第52話 それは言っちゃ駄目だろ!


 俺たちはロジスタルスの拠点に戻ってきた。

 大切な相棒である、レトを一人残して。




「ようこそ、ロジスタルスへ。アルフィナ様」

「お主がキルレイドか。道すがらイオリに聞いておる。大儀であった。じゃが、童に跪く必要はなかろう。聖女の役目は他の者がしておるでのう」


「では、そのように」


 俺たちは会議室に向かった。

 本当なら、アルフィナにはゆっくり休んでもらい所だけど、事は一刻を争う。

 まずは情報を共有する必要があるだろう。

 アルフィナを説得するためにも。


 アルフィナがラヴェルサの元にいた間のことを説明する。

 担当は秘書のモニカさんだ。

 彼女なら、一歩引いた立場で客観的に話してくれると思う。


「教会勢力とラヴェルサとの闘いが終わったことを見届けたリグド・テランは、西の大国、エリステルと不可侵条約を結びました。その後、軍を東側に集結させたことで、ルーベリオ教会との関係に変化が訪れました。ラヴェルサとの決戦前でなかった理由は不明ですが、アスラレイド筆頭のジレイドが健在であったことが大きいと思われます」


「そうだな。マグレイアがジレイドを殺害したことで、教会勢力との対立が明確になったんだ。まあ、時間の問題だったと思うが」


 モニカさんがキルレイドを睨みつける。

 余計な茶々を入れるなってとこだな。


 恐らく、弟のグルディアスが俺に殺されたことで、最後の引き金が引かれたんだ。


「一方、聖女様をラヴェルサの元に送り込んで沈静化させる仕組みは、限界を迎えていました。レストライナの血筋の者たちが、世代を重ねるごとに、ラヴェルサに襲われるようになったからです。聖女様は一人で生きていけません」


「そうじゃな。一人では食物を作ることすら叶わぬ」


「これを解決するには、根本的な改革が必要です。急激に領土を広げた影響で、東西の両勢力に対抗する必要がリグド・テランにはありました。ですが、ジレイドは教会から賄賂を受け取っており、変革を望んでいません。そこで立ち上がったのが、セイレーン、ドゥディクスの穏健派と、マグレイア、グルディアス、ウィーベルトら過激派です」


 ジレイドは八方塞がりだな。

 自業自得ではあるが。


「一時的に過激派が主導権を握りましたが、皆様ご存じのように、先ほどの戦いでマグレイア、ウィーベルトの両者は死亡し、生き残ったセイレーンとドゥディクスは兵を西に向け、ラヴェルサから遠ざけているとの報告が先ほどありました」


「つまり、リグド・テランの問題は、ほぼ解決したってことだな。で、残るは教会勢力なわけだ。リグド・テランは責任をマグレイアたちに押し付けて、和平に向かうだろう。だが、教会勢力がそれを良しとするかって問題がある」


「そこで妾の出番というわけか。教会の連中を説得してこいと?」


「できるのであれば、それが良いでしょう。ですが、彼らにしてみれば、壮絶な戦死をなされたと発表した聖女様が生きているのは、不都合でしょうな。何故か、教会勢力内では、教会がリグド・テランと裏で繋がっていたと囁かれているようですから」


 そして、リグド・テランでも同じ噂が流れている。

 前々政権ジレイドへの不満の高まりは、セイレーンたちへの支持に繋がるだろう。


「お膳立ては整っているという訳か。じゃが、妾に教会の不正を告発せよと言うのか。幼き頃から教会に育てられた妾に」


「仮に今回ラヴェルサの大群を押し返し、地下プラントを破壊できたとしても、教会は裏切ったリグド・テランを許さないでしょう。両勢力の戦争は避けられません」


 アルフィナは迷ってる。

 当然だ。

 ずっと過ごしてきた家なんだから。


 歪な形だけど、確かに教会は人々を守ってきた。

 でも、大きくなりすぎたんだ。

 大きくなれば、歪みも大きくなる。


「アルフィナ様。民を、教会だけでなくリグド・テランの民も救おうとお考えならば、お受けください。この機を逃せば、教会とリグド・テランが協力することはなくなるでしょう」


 従者であるイオリがアルフィナに意見するなんてな。

 でも、イオリの言ってることはもっともだ。

 目的はちょっと違うけど、俺も同意見だ。


「リグド・テランの民を救う、か。腑に落ちたわ。イオリの言う通りじゃ。妾も覚悟を決めねばならぬようじゃの。して、段取りは決まっておるのじゃろうな?」


 アルフィナの視線がキルレイドさんに向いた。

 キルレイドさんは、それをモニカさんに受け流した。


「リグド・テランが撤退したことにより、現在、ラヴェルサは神聖レグナリア帝国に大挙して向かっております」


「んじゃ、決まりだな。教会、いや、住民たちの窮地を救い、聖女様復活を大々的に触れ回って、真実を白日の下に晒す。若い教会騎士はそれだけで付いてきてくれるかもしれん。それに、剣星が都合よくアスラレイドの機人を奪ってきたからな。リグド・テランとの協力体制をアピールするのもいいだろう」


