緋色の原野で

@suzononehibike

羽音

▲『繧ゅ≧縲?謇矩繧後??蜿」縺ョ荳ュ 日目』▲


 私はベッドから起き上がると、汗でぐっしょりの手ですぐボールペンを引っ掴んだ。背後を気にしながら今日見た夢の内容をなるべく仔細に書き殴る。正直、かなり精神に限界を感じている。


『無限に続くかのような螺旋階段』『真っ赤に燃える鳥のような怪物』『やっと見つけた出口の地図』


 一通り記すと、精神安定の錠剤が詰め込まれた瓶をぐいと傾けた。致死量スレスレの薬効が全身に広がっていく感覚を通じて、自分の手足がまだ繋がっていることを再確認する。


 眠気と狂気で頭が捩れそうな苦痛を感じながら、何故こんなことに、と過去に思いを馳せた。


▲『1日目』▲


 数ヶ月前、いわゆる『夢日記』を書くと気が狂ってしまうという都市伝説を聞いた。理由を聞かれても困る。神経質なまでに周囲から危険を排除された結果、平和のありがたみを忘れた日本人特有の愚かさといえば伝わるだろうか。


 廃墟に度胸試しでもするようで、私は『夢日記』を書き始めた。


 初めは大したことなかった。嫌な先生が夢に出てきたとか、クラス一番のイケメンに告白されたとか、ペンを持つ手が緩むような内容で、しかも朧げだった。


▲『縺?1日目』▲


 しかし日数を重ねるごとに夢はどんどん明瞭になってゆく。現実との区別は日に日に難しくなり、さらに当初夢の中にあった牧歌的な情緒は薄れてゆき、陰険で鳥肌が立つような冷気が漂うようになった。それでも私が夢日記を手放さなかったのは、危機感の欠如という他にない。


 ある日、私はほぼ完全な覚醒状態で夢の世界に降り立った。そこは荒涼とした草原で、足元を這い回る蟲や立ち枯れした草木の生臭い腐臭までが鮮明に伝わってきた。


 ムカデが足首を撫で、避けた先でも他の虫が潰れる感触がした。私は地面で死骸を削り落としながら夢中で逃げた。100mも離れないうちに砂漠のように乾燥した地面に辿り着いた。汗ばんだ顔に張り付く砂つぶが不愉快だが、虫に悩まされる心配はない。一息ついたところで、私はこの夢から一息に逃れられる手段を持っていないことに気がついた。砂埃の舞う地面に無理やり横たわって目を閉じた。......しかし一向に意識が消える気配はなく、それより気管に砂が詰まってしまう方が早そうだった。


 遠くに廃墟が見える。心休まるな場所には見えなかったが、その時の私は現状から逃げることしか考えられなかった。


 空は夕焼けよりも緋く、中でも血走った巨人の瞳のように緋い月が浮かんでいて、喉が締め付けられるような重圧を放っていた。一欠片ほどの雲も浮かんでおらず、じっとしていれば気が狂ってしまいそうだった。


 廃墟は近くで見るといよいよ異様だった。建物と建物がポッケに入れたきりにしたチョコのように蕩けあっていて、巨大なバーナーで炙られた直後のように熱気を放っていた。


 一体誰が...いいや、何がこのような光景を作り上げたのだろうか。親切なことに、答え合わせの羽音がすぐにやってきた。


 飛行機のような巨体はくまなく燃え盛る緋色の炎に包まれており、ただ一点のみ......黒よりも黒い、人間の悪性を煮詰めて固めた瞳が炎に囲まれながら私を見ていた。尋常ではないと瞬時に悟った。こんなものが私の胸の裡にあるはずがないからだ。


 緋色の鳥は私に向かって口を広げ、それは猛禽が魚を捕える様子を想像させた。実際、概ねその通りのことが起こったのだろう。


 私にわかったのは、立っていられないような風圧と肌を焦がす高熱。そして、   凶器のような歯が生え揃った  口のなかで   焼き切られ  感覚が


▲『縺セ吶2日目』▲


 次の日、私は死人のように何も考えられず昼の日常を過ごした。周囲から心配された気もするし、されなかった気がする。過去16年の経験からすれば、あれが『現実』なのだろうが...。私の心はあの鳥の口なかから今で逃れていないという確信だけがあった。


 その日、私はいつもと変わらない時間にベッドに横たわった。『現実』は夢のようで、正常な判断力を持ち込めなかった。


 もうこの時点で『夢』と『現実』の境界線は完全に失われていた。手遅れだったのだ、すでに。



▲『謐暮驕?縺6日目』▲


 私は何度も明晰夢の世界を漂い、最後にはあの鳥に食われるという体験を繰り返し、ようやく取り返しのつかない事態に陥ったことを悟った。


 夢の中に鳥から逃れる術は見つからなかった。協力者や武器の類は全く見つからず、一直線に逃げようと、どこに隠れようと、鳥は必ず私を捕食する。


 手がかりがあるとすれば夢の中だ。幸い、曖昧な意識を明晰なものにする方法には覚えがあった。『夢日記』ならぬ『現実日記』だ。現実のはずの世界で起こったことを、夢に落ちてすぐ書き起こす。見渡す限りの魔境とはいえ、そのための余白もインクも幸い、体から調達できる。


 これで、現実でも行動できるようになるはずだ。


▲『螢翫l蛻▲縺8日目』▲


 分からない。自分は悪夢に囚われた被害者なのか、それともこの絶望の世界に生まれ落ち、夢を現実だと思い込もうとしている狂人なのか。


 ひとまず、『現実』のはずの世界でも自在に行動できるまで回復した。そして、何も得られなかった。薬局に盗みに入るのが精々だった。


 そもそも、『夢日記』なんて都市伝説、私はどこで、誰から聞いたのだろう...?


 『現実』で意識を保とうとしても、ふと、全てが曖昧でどうでも良くなる瞬間がある。睡魔はそこを的確に襲う。そして、またあの鳥に食われる夢へ落ちていく。


▲『縺雁燕縺縺」縺ヲ謇矩≦繧後↑繧薙□繧日目』▲


 一つ言えることがあるとすれば、終わりは近い。私のような愚か者たちの命を啜り尽くして、あの鳥は夢から飛び立つだろう。


 アイアンメイデンのような嘴で、異端者を捌くフォークのような爪で、弱々しい人類から全てを奪うのだろう。世界は炎に包まれる。人類は戦火で自滅するという自戒とも過信ともつかない妄言をよそに、超越者の炎が全てを焦がすだろう。


 終わりは近い。窓の外から羽音が聞こえる。何か巨大な熱量を持つものが屋根の上にいる。ああ、私だけ先なのか。窓に、窓に!

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