第5話(最終話) 憧れのAVアイドルと

 西田さんは靴を脱いで、俺が掛けているローソファの側までやって来た。


「隣に座っても良いかな」


「どうぞ」


 俺は左を空ける為奥へ詰めた。

 時限爆発しそうな心臓を必死になだめながら。


「すっかり目が覚めたみたい。もう私のこと分かるよね」


「西田さんは香奈さんですね」


「正解」


「引退してから、事情があって身をひそめるように暮らしてきた。そういうことですか」


「ちょっと違う。意思じゃなくてやや引き篭もり状態ってだけ」


「業界が嫌になったんでしょ」


「それもちょっと違う。お世話になった場所だし」


「じゃあ何で変装してたんですか」


「変装? 寧ろ化粧もしてないし、全く化けてなかったつもりだけど」


「デカパイは? あれ、ちょっと苦手なんですけど」


「オッパイに引け目があったから、大き目のパッド使ってただけ」


「香奈さんの魅力は微乳で細身。大人とロリがミックスした可愛さだと思います」


「ありがとう。でも好きな所は外見だけ?」


「そんなことないっす。体、柔軟だし、感度抜群だし、声も良いし」


「今度は器官のことばかり」


「あの、うまく言えないですけど、初期の作品で多かったインタビューの受け答えがとても素直で中身に惚れました」


「そんなじゃ、就活の面接は乗り切れないよ」


 知り合ったばかりの人からそこまで言われ、ほっといてくれと背を向けるべき所だが、惚れた弱みで素直になってしまう。


「そうなんですよ。しかも最近は面接まで辿り着けないし」


「それでか、スーツ姿見かけなくなったのは」


「俺のこと、そんなに前から見てくれていたんですか。どうして俺なんかを」


「AVファンじゃなくて、私のファンだって気付いた時からかな」


「どうしてそんなことが分かるの」


 いつの間にか俺はタメグチになっていた。

プロフィール通りなら自分の方が歳上の筈だからかな。


 老けて見えた西田さんだが、今日は二十歳か二十一位にしか見えないから不思議だ。

 メイクのせいか、いや笑顔のせいだ。

 自分に対する好意を感じ取れたから自然にタメになってしまったんだ。


「あの薄壁から聞こえて来るの。出演作品の私の音声が。知らない女優の声も聞こえるけど、短いのは予告編でしょ」


 謎はすっかり解けた。

 じゃあ、俺のあえぎ声まで聞かれてしまったか。思わず赤面した。


「何? 赤くなって。恥ずかしかったのは私の方だよ。でもね、段々と楽しみになった。今夜も私の作品かなって」


「香奈さんの作品を観ながら俺が何してたか知ってる」


 何を呟いてるんだ、俺。

 今のセリフ無かったことにしてー


「え? 何。聞こえなかった」

 西田さんは顔を近づけてそう言った。


 俺は下を向いた。


「みんな同じことするよ。AV観るのはその為だもの」


 聞こえていた。

 見透みすかされていた。

 西田さんの顔が見れない。見れないよ。


「さっきの続きしようよ」


 西田さんの声は低く甘くかすれている。

 熱い吐息が耳に掛かる。

 俺が顔を寄せると首に細い腕が巻かれた。

 体を預けられ、くちびるが重なる。

 舌が絡み合う。

 今度は勃起しても気にせず先へと進む。

 服の上から薄い胸を揉みしだく。

 西田さんの喘ぎを感じる。

 香奈さんだ……ああ、俺の香奈……いつの間にか二人は生まれたままの姿になっていた。

 この先は、純情な俺には表現できない。

 二人が結ばれた事実だけは否定しないが。


 その後俺たちは付き合うことになった。

 口が固い友人に報告したら、訳知り顔でAV嬢だけは止めとけ、悪いことは言わんからやめとけと警告された。

 面倒だから次に会った時には振られたと奴に言っておいた。

 誰がやめるか。

 俺だって普通の付き合いができるか自信なんて無い。

 彼女の傷をいやせるか、尚深く傷付けることになるのか分らないが、俺はもう深く関わり始めてしまったのだから。

 あんな父親の為に業界復帰することだけは思い止どまらせたい……過去はどうにもならないが未来は変えられる筈だ。二人一緒ならきっと……



     了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AVアイドルと隣のストーカー 千葉の古猫 @brainwalker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