第2噺 シンデレラは砕けない

問1.シンデレラが王子様と一緒に踊ったときの気持ちを答えなさい。

「シンデレラって……誰じゃ?」


 これが桃太郎の第一声だった。


 どこの馬の骨とも知らない人物の気持ちなんぞ、僕にわかるかぁ!


「おっと、桃太郎さんは灰かぶり姫シンデレラをご存知ない?」


 アマテラス先生はわざとらしく驚愕の表情を見せた。


「でもそうですか。日本でグリム童話のシンデレラが普及するのは桃太郎さんの時代よりもだいぶあとですもんね」

「知らんけど」

「まあとりあえず、桃太郎さんは噴水前に向かってください。そこが彼女の出現座標のはずですから悪しからず」

「……はあ」

「違う物語の主人公同士、仲良くしてくださいね」

「そう言われてもやー……」


 桃太郎は窓の外を眺めると、綺麗な夕焼け空だった。

 このまま時間が止まってしもやーええんじゃ。


「ほらほら、ぼぅーっとしてないで、桃太郎さん」


 アマテラス先生は両手を叩いて、桃太郎を急かした。

 白いチョークの粉が夕日によりキラキラと乱反射して宙を舞う。


「彼女にかけられた魔法は、真夜中の12時になったら解けてしまうのですよ」

「知らんがな……シンデレラの事情」


 しかし、どうやらシンデレラの性別は女性らしい。


「というか、アマテラス先生は同行してくれないんか?」

「こう見えて私は忙しいんです……。国からの補助金や助成金を要請したり。さまざまなお伽噺からの登場人物たちをこの異世界に招致しなければなりません」

「……そげーな悲痛な面持ちをされてもやー」


 というわけで、桃太郎は立ち上がった。

 ここからは二手に分かれる。


「あーあと、学生の三種の神器を渡し忘れていました」


 アマテラス先生は桃太郎の机の脇を指差した。


「その通学バッグの中に、学園指定の制服とMomo製のスマートフォン、略してスマホが支給されています」

「む? スマートフォンじゃったら、略してスマフォじゃないんか?」

「それは言わないお約束ですよぉ~」


 アマテラス先生は唇に人差し指を当てた。

 どうやら、その所作が癖らしい。


「ちなみに、バッグと制服は私が織ったんですよ? こう見えて機織はたおりの名神めいじんですから」

「ふうん。通学バッグに制服とスマホか」


 桃太郎は脇に提げられていたバッグの中身をあらためると、たしかにブツはあった。


「制服を着用しないと、現代人は校則違反だと烈火のごとく怒ります。ですが、所詮は形骸化けいがいかした代物コスプレです。桃太郎さんが着用したいのでしたら無理に止めはしませんが……」

「こないな恥ずかしいもん着られるか!」


 桃太郎は鬼のように激怒した。

 アマテラス先生は苦笑する。


「説明せずとも、スマホの使い方はわかりますね? 桃ちゃん?」

「いきなり馴れ馴れしいな……アマちゃん先生」


 しかし、あにはからんや、桃太郎はスマホを起動する――ことすらままならなかった。


「……で、このスマホをどうすればええんじゃ?」

「あれ? 起動できません? おかしいですね。桃太郎さんも取り扱えるはずなんですけど……ちょっと貸してください」


 アマテラス先生は桃太郎からスマホを奪った。

 スマホの背面には桃を齧ったようなロゴマークが刻印されている。アマテラス先生は電源投入ボタンを押して難なく起動した。すいすいと細長い指をスマホ画面に這わせて、時折タップした。


「スマホの動作不良ではなさそうですね。ということは、桃太郎さん側に何かしらのアクシデントが……」


 ブツブツと呟くアマテラス先生と時代に置いていかれる桃太郎なのであった。


「まあ、ひとまずいいです」


 いやにあっさりとアマテラス先生は引いた。


「そのスマホの中には『おとぎマップ』というアプリがインストールされています。とりあえず、その『おとぎマップ』を駆使して、シンデレラを見つけ出してください」


 そう言って、アマテラス先生は『おとぎマップ』を起動したスマホを手渡してから、生徒第1号を見送った。

 言われるがまま新品の教室から桃太郎は一歩を踏み出した。その教室のクラスネームプレートには『1年桃組ももぐみ』と表記されていた。

 桃太郎はため息ひとつ漏らした。


「これが世界征服への……はじめの一歩け」


 足が重いんじゃ。

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