第4話 宝剣を説き伏せろ

 俺の胸中もだけど、現場も混迷を極めていた。


 クラリス嬢と戻った設営地は、地上から侵入しようとする魔獣を押し留める騎士たち、逃走する貴族たち。入り乱れて騒然とした場になっていた。


「クラリスお嬢様! アル! 無事だったんだな。閣下が言った通りだ。良かった!」


 公爵家の騎士ニールが、俺たちを見て声をあげた。


「公爵がなんて?」

「アルが行ったなら、任せておいて大丈夫だろうって。信頼されてるな?」


 んな馬鹿な。追っかけてよ、そこは。


 クラリス嬢を侍女や従者たちに預けながら、ニールに尋ねる。


「どうなってるんだ? どうしてすぐ宝剣の結界を発動させない?」


 結界を再起動しないと、魔獣が国に雪崩なだれ込む。


「それなんだが、陛下が怪我をされて、リロイ殿下が何度も挑まれているが、宝剣が応えないらしい」


「なんで?」

「知らん!」


 俺の疑問に、端的な返事が返る。


 新年に結界を張るのは国王だが、継承権を持つ王子として、俺もリロイも手順は叩き込まれていた。

 実践はまだだったけど、何か不具合?

 このまま結界が戻らないと、待っているのは阿鼻叫喚の地獄だ。


 貴族家テント付近の避難と防衛指示は、イングラル騎士団の団長が担っていた。現、俺の上司。

 王家や他の騎士団は、魔獣の撃退に当たっているのだろう。


「イングラル公爵はどこに?」


 ニールに問うと、「王の元だ」と言う。


「様子を見てくる! 団長に言っといて!」


「ええっ? あ、ああ」


 そのまま王家の幕舎テントへと走った。

 人だかりを割って、中央、リロイと宝剣までたどり着けたのは、俺に気づいた周囲が道を開けたからだ。


 何度目かのトライを見たが、リロイの手順にミスはない。

 けれども宝剣は沈黙している。


「なぜ、急に結界が消えたんです?」

 

「! アルヴィンでん……、アルヴィンどの」


 律儀に言い直したのは、近くにいた宰相。


「宝剣に血がついておりました。何者かが、けがれた獣の血をかけたようです」


「!!」


 結界が消えた理由を理解する。


 神聖な宝剣に無礼を働いたから、怒ったんだ。

 ルクセルの民なら、誰でも知っていること。自国の者がするはずないが、宝剣に近づける人間は限られている。


(いったい誰が──) 


 視線を巡らせると、リロイを見守っていたイングラル公爵が俺に気づいた。


 バチッと視線が合い、反射的にドキリとする。

(ヤバイ。持ち場を離れてここ来た。叱られるか?)


 公爵から、咎める言葉は出なかった。代わりに「リロイ殿下、交代を!」と彼が放った一言で、視線がこっちに集中した。


 カッと顔を赤らめたリロイが、俺を睨む。


「何しに来た! 宝剣に触れれるのは王族だけだ! お前の出る幕はない!」


 それに答えたのは俺ではなく、公爵。


「言ってる場合ですか! 早く結界を張り直さないと、魔獣が内部まで入り込み、罪なき民に被害が出ることになります。アルヴィン殿は王籍こそ離れたが、間違いなく王家の血を引いている!」


(言い方っ)


 まるで、リロイの血は違うとでも言うような表現に、辺りの空気がざわつく。宝剣が反応しないこの場でそれは、大きな印象を残した。


 とはいえ、公爵の言う通り、リロイが結界を張り直せないなら、俺がやってみるしかない。

 変な意地や確執で、被害が拡大することは避けるべきだ。


 渋るリロイは家臣らに押し切られ、宝剣がこちらに回ってきた。


 手元の宝剣から、怒り狂う波動が伝わってくる。


(うわ~~。これをなだめるのか)


 深く息を吸って。


 俺は宝剣に集中した。




 荒れ狂う神気の世界に手早く意識をつなぐアクセスすると、もつれた意志を慎重にほどいていく。

 精神力と魔力を、がっつり奪われていくのを感じる。


 宝剣が心の中を探ってきて、ふいに、深層を覆う壁をぎ取られた。

 そこで顔を上げてこちらを見た"意識"は──。


(!! アルヴィン!)


 封じられていた"もうひとりの俺"。



「…………っつ!」



 同時に流れ込んでくる記憶が、欠けていたピースを埋めていく。



 母が死に、俺は幼いまま宮廷に取り残された。

 エブリン妃とリロイは我が物顔で、宮廷を牛耳っていく。


 俺はどんどん締め出され、誰に誘われることもなく、部屋に引きこもることが多くなった。


 たまに俺の味方をしようとしてくれた人は、エブリン妃に追いやられたり、むごい目に遭わされる。

 ますます、人と話さなくなった。


 俺が出ないのを良いことに、"冷酷でワガママな王子"という噂を流された。


 "孤高の王子"なんかじゃない。孤立させられただけだ。


 けれども子どもだった俺には、状況を変える力がなかった。


 "強いほうが残れば良い"という方針の元、父である国王は何の介入もしなかった。


 そんな折、イングラル公爵家と王家との結びつきを強めるために、縁談が持ち上がった。


 婚約は、どちらの王子でも良い。

 

 エブリン妃は目を輝かせたが、イングラル公爵が選んだのは、俺だった。

 クラリス嬢との逢瀬は、俺にとって初めての幸せで、これ以上ない大切な時間となった。


 エブリン妃は怒りに震え、婚約相手であるクラリス嬢にまで嫌がらせを始めた。


 クラリス嬢と関わるのはダメだ。彼女が攻撃される。

 俺はクラリス嬢と会う時間を極力減らすことにした。


 けれどもイングラル公爵は、意思を変えない。


 公爵家の後ろ盾を得て、俺の力が増すことを阻止するため、エブリン妃はクラリス嬢に危害まで加えようとし始めた。


 怪我なり、死なり。

 結婚出来ない身体にしてしまえば良い。


 エブリン妃のやり方には、容赦がない。


 彼女が本格的に狙われ始めた。

 俺さえ身を引けば、クラリス嬢が危険に晒されることはない。


 俺は公爵に、婚約の解消を持ちかけ、公爵は、真剣な目で俺に問うた。


「アルヴィン殿下、いつまで息を潜めておられるつもりです。あなたはもう、無力な子どもではないはずだ。状況を変えるため、自ら動くことが出来るはず」


 一か八かに賭けて。

 俺と公爵は、示し合わせることにした。


 俺が失態をおかすことで、大きく隙を作り、エブリン妃の行動を大胆にさせてボロを出させる!


 イングラル公爵家の"影"を浮気相手役に貸して貰い、公衆の面前で、俺は非のない相手に婚約破棄を叫んだ。



 目立たぬように、騒がぬように。隠れるように、生きてきた。


 ああ、そうか。"俺"は。


 新しく生まれた人格なんかじゃない。ずっと押し殺してきた、"感情"。


 "生きるための、強い意思"。そして。

 "愛する人を守りたいという、願い"。


 本来の、"俺自身"──!!




(結界が戻った!)




 宝剣からの確かな手ごたえと同時に。

 俺の視界は暗転した。

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