主人公ちゃんは悪役令嬢とお茶したい!

バルバルさん

主人公ちゃんは悪役令嬢とお茶したい!

 しん、と静まり返った学院の大広間。豪華絢爛なシャンデリアの下で、皆の息の音や心音までもが聞こえるほどに静まり返っている。


 その中心にいるのは三人の男女。一人はこのシトルラス王国の王子、ガヴァネイド・シトルラス。赤毛に、鍛えられがっしりとした肉体で、男としての理想を詰め込んだかのような男。


 一人は、平民からこの学院へ入学するという奇跡を起こしたことから始まった、生きる「奇跡伝説」のラランナ。ふわっふわの黄金色の髪の毛に、空色の瞳。美しくもお転婆なところがあり、見ていてハラハラする者も多い。


 そして私。リリー・エヴァリー。エヴァリー侯爵家の長女であり、ガヴァネイド王子と婚約していた……そう、過去形。もう過去の話だ。


「リリー・エヴァリー。君との婚約は破棄する」


 そう、私は皆の前でガヴァネイド王子に宣告されたのだ。


 今初めて知ったけど、私は頭が真っ白になると、全てが他人事のように感じるようになるらしい。


 静まった大広間に響くその宣告は、本当に他人事のように聞こえた。


 しばらくはそのまま誰も動かなかった。私も動けなかったが、徐々に真っ白な頭が再起動してくる。


「理由を、うかがっても?」


 そう呟くように言うと、生徒たちの壁が割れて一人の眼鏡をかけた男性が歩いてくる。


「理由は、あなたが一番よく知っているはずでは?」


 カンナギ・シュードス。この王国の若き次期宰相と名高い男だ。彼は眼鏡の奥に深い知的な光を称えた男で、学院で学べる事は既に全て納めていると聞く。その男が静かに語った。


 ああそうか。全部バレてしまったのか。いや、冷静になった今なら、愚かしいことをしていたと、今更ながら感じる。


 私は、ラランナが男達に近づかないよう、そして学院を去るように様々な嫌がらせをしたのだ。


 ある時は私の取り巻きを使い、ある時は地位を使い、ある時は金を使い。


 全ては、ただでさえ平民出で味方の少ないラランナが、学院で孤立すれば学院から去ると思ってのこと。


 計画は、九割は成功していたと思っていた。


 だが、清廉潔白が大好きで弱者を放っておけないガヴァネイド王子達が、私の行動に気がつき始めたようだ。しかし、その時にはもう私も止まれなかった。


 昨晩、動物の血で出て行けと手紙を書き、その血で濡れたナイフと共に彼女の部屋に置いた。


 そして、今に至る。婚約は解消され、私は全てを失ったと言ってもいい。


 でもまあ、仕方がないだろう。やったことがやったこと。身分を失うのは怖いが、後悔はない。


 だが、なんだろうか。この違和感と腹立たしさは。


「さあ行こうかリリー。父上と母上への報告には俺も立ち会おう」


 そう優しく私の肩に手を置くのは兄のコレクタス。私と同じく、藍色の髪に赤い瞳の男。


 そうか。違和感の正体がわかった。


 ガヴァネイド王子や、カンナギ様、そしてコレクタスの目に、私が弱者をいたぶり、あんなことまでした事への怒りがない。


 ラランナの可愛らしい顔は、困惑にあたふたしていて、敵意の欠片もない。まあ、この娘はいつでもこんな感じだが。


 男性達の私に向ける目。それは、憐みを多分に含むものだった。


 その目が無性に腹立たしい。私は侯爵家の娘にあるまじき行為を行ったのだ。


 ならば、清廉潔白大好きな彼らからすれば、敵に等しい。


 だが、今のこの状態はなんだ。私がした事への断罪はなく、糾弾も無く、ただ婚約破棄を通告されただけ。


 ふざけるな。私は悪意ある行為を行った。なら断罪でも何でもするがいい。 


「触らないで!」


 私は兄の手を払った。


「ふざけないで、ふざけないでよ。何で私がそんな憐みを向けられなければならないの? 私は自分のやった事に後悔なんてしてない。私は悪意ある事をしたのよ? そこの平民上がりの女に。なのになんで」

「リリー。確かに君がラランナへ行ったこと。それはどんな理由があれ、悪意ある行為だろう。だが、それを糾弾するのも、許すのも……それはラランナの役目だ。俺達が表立って裁くことではない」

「え」


 王子の言葉に冷静になりかけた頭が再び混乱する。どういうことだ。なら私は、なぜ婚約を破棄されたのだろう。


「なら、なんで」

「リリー・エヴァリー。この婚約破棄の理由。それは君が……」


◇◇◇

 私は走っていた。走って、走って、逃げて、逃げていた。


 気が動転しているのだろう。私はドレスが汚れるのも構わず、走りにくい靴が脱げたのも構わず、大広間から走って逃げていた。


 まさかあの事が。私が最も知られたくない秘密。それを皆に知られた。


 知られたからには、もう学院には居られないだろう。いや、婚約破棄された時点でそうかもしれないが、あの秘密を知られたからには、これから貴族社会に居られるかどうかすら怪しい。