「できるだけ、早く行かねばな。あの羽虫が留守番に飽きぬうちに」


 みんなが笑みを零してる。

 簡単に想像できるんだろうな。


「さて、聖女様はお疲れだ。このあたりでお開きにしよう」


 キルレイドさんの気遣いにより、解散となった。

 俺とイオリは別れ際に、アルフィナの部屋に来るように言われた。


 部屋では、アルフィナとセイレーンの一族であるアルバが待っていた。

 促されるまま、ソファに座ると、アルバが出ていこうとしていた。


「これ、アルバ。ここにいても、良いのじゃぞ?」

「私、難しい話は分かんないので、嫌で~す」


 アルバは部屋を出て行ってしまった。

 性格も外見も、どことなくレトに似ている。

 あの子がラヴェルサに襲われなかったのは、そのせいだったりして。


「まったく、困った娘じゃ。……まあ、よい。イオリ、剣星。無理をかけたな。この通りじゃ」


 アルフィナは大きく頭を下げた。

 俺もつられて、お辞儀する。


「イオリ、其方に事実を打ち明けられなかったのは、妾の不徳の致すところ。許してたもれ」


「アルフィナ様、お顔をお上げください。先ほど申し上げましたように、私の心が弱かったことが悪いのです。ご自分を責めないでください」

「相変わらず、硬い奴じゃ。じゃが、そこがイオリの良いところよな。そうじゃろ、剣星?」

「ま、まあね」


 双星機の中で二人は沢山話したんだろうな。


 でも、どこまで話したの?

 アレもコレもじゃないよね?!


「剣星、お主にもじゃ。聖王機に乗ったせいで、大変な目にあったと聞いた。妾はそうなると初めから分かっておった。分かっていて頼んだのじゃ」


「それは違うよ。今の俺があるのは、俺自身によるものだ。俺があの時、グルディアスを倒したのが原因だ。アルフィナは、むしろ教会から俺を守ってくれていた。感謝の気持ちしかない」


 アルフィナは俺のことを、まじまじと見つめてくる。


「剣星、お主、しばし見ぬ間に変わったのう。一人前の男の顔になりおった」

「そ、そうかな?」

「そこで、にやけるでない。まったく……して、剣星よ、お主は本当に変わったようじゃの」

「どういうこと?」


 意味が分からない。

 何が変わったんだろう?


「以前に話したことがあるじゃろ。妾には他の者には見えない道が見えると。お主とあの羽虫には道ができておった。故に二人は心で会話できると思ったのじゃ」


「そういえば、そんなこと言ってたな」


「じゃが、本当はもう一つ別の道も見えておった。イオリには報告しておったのであろう? この世界にくる以前より、何処いずこより声が聞こえてくると」


 よく覚えているな。

 随分昔のことのように感じるよ。


「どこに繋がっておるのか、誰と繋がっておるのか、はっきりせんかった。それが漸く分かったのじゃ。ラヴェルサの元にいることでの」

「おいおい、それって、もしかして……」


「そう、お主の力の源はラヴェルサじゃ!」

「な、なんだってー!?」


 俺はラヴェルサの力で、奴らと戦ってたのかよ。


 でも、アルフィナさん、性格変わった?

 なんだか。ノリノリで言ってない?

 レトっぽい年下の子と一緒にいたせいか?


「妾は声を聴くだけじゃったが、剣星にはラヴェルサの因子が届いておったじゃろう。既に、その道は見えぬがのう」

「じゃあ、あの時、双星機をうまく操れなかったのは、俺の中のラヴェルサをレトが無意識に浄化してたせいなのか?」


 ……いや、違うか。


 今までだって、レトと一緒に機人に乗ってたんだもんな。


「恐らく、そうではない。アルフィナ様が日常的に聖王機に搭乗されなかったのは、体調の問題だけではないんだ。来るべき時に向けて、聖女としての力を失わないようにしておられたのだ」


 つまり、アルフィナの中にレストライナ因子を大事に貯めこんでたってことか。


 逆に俺は何か月もの間、ラヴェルサ因子を放出しながら、装甲機人に乗り続けていた。どんだけ、ラヴェルサの因子が溜まってたんだよ。


「剣星の場合、性能上限の低い機人を操縦してたのが良かったのだろう。ラジウスを強化していたと聞いたが、装甲の方まで手を入れてたら、あっという間に、力を失っていたかもしれないぞ」


 装甲を強化するのに、ラヴェルサの因子を大量に使っちゃうってことか。当時はまだ霧が薄かったから、そこまで強化する必要はないし、宝の持ち腐れだったろう。


 アルフィナのいうラヴェルサとの道ってのが、何時、無くなったのかは分からないけど、仮に俺が聖王機に乗り続けていたら、ラヴェルサの因子をすぐに失って、お払い箱になった可能性もあるのか。


 ルクレツィア傭兵団は小さな組織で、だからこそ装甲に金をかけられなかったけど、俺にとって最高の環境だったのかもしれない。仲間たちのことは、今更確認するまでもないことだ。


「さて、二人を呼んだのは、聞きたいことがあったからじゃ。キルレイドという男、信じても良いのか?」


「俺は信じてもいいと思う。あの人の女好きは本物だと思う。聖女が犠牲になる仕組みを嫌ってるのは確かだ」


「アルフィナ様。元々、この作戦は剣星が発案したことが始まりです。それを叩き台にし、現在に至っているのです」


 ふむ、と頷いて、アルフィナはこっちを見た。

 ちょっと、にやにやしてないか?


「剣星、お主には頭が下がる思いじゃ。どこか遠い地に逃げればよかったものを。これも面倒な女に惚れた弱み、というやつかの」


「ア、アルフィナ様?!」


 おい、イオリ!


 絶対、あの事も話したろ!

 

 まあ、俺もアルフィナに迫られたら、話しちゃいそうだけど。

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