の目は誤魔化されない。あんたは絶対に見えてたわ」


 桃太郎は数秒逡巡したのち、一言だけ返答した。


「おう。そやな」

「そう。やっぱりね」


 シンデレラは頷いた。

 そして思う。

 ひとつだけ贅沢を言うならこの時間が永遠に続けばいいのに、と。


 夜の学校で、美女と野獣は一晩中アバンチュール。

 踊り続けましたとさ。


 とそこで。


 ピコン!

 

 と、桃太郎のスマホから通知音が鳴った。

 スマホのロック画面に縁結びメッセージアプリであるRAINが飛んできた。

 機械音痴の桃太郎はお手上げ状態なので、代わりにシンデレラが緑の空に浮かぶ雨雲のアイコンをタップした。

 メッセージは、アマテラス先生からだった。


『シンデレラさん攻略おめでとうございます。今日は午前8時から1時間目なので、なるべく遅刻しないように。スマホは充電式なのでバッテリー残量には気をつけてください』


 最後まで読み上げると、シンデレラは内容が引っかかる様子。


「ねえ、シンデレラ攻略ってなによ?」

「知らん」

「あんたはギャルゲーの主人公気取りなの?」

「僕は何も知らん」


 ややこしいRAIN送りやがってからに……ほんま、あの神教師。



          ***


 というわけで後日。

 桃太郎たちは1年桃組の教室に馳せ参じた。

 黒板には昨日の問題文そのまま。


《問1.シンデレラが王子様と一緒に踊ったときの気持ちを答えなさい》


「この問題の解答は見つかりましたか? 桃太郎さん」


 待ち構えていたアマテラス先生はふたりに問うた。


「なによ、この問題」


 シンデレラはやはり面白くなさそうに口を尖らせるのだった。


「まさかあんたたち、私を使って、変な賭け事してたんじゃないでしょうね?」

「いえいえ、シンデレラさん。大変な誤解ですよ」


 アマテラス先生は顔の前で手を横に振った。


「これは授業の一環です。私は天照大御神。このおとぎ学園の学園長・兼・クラス担任です」

「本当にあんた神様なのぉ?」


 アマテラス先生に対して、シンデレラは明らかに怪訝そうな眼差しを向けた。


「じゃああんたさ、イエス・キリストって人知ってるぅ?」

「信じてくださらないのであれば、その制服を返却してもらいますけど? 素っ裸で今すぐこの学園を去りなさい」

「ギクッ……あんた、何様よ!」

「神様ですけれど。なにか?」


 ついでにこのおとぎ学園の学園長でもある。


「せっかく、初めてプレゼントされた物なのに……」


 そう言って、シンデレラは頬を引きつらせたのち、なぜか偉そうにドーンと桃太郎の隣に着席した。


「しょうがないわね。信じてやるわ」


 シンデレラはあっさりと懐柔された。

 これが貧しいということなのである。

 よほどここの制服が気に入ったらしい。


 一方の桃太郎は《問1.》について考えを巡らせていた。

 僕なりの答えはこうだ。


「シンデレラは王子様とは踊れんかった。なぜなら、舞踏会に間に合わんかったからじゃ」

「うふふ。そうですか」


 アマテラス先生はすべてを見透かしたように笑う。


「では、張本人のシンデレラさん。正解発表をどうぞ黒板にお願いします」


 それからアマテラス先生はシンデレラを指名した。

 彼女は「はい」と起立して、机と椅子の間をカツンカツンと可憐に歩き、黒板の前に立った。

 魔女の末弟子として落ちこぼれの烙印を押され、ボロ布を脱ぎ捨て、ドレスを脱ぎ捨て、セーラー服を纏った――シン・シンデレラ。

 それでも、彼女はトレードマークのガラスの靴だけはもう失くさない。

 チョークを握りカツカツと黒板に解答を書くとシンデレラは振り返る。そしてとびっきりの笑顔で発表した。


「また新しい魔法にかかったみたい」


そんな彼女の魔法のような笑顔に桃太郎もついつい微笑み返してしまったのでした。

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