 気が付けば、学院の庭の片隅に放置された木箱の中に私は小さくなって隠れていた。


 がくがくと震え、目からは涙がとめどなくあふれる。


 終わった。終わったのだ。私の人生は。


 どうすればいいのだろう。このまま木箱の中で時が止まるよう祈るか、それとも、死んでしまいたい。


 どれくらい時間が経ったかはわかりにくいけど、数十分ほど経っただろうか。


 自分の隠れた木箱に近づく気配を感じた。


 誰? 来ないで。お願い、来ないで……


 だが、気配は無情にも木箱を開ける。そして、眩しい太陽の光と共に覗き込んできたのは。


「リリーさん! 探しましたよ。もう」


 可愛らしく頬を膨らませたラランナの顔だった。


「ら、ラランナ」

「あ、目が腫れちゃって真っ赤じゃないですか! そんなに泣いていたんですね」


 そして、彼女は意外と力があるようで、私を木箱から引きずり出すと、ぎゅ……と、土や埃で汚れた私を抱きしめて、撫でてきた。


「よしよし、怖かったね」


 甘くて柔らかい。優しい香りに包まれ、ぼぅ……となるが、すぐにハッとして、彼女から距離を取ろうとする。だが、彼女はどこからそんな力が出るのか、がっしりと抱きしめて放さない。


「放しなさいよ。平民風情が私を……」

「平民とか、貴族とか。そういう階級に、秘密を知られる怖さは関係ないです」


 そう言いながら、私の目を、これまた優しい香りのするハンケチで撫でてきた。


「でも、王子様もカンナギ様も酷いですよね! 人の秘密をみんなの前で言うなんて」

「……気持ち、悪くないの」

「何がですか?」

「私は! 私は……」


 少し言いよどむが、ぐっと拳を握り締め。


「私は、本当は男なのよ?」

「はい、カンナギ様はそうおっしゃってました」


 あまりにもあっけらかんと返すものだから、怒りが燃えあがるも、その優しい表情を見てしまうとその炎がすぐに消えてしまう。


「なんで、あなたはそんな普通に受け入れるのよ」

「なんででしょう。私、頭はそんなよろしくないからわかんないです。わかんないですけど……」


 そして、頬をそっと撫でてきた。


「あなたが、リリー・エヴァリーさんが今まで築いてきたものを、これ以上壊さないため。でしょうか」


 あぁなんでこの娘は。平民上がりで、学も大してなくて、人柄しか能が無いのに。


 こんなに、人の心をかき乱すのがうまいんだろう。


 私は、再び涙を流す。


「あ、ごめんなさい! なにか、気に障っちゃいましたか?」

「違う、違うの……ラランナ」


 全く。ラランナに私の心がどれだけ、初対面から今までかき回され続けたのかも知らないで……

 ラランナは、心配そうにしながらも。


「あなたに少し、話を聞いてほしくなって……」

「大丈夫です。私は、どれだけでもリリーさんのお話を聞きますから。だからお茶しませんか?」


◇◇◇

 厨房。そこに簡易なティーセットを用意してもらって私とラランナは向かい合う。


 どうやら、ラランナは厨房の人までその魅力で誑し込んだらしい。


「さて、何から話しましょうかね……」


 私の顔がお茶の液面に映る。大嫌いな自分の顔。


 ラランナは静かに私の話を聞くつもりの様だ。


「私は、エヴァリー家に次男として生まれたの。兄のコレクタスのことは知ってるでしょう?」

「はい、とても良くしてもらってます」

「ふふ、兄は善人を地で行くから、貴方が困ってるのを見てどうにかしてあげたくなっちゃったようね。でも……兄がいたから、私に「男」としての貴族の役割は、あまり……いえ。ほとんどなかったの」

