誰が改心した悪役令嬢を殺したのか

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「主人公」


 悪役令嬢が死んでいた。


 雷の鳴り響く、嵐の夜に。


 彼女が住んでいる屋敷の裏で。


 ひっそりと、一人きりで、死んでいた。


 殺した人間は、彼女を蘇生させようとはしなかったのだろう。


 彼女は土にしっかりと埋まっていて、上には重い石がしっかりと載せてあった。


 彼女がそこにいると分かったのは、雨に流された血に反応した、この世界に生息する特殊な白い薔薇があったおかげだ。


 薔薇は変化している。


 元は真っ白だったのが見る影もなく、真っ赤に染まってしまっている。


 その薔薇をぽとりと落とした。


 拳を握り締める。


 雨が体に振りしきり、体温を奪っていくけれど、それよりも早く心が冷えていった。


 いったい誰が悪役令嬢を殺したのだろう。


 彼女は確かに悪だったが、今は改心していたというのに。








「犯人候補 攻略対象」


 俺には愛している人がいる。


 儚く華奢で、俺が守ってやらなければならない人だ。


 その人物は、俺が通っている学園のクラスメイト。


 しかし、そこは貴族達が通う学校で、彼女は平民だったから。


 周りからよく思われていなかったようだ。


 それが理由だったのか、本当の所は分からない。


 俺の愛しい人は、とある人物からいじめを受けていた。


 そのいじめは、質の悪いもので、なかなか明るみにでなかったから、気づくのが遅れてしまった。


 証拠を残さないやり方は、協力者がいたから。


 自分の家の名前を利用して、周りの生徒を味方に引き込み、金で教師を言いなりにさせた。


 あくどいやり方は成果を発し、俺が愛した人は日に日に憔悴していった。


 けれど、何事も永遠には続かない。


 いじめの首謀者はある日、ボロをだした。


 それを見つけた俺は、断罪を実行したのだ。


 罪を犯して、人を傷つけて、楽に逃げるなんて許されない事だからな。








「犯人候補 ヒロイン」


 私はとある人物からいじめを受けていました。


 おそらく私が平民だからでしょう。


 通っている学校では、浮いていましたから。


 いじめをする口実としては、十分。


 とある人物に目を付けられるのは、当然の流れだったのかもしれません。


 彼女が私に何をやってきたのか。


 その内容は、口では言えません。


 けれども、物を投げつけられたり、水をかぶせられたりする行為が、かわいいものに見えてくるのは確かです。


 そんな私は、当初は言葉で説得すれば分かり合えると思っていました。


 必死に思いを伝えれば、分かってくれると。


 しかし、世の中にはそうではない人もいるのだと思い知りました。


 話し合いをしようとした場所に罠をしかけていたんですから。


 おかげで一晩中その部屋に閉じ込められて、風邪をひいてしまいました。


 とても残念だけれど、彼女に、人の言葉は通じない。


 だから公の場で罪を明らかにしなければ。


 断罪が必要なのです。








「犯人候補 教師」


 俺はとある生徒に、金を積まれていた。


 女房が病気にかかっていたから、多額の金が必要だったんだ。


 教員の給料はよかったよ。


 貴族の子供達に教える職なんて、他にないくらいいい賃金だった。


 けれど、それじゃ足りなかった。


 なにせ女房は、まだ存在が明るみになったばかりの、ほとんど未知に等しいやっかいな病にかかってしまったんだから。


 治療には高度な医療が必要だったんだ。


 だから、悪事に加担した。


 でも、今では後悔しているよ。


 汚い金を積まれて治療しても、女房は嬉しそうな顔をしてくれなかった。


 むしろ「どうしてそんな事をしたの!」と怒られてしまった。


 教師としてあるまじき行為を働いてしまったと思っている。


 どの生徒にも平等に接しなければならないのに、金をくれた生徒を贔屓してしまった。


 虐められている人間の訴えを無視してしまったのだ。


 この罪は、償えるかどうか。


 でも、そんな事を考える前にやるべき事がある。


 断罪だ。


 あの生徒は、もう性根が曲がりきっている。


 俺がこれから金を返していくといったら、今度は家族を狙って嫌がらせをすると言ってきたんだ。


 きっとどんな説得の言葉をいっても、良い人間にはならない。


 終わらせてやるしかない。







「犯人候補 名家の領主」


 あんな娘を産んだのが失敗だった。


 家の名前に泥を塗るなんて。


 どうすれば、この陥れられた名誉を回復できるんだ。


 頭が痛い。


 妻も、心労で倒れてしまったじゃないか。


 家族に害をなすなんて、なんて奴だ。


 最初からあんな人間、家族でもなんでもなかった。


 俺達の娘なんかじゃなかったんだ。


 薄々、こうなるんじゃないかと思っていたよ。


 子供の時から、無邪気さのかけらもなくて、愛想が無くて、どことなく薄気味悪かったんだからな。


 せめて俺達の手で断罪を行おう。


 そうする事で、少しは家の名誉も回復できるかもしれないしな。







「主人公」


 俺は異世界に転生した。


 そこは前世で姉貴がやってきた乙女ゲームの世界だった。


 姉貴はお喋りだったから、ゲームを直接やっていない俺でも、詳しい内容を把握できるようになっちまったんだよな。


