第3話 抱き締められました!?

 ななお先輩が指差す先には、川に浮かぶ一羽のカモがいた。


「あのカモですか?」

「そうだよー! 図鑑で調べて、なんて名前か当ててみて?」


 どうやら先輩は、答えを教えてくれないらしい。

 わたしはまず、双眼鏡をのぞいて、カモを観察してみた。全体的に茶色っぽくて、あんまり特徴がない。

 続いて、もらった図鑑をペラペラめくって、同じカモを探してみる。図鑑はポケットサイズで、一ページに一種類ずつ鳥の写真と説明が掲載されている。カモのページを開いてみたけど、どれも茶色くて同じに見える。


「む、難しいですね……。どれも同じに見えます……」

「ヒントは、くちばしだよ」

「くちばし?」


 わたしはもう一度、川を泳ぐカモを双眼鏡で見てみた。くちばしは黒くて、先が黄色くなっている。

 再び図鑑に戻り、似たような鳥の写真を探す。……あっ、あった。くちばしの先が黄色いカモ。


「えっと、カルガモですか?」

「そう! 大正解!」


 ななお先輩はうれしそうに笑みを浮かべながら、音を出さないように拍手をしてくれた。カルガモって、そういえばテレビで見たことある。こんな場所にいるんだ。


「カルガモ。カモもくカモ科。通年、全国に生息している。湖や池、川や海岸などで普通に見られる。雌雄同色で、先の黄色いくちばしが特徴」


 隣でひまり先輩が、鳥の解説をしてくれた。今までは意識していなかったけど、水のあるところなら、普通に見られる種類なんだね。


「さぁー、どんどん行くよ! わかばちゃん、あそこの木にも鳥がいるよ」

「えっ、あっ、本当だ。あの『ヒーヨヒーヨ』って、鳴いている鳥ですね」


 それからもわたしは、ななお先輩が教えてくれる鳥の名前を、図鑑で見ながら探していった。


「うーん、どれだろう……?」

「よく観察してみて? 水色っぽい羽で、ほっぺが赤いのが特徴だよ?」

「もしかして、ヒヨドリ、ですか?」

「正解!」

「ヒヨドリ。スズメもくヒヨドリ科。通年、全国に生息している。林や住宅地、農地などで普通に見られる。正確には全体的に灰褐色の色をしており、頬に赤い模様があるのが特徴。雑食性。いつも鳴きわめいている」


 校庭の木にいる鳥は、ヒヨドリという名前だった。鳴き声は聞こえていたけど、名前を知ると親近感が増してくる。赤いほっぺが意外と可愛いかも。


「じゃあ次、あの電線にいる鳥は?」

「うーん、黒くて、目の周りが白いですね。くちばしは黄色くて、足も黄色い」


 双眼鏡を見ながら、先輩に教えてもらったとおり、まずは特徴をつかんでいく。それから、図鑑に目を落として、同じ姿の鳥を探す。


「あっ、あった。ムクドリですか?」

「正解だよ! わかばちゃん、すごい!」

「ムクドリ。スズメもくムクドリ科。通年、九州以北に生息している。市街地や農地、川原や芝地などで普通に見られる。全体的に黒く、黄色いくちばしと脚が特徴。群れで生活している」


 鳥の名前を自分で探していくのは、なんだか楽しい。それに、なにもいないと思っていた場所にも、意外に鳥がいるんだ。名前を知るだけで、こんなに嬉しい気持ちになるんだ。


「すごいな、新入生。鳥を見るセンスがあるぞ」


 すると、後ろからゆうき先輩と呼ばれていた背の高い女性が声を掛けてきた。

 人に褒められるのも、やっぱり嬉しい。つい、はにかんでしまう。


「おっと、車が来た。みんな、端に寄るんだ」


 ゆうき先輩に言われて、道の向こう側から一台の車がやってくるのに気づく。わたしはみんなと同じく、道の端に身を寄せた。

 その時、一羽の鳥が、頭上を飛んでいくのが見えた。あれはなんだろう? ふと双眼鏡でのぞいてみようと思った時、身体がカクンッと傾く。道と堤防の間にはフェンスがない。わたしは足を踏み外して、川のほうへ……。


「危ない!」


 転げ落ちる直前、身体を引っ張られ、そのまま抱き寄せられる。顔を上げると、目の前にいたのは、ゆうき先輩。


「大丈夫か?」

「は、はい……。すみません」


 ゆうき先輩はわたしを抱きながら、心配げにこちらへ視線を向けている。さっきヒヤッとした感情から一転、先輩の豊かな胸が身体に密着して、ドキドキする。


「鳥見をしている時は、つい周りが疎かになりがちだからな。気を付けな」


 優しい口調でたしなめられる。そういえば、ゆうき先輩は、いつも車道側を歩いてくれていた。もしかして、安全に鳥を見られるよう、気を配ってくれていたのかな。


「あ、ありがとうございます。ゆうき先輩、ずっとわたしたちのこと、守ってくれていたんですか?」


 思ったことを口にする。すると先輩は、目を丸く見開いた。それからふっと笑みを浮かべて、細い人差し指をわたしのあごに添える。


「いい子だ」


 微笑んだ表情を見せ、わたしはあごをクイッと軽く持ち上げられる。依然、身体は抱き締められたまま。


「自己紹介がまだだったな。ボクは倉和くらわゆうき。ひまりと同じ三年生だ。よろしくな、わかば」


 ゆうき先輩はウインクをする。

 わたしは自分の頬が熱くなっているのに気づく。それでもハッと我に返り、こちらも挨拶を返す。


「よ、よろしくお願いします。ゆうき先輩」


 そう言うと、先輩はようやくわたしを解放してくれた。

 その時、「ツィー」という自転車のブレーキが擦れるような音が聞こえた。さきほども聞いた、この鳴き声は……。


「あっ、わかばちゃん! またカワセミが来たよ!」

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