「っえ」

「兄という優秀な存在がいたから、私の親はいずれ起こるであろう親族同士の争いを嫌がった。だから、生まれた時から私を女として育てたの」

「そう、だったんですか」

「ただ、女として育てるだけでは、いずれ、私の肉体に男らしさが出てきてしまう。それを抑えるために……私の体は、色々薬とかで改造されてるの」

「か、改造?」


 ぽかんと口を開けるラランナは本当に可愛らしい。ふっと笑って続ける。


「そう、男らしさが出ないよう、女らしく肉体が変化するよう……毎日、朝にお薬を飲まないといけないの。で、女なんだから、どうせなら王子様の婚約者にしようと……」

「ひ、ひどい。ひどすぎます!」

「ふふ、私はあなたに一杯ひどいことをしたのに、それでも、私のために怒ってくれるの?」

「当たり前です! それはそれ、これはこれです。せっかく、神様から頂いた、あなただけの体を、そんな……」

「ありがとう……」

「コレクタス様は知っているのですか?」

「いえ、兄は知らなかったはず。でも、怪しんではいたわ……多分、私が男だとバレたのは、兄とカンナギ様が私が毎朝飲む薬を調べたからでしょうね」


 すっ……っとお茶を飲む。香り高くて美味しい。


「でも、薬で肉体をいくら変えようと、女としての動きを勉強しようと……心が、魂が叫ぶ時があるの。私は男だって」

「当たり前ですよ。あなたは、男として生まれたんですから」

「そう、でも、それは許されなかった。だから、我慢した。我慢して、我慢して……そして、あなたに出会ったの」

「え?」

「最初は、たかが平民だと思ってた。でも、あなたの行動を見てると……だんだん、その自由さや、快活さ。色んな魅力を見つけていったの」


 しばらく私は黙る。ラランナも。

 そして。私は顔を少し伏せ。


「そして、気が付いた。私、あなたに惚れてしまったんだなぁ……って」

「え、えええええええ!」

「そんなに驚くことかしら?」

「お、驚きますよ。だって、あんなに嫌われてたんですから」

「うん、そのことについては……謝らせて。ごめんなさい。いっぱい怖い思いや、不快な思いをさせちゃったわね」

「……はい、怖かったし。辛かったです」

「うん、でも、貴族の社会って、私を見ればわかると思うけど、すっごくドロッとしてるの。そんな世界に、あなたを巻き込みたくなかった。そして……王子や、カンナギ様に、近づいてほしくなかった。嫉妬って初めて感じたわ」

「そう、だったんですか」

「うん。だけど、どんな理由があれ貴女にした事は、謝っても許されることじゃない……どんな罰でも、受けるわ」

「……わかりました。王子様が言ってましたよね、あなたを、糾弾するのも、許すのも私だって」


 私はカップを置くと、目を閉じて彼女からの言葉を待った。


「私は、あなたをまだ許せません。だから、私が許すまで、こうしてお茶をしませんか?」

「え」

「私、こうしてお茶をするの、とってもしてみたかったんです。だから」

「そんなことで、いいの?」

「はい!」


 その、天真爛漫な笑顔を見て、私の目から、再び一筋の涙が流れた。


◇◇◇

 厨房の扉の向こう。そこでは、藍色の髪をした男が、目を閉じ二人の会話を聞いていた。

 そこに眼鏡をかけた男がやってくる。


「全てあなたの考えた通り。ですか? コレクタス」

「さて、何のことやら」


 そう、コレクタスとカンナギである。二人は扉の向こうで行われるお茶会を、扉越しに眺めながら話す。


「俺は、可愛い「弟」に可愛いガールフレンドをプレゼントしたかっただけさ。あいつ、あのままじゃどっちにしろ潰れてたしな。あと、例の件は?」

「滞りなく。あなたの親を、王が締め上げてる事でしょうか」

「ありがたい。胸がすっきりしたよ」

「まったく、あなたの親を締め上げる。そのために私たちにリリー・エヴァリーの真の性別が男だとリークしたのですか?」

「さてね」

「全く。私の親友は、どうやらとんだブラコンでしたね」


 そのまま二人は厨房の前を後にした。


◇◇◇

 少しその後について語ろうと思う。


 私はゆっくりと性別を男に戻しつつある。なんでも、親が国王と色々あったらしく、私を女として育てる計画をやめたらしい。とはいえ、色々な問題はあるけれど……王子や兄達が、性別を戻すサポートをしてくれている。なんでも、皆の前で性別をばらした償い代わりだそうだ。


 なので私が、僕か俺に変わる日も遠くないかもしれない。


 まあ、今まで女だったのに、男に戻るのは交友関係的にも、生活的にも大変なんだけど、ラランナにしてきたことを考えれば、これは受けるべき罰なのかもしれない。


 ラランナとは、あの後も約束通りお茶を続けている。ただ、あの日に好意を伝えたけど、まだしっかりとした告白までは至ってない……いつか、私の性別が完全に男に戻ったらするつもりだ。


 その時、彼女はどんな返事を返してくれるのだろうか。


 それが肯定であれ、否定であれ……きっと、あたふたと表情を可愛らしく変えながら答えてくれるだろう。


 さてさて、これで私……女のリリー・エヴァリーの物語はおしまい。


 これから始まるのは、男性としてのリリー・エヴァリーの物語。


 その未来は、きっとハッピーだろう。なぜだろうか。そんな気がしてならないのだ。

 さ、今日もラランナと、お茶をしようかな……

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