第3話 インターミッション



 無用に広いハンガーと思うのはいつものことだ。がらんとした空間に薄暗い電灯。金属壁の鈍い反射が余計に鬱屈とした雰囲気を強くする。

 リフトやクレーンなど重機や車両が行き来する中で、異様に目立つ三つの機体。


 見る者は人型と評するが、実際には補助脚や副椀などを有していてそれほど人を模しているとは言えない。

 車や船舶などの機械と比べれば人型か。

 手足を左右に備えて直立し、胴体の上に頭部を持つ人類史上最強の兵器。カレッサと呼ばれる。

 二百年前に製造され、その後数十年の戦争で他の兵器を駆逐した機神。


 糸斧しふカルメ。エオトニア教国を代表する最強の機神カレッサだ。

 前任者ブロンテ。今の装主はシェミィ・ノール。

 糸というイメージとはかけ離れた肉厚な機体は純白に塗り上げられ、両肩にはエオトニア教国の赤い星十字が金色に縁取りされている。



「機神、か」


 二百年前に開発された決戦兵器が、地上のほとんどの通常兵器を無意味なものとして駆逐した。

 アピロフローガ機関によりわずかな物質から無尽蔵のエネルギーを生み出す動力を備え、有り余るエネルギーに耐え縦横無尽に駆動する人型決戦兵器。

 仮に百両程度の戦車連隊を相手にしても、カレッサ一機で全滅させるのに十分もかからない。

 費用と時間をかけて製造、教練する意味が失われ、各国の軍は小競り合いや暴徒鎮圧用に必要な程度に縮小した。


 もうひとつ。特に航空兵器を駆逐した理由として挙げられるのが【偽りの追勅】と呼ばれる衛星システム。

 高度な電子プログラムに反応して強制的に上書き、乗っ取りをする極めて強力な電波信号が降り注ぐ。

 カレッサのように自身のエネルギーフィールドで遮断できない限り、その影響から逃れることができない。

 旧文明の負の遺産であり、当時の文明技術を失わざるを得なかった理由だ。一般には偽勅と呼ばれる。


 システムを開発したソフィストス連盟だが、その直後にカレッサにより焦土となり偽勅の制御は永遠に失われた。既に存在しない祖国を守る為、危険と判断したものをただ攻撃するだけの妨害装置として今なお稼働している。

 同じ時代に生み出されたカレッサもまた――



 ざぱぁっと。水音と共に大きな水柱が上がった。

 カレッサ格納庫内の一角にあるプール――本来はカレッサ洗浄等の用途だがプールとして使われている――から、女が宙を飛ぶ。

 十数メートルの深さから勢いよく泳いだのだろう。

 鈍く明りを反射するハンガーの天井に、水滴がきらきらと舞った。


「っと、まぁだそんなのつけてるの? シェミィ」

「エメテラ」


 くるりと回って着地したのとほぼ同時に呆れた声で俺を責める。

 俺を見て濡れた髪をかき上げながら笑った。その薬指に光るねじれた白金の指輪は俺と同じ騎士の証だ。

 エメテラ・シアリーズ。エオトニア教国の騎士、カレッサ装主の一人で俺の同僚。

 褐色のきめ細かな肌に緩く波打つような髪。均整の取れた体を強化繊維でできた水着で惜しげもなく晒している。

 髪をかき上げる仕種は彼女の凛々しい顔立ちをいっそう際立たせた。


「そのマスク、窮屈でしょ。さっさと脱ぎなさいよ」

「一般人もいる。危険が予想される」

「この距離で鼻息だけで吹っ飛ばすつもり? いいから取りなさい」

「別に窮屈は感じていない」

「見てるあたしが息苦しいの」


 エメテラが言うのは俺の防護マスクのことだ。半透明な強化樹脂で顔の前を覆っている。

 カレッサを操縦する騎士の肉体は普通の人間とは比べ物にならない。

 軽く動くだけで重機が衝突するような力。強く息を吹きかければ突風が吹く。過去にはくしゃみで物置を吹き飛ばしたという事故も聞いている。

 一般人と比べようもない異常な力は、俺たち自身にもうまく加減ができない。ただ走るだけでも周囲を巻き込みかねない。

 騎士だけの施設ならともかく、ハンガー内では普通の人間も働いているのだ。



「また初等学園に行ってたんでしょ。ここには子供なんていないわよ」

「わかっている」

「ほんと子供好きね。この前あたし映画見てきたわ」

「一般人は……」

「貸し切りに決まってんでしょ。わざわざ専用の強化椅子とか用意してたけど、あれは装主の呪毒を怖がってたのかしら?」

「拘束椅子から降りるのは違反だ」

「何年も馬鹿正直に守ってんのあんただけよ、シェミィ」


 普通の人間から逸脱した身体能力を持つ騎士として、外出する際には多くの制約が設けられている。

 生き物として造りが違い過ぎる。巨象が動き回るようなもの。何気ない動作でも思わぬ事故になりかねない。

 目の前でエメテラが髪の水分を払うが、金属の床に叩きつけられた水滴でさえ人に当たればかなりの重打。骨折すらあり得るほど。


「あんたも泳ぎなさいよ。一人じゃつまんないでしょ」

「邪魔だと言われる時と何が違うんだ?」

「あたしの今日の気分」

「あいかわらず堅苦しいなぁシェミィ」


 ぽん、と肩に手を置かれた。

 エメテラと喋っている俺の後ろから無造作に。


「この陰気がなんで子供好きなんだか」


 このハンガーに出入りできる数少ない同僚の呆れた声はいつものこと。

 同じような教育を受けて育ったはずなのにこうも性分が違うのは、やはり騎士といっても人には違いないのだろう。


「性格は関係ない。俺は俺でリラックスできる施設を選んでいる」

「そういうもんかね? 今度俺と一緒にダンス見に行くか?」

「黙んなさいヒューロゥ。シェミィがストリップショーなんて見に行くわけないでしょ。馬鹿じゃないの」

「ひでえなぁエメテラ」

「あぁ、行くつもりはない」

「はいはい、わかってますよぉ筆頭騎士様」


 軽く手を上げて渋面を作る青年。ヒューロゥ・ソリオ。エオトニア教国が所有する三機のうちアナンケの装主を務める騎士だ。

 糸斧カルメ。

 六塔アナンケ。

 花鏡ヒマリアにはエメテラが乗る。

 過去にはもう一機、アマルシァと呼ばれる機体もあったそうだが、数十年前に失われた。

 かつては拮抗していた勢力図も、今は稼働カレッサ六機を有する東の大国ザオゾウ共和国が群を抜いている。



「じゃ、シェミィの代わりに俺と一緒に泳ごうぜ。エメテラ」

「一人で泳いでなさい。あんたやかましいのよ」

「ちょっそりゃねえだろエメテラ。なぁおい……」


 下らない言い合いをしながら地下ハンガーの鋼鉄の床を歩いていく仲間の背中を眺める。こういう時間も悪くない。

 これも含めて俺の守りたい祖国なのだと思う。

 久々の出撃前に、エメテラのようにひと泳ぎして気負いをほぐすのは悪くないかもしれない。



  ◆   ◇   ◆

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