 でも、ある意味そんな姉貴のおかげで、第二の人生は路頭に迷わずにすんだもかも。


 孤児で身寄りのなかった俺は、原作の知識を活用して、一財産築いて、貴族になった。


 生活に困らなくなったし、婚約者もできた。


 けれど、その婚約者が悪役令嬢だった時はびっくりしたな。


 イメージと違って、可愛らしい女の子だったから。


 でも彼女に友達が少なかったのは予想通り。


 彼女は名家の娘というプレッシャーに押しつぶされそうになっていたから、心に余裕がなかったらしい。


 それでたまに人当たりが強くなってしまうのだとか。


 それを聞いた俺は、可哀そうな子だなと思った。


 俺が、事故で記憶を失っていた時も、見舞いに来てくれるような良い子なのに、彼女には自分の思いをはき出せる相手がいなかったんだから。


 そうだよ、事故だよ。


 そのせいで俺は、彼女が死ぬまで、婚約者らしい事を何もしてやれなかった。


 彼女がヒロインを虐めるのを止められなかった。


 俺の記憶が戻ったのは、彼女が断罪された後。


 彼女は、俺が好きだった白い薔薇を、他の人間にとどけさせただけで、交流を断ってしまった。


 きっと、俺に会う資格がないとでも思っているんだろう。


 俺は今でも、彼女の味方だというのに。


 とにかく早く、彼女とあって話がしたい。







「死亡者 悪役令嬢」


 私は罪を犯しました。


 だから、「彼」が屋敷に来た時には、素直に謝ろうと思った。


 私は私の婚約者が目覚めたという知らせを聞いた後、自分がどれほどひどい事をしてきたのか、自覚してしまった。


 罪を償わなければ、と思った。


 けれど、「彼」が私の首をしめてきて、意識を失ってしまったのです。


 倒れた私は、去っていく「彼」の足音を聞いているしかなかった。


 すぐに起き上がれず、私はしばらくその場に倒れていたと思います。


 その間に雨が降って、雷が鳴り響き始めました。


 寒さで体が震えてきました。






 そんな私に、新たに近づいてくる影がありました。


 それは、私がいじめていた「彼女」。


 彼女は、見たこともない顔で私を見下ろし、「寒いでしょう? 私も同じ思いをしたのよ」と言って、大きな石で私の頭をなぐりつけました。


「でも私はあなたほどひどくはない。むやみにいたぶらず、すぐに楽にしてあげるわ」と言いながら。


 首を絞められて、ふわふわしていた意識がさらに、希薄になっていきます。


 一日に二度も、人から殺されかけるなんて、なんて日なのでしょう。


 でも、きっとそれも当然の末路なのかもしれません。


 私はひどい事をしたのですから。


 きっとずっと前に、私は死ぬべきだった。


 無駄に生き延びようとするべきでは、無駄に認められようとするべきではなかった。


 居場所を求めるべきではなかった。


 こんな醜い生き様をさらすくらいなら、


「なんて気味の悪い娘なんだ」

「本当ね。せっかく誕生日にケーキを用意したのに、喜ばないなんて」 


 幼い頃、それが分かった時に、大人達に、手にかけてもらえばよかった。


 そうすれば無駄に幸せの少ない人生を、歩む事はなかったのに。







 頭から血を流しながら、立ち上がった私は、家の中へと歩き出しました。


「彼」も「彼女」も私を殺し損ねたようです。


 恋人同士だからか、妙な所が詰めが甘いというのも、似た者どうしなんでしょうね。


 殺人の良いやり方なんて、した事がないのでわかりませんが。


 もしかしたら、ためらいがあったのかも。


 それで、とどめをさせなかったのかもしれません。


 そんな風に自嘲する私の背後に、人の気配。


 ああ、「あの人」もまた私への憎悪を果たしに来たのでしょう。


 私は「あの人」から、ナイフで何度も背中を斬りつけられました。


 それでも抵抗する事も、怯える事もない私を見て、「あの人は」気味悪がったのでしょう。


「あの人」は、血の気の引いた顔で逃げていきました。


 家の中にたどり着くと、使用人たちが大騒ぎ。


 奥の部屋に通された私は、両親と顔を会わせました。


 その手に、ロープを持っている彼等と。


「一応聞いてやる。こんな迷惑ばかりの娘でも、家族だからな。墓を掘るなら、どこがいいんだ?」

「家のお庭にしましょうよ。まさか自分の娘を屋敷の庭に埋める人がいるなんて、普通は思わないでしょうから。誰も探したりしませんわよ」


 ああ、やっとこれで終わらせてくれる。







「主人公」


 悪役令嬢が死んでいた。


 彼女の屋敷の裏で。


 一番最後に調べた対象が、まさか犯人だったなんて。


 一番あり得てはいけない犯人だったのに。


 彼女は確かに悪だったが、改心していたはずなんだ。


 俺にはそれが分かる。


 じゃなきゃ、彼女が無抵抗に殺されるなんてありえない。


「君にだけ教えてあげる。実は未来を知っているんだ。君の未来も」


 断罪される未来を知っていた彼女は、その状況を切り抜けられるように護身術を身に着けていた。


 いつもドレスの下に、護身用の短剣を隠していたのだから。


 でも、俺が調べた者達はどこも怪我をしていなかった。


 彼女は、全ての罪を分かっていて、受け入れるつもりで、手にかかったのだ。


 だから。


 断罪だ。


 断罪をしなければ。


 復讐を、するのだ。


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