動く森を求めて

 聖なる泉は常にゆっくりと動き続けている。


 いや、正確には聖なる泉があるバーナム大森林そのものがビンズ国内で常に動き続けているのだ。


 そして、バーナム大森林の現在位置は現地に駐在している騎士団員の電報によって首都の騎士団員に伝えられて毎日の新聞に載っているのだ。


「にしても運が本当によかった。今のバーナム大森林は首都の近所で」


 俺たちは明日のバーナム大森林があると予測される場所に向かうべく徒歩で街道を歩いている。


 ベガが大森林の現在位置と地図を照らし合わせて作った経路によると、マメナ村で一泊しつつ街道を南に行き続ければ大森林にたどり着けるらしい。


「アル君、普通の人は歩きで2日かかる場所を近所だとは言わないんだよ……」


 ベガから冷静なツッコミが入る。


「そういえば、バーナム大森林とどのくらいの大きさなんですか?」


「あっ、だいたいマメナ村と同じくらい……」


 アンドロの突然の質問にベガが少しびっくりしつつ答える。


「そのマメナ村ってどのくらいの大きさなんですか?」


「あっ……あうあう……」


 ちょうどいいたとえが思いつかないのと人見知りの相乗効果でベガがたじたじになっている。


「これから実物に行くんだからマメナ村の大きさはすぐにわかる。だから、この話はおしまいにしよう」


「了解です!」


「アル君、助け舟ありがとう……」


 とりあえず、なんとか勢いでこの話を終わらせることができた。




「やっぱり催眠術無しでの会話は難しいや……」


 あと一時間くらいでマメナ村に到着しそうな頃、ベガがボソっとつぶやいた。


「ベガさん催眠術使えるんですか?」


「あっ、はい。自分自身限定ですがそれなりに……ちょっと今から実際にやってみますね」


 そう言うとベガは髪留めをポケットの中から出し、長い前髪にそれを装着した。

 

 自信なさげな表情がとたんに大胆不敵なものに変わる。


「先ほどの質問なんだけど、バーナム大森林の大きさは徒歩で東端から西端まで行こうとすると約1時間くらいかかるかなあ」


「おお、一気に分かりやすくなりました!」


「よかった。今の催眠術は『教授の催眠』といって人見知りと解説のわかりづらさを解消する催眠術なんだ。学会に行くときには必ず使っているね」


「どうして髪型を変えると催眠術が発動するんですか?」


 アンドロがまっとうな質問をする。


「ベガの催眠術は特定の人物になりきることで発動している。『教授の催眠』の場合は確かベガの師匠であるツキカ教授になりきることで発動していたはずだ」


「師匠は常に前髪に髪留めをしているんだ。だから、髪留めをすることでよりスムーズに師匠になりきれて即座に催眠術が発動できるんだ」


「なるほど!ベガさんすごいです!」


「褒めてくれてありがとう」

 



 やがて、小高い場所にあるマメナ村の建物がはっきりと見えるところまで来た。


 そして、そこで初めてマメナ村に空を飛ぶ魔物がやってきていることに気付いた。


「……ベガ、マメナ村の少し上空に魔物と思わしき影がある。双眼鏡で村の方を覗いて魔物の種類を特定して欲しい」


「わかった」


 まだ催眠術にかかった状態のベガが双眼鏡を取り出し、村の方向を覗く。


「うわ……こ、これは……」


 ベガが覗いた状態のまま呆れているような声を出す


「ベガ、魔物の種類はわかったか?」


「うん、わかった。キミが昨日倒した魔物と同じ種類の魔物が二体もいた」


「昨日倒した魔物って確かペガサス……え?ペガサス?」


「うん、ペガサス。数年に一匹くらいしか人前に姿をあらわさないくらい希少なはずのペガサスが二体」


 ペガサスは農作物を荒らす傾向がある上に気性も荒い。


 どのみち放置するわけにはいかない。


「了解。ベガ、今からペガサスを倒しに行こう。アンドロは一般住民の避難を手伝ってほしい」


「わかった」


「わかりました!」

 

 俺たちはマメナ村へと駆け足で向かった。

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