15 探索者ギルド

 カミーユは、午後から商業ギルドにいた。

 プリムローズとの話し合いだ。

 

 作ってもらいたいものが、いろいろとある。

 調香に関係する道具は特に、手元に十分にないと不安になってしまう。アルコールなどのギルドから購入できるものはいいけれど、そうじゃないものもある。


 プリムローズは、カミーユが見本として持ってきたムエットを手に取った。


「これはじゃあ、作らせないとならないんだね?」

「そうです。王都の職人さんにお願いしてたんですけど。研修が始まってから、調香術師ギルドに登録しようと思っていて」

「商業ギルドじゃダメかい?」


 当然だが、王都ギルドのオットーと同じことを言う。


「ええと、香りを確かめるムエットに、調香以外の用途が思いつかなくて。大きいサイズの紙なら何にでも使えると思うんですけど、それだとただの紙、と言うか……」

「匂いのしない紙なら、いや、確かにこの細さだと……。わかった。調香術師ギルドに話を持っていくかね。とりあえず、紙問屋にこれに似たものを探させる。恐らく、王都の職人から買うことになるだろうが」


 プリムローズはノートに書き込んだ。 


「あ、もし新規に作ってもらう場合、消臭関連の付与はダメです」

「ん? ああ、そりゃそうか。王都の職人に技術登録してもらうのがいいだろうね。もうしてあるかもしれないが。……でも、このピペットは、もうだいぶ売れてるだろう? ここでも扱ってるよ」


 カミーユはコクコクとうなずいた。


「試作品も含めてだいぶ持ってはいるんです。でも、香料ごとにピペットを変えないとだめだし、洗うのもアルコールが必要で。正直何本あっても足りないぐらい。光の浄化をお願いすればいいんですが、毎回は難しいし。本当は使い捨てが理想なんですよ」

「使い捨て、ね。……条件は?」


 プリムローズの質問に、カミーユは身を乗り出した。


「できるんですか⁉」

「ここは宝の森アルタシルヴァのほとり。どこよりも素材は豊富だよ」


 カミーユの顔が輝いた。


「ええと、匂いがなく、属性などが香料に影響しない。毒性がなく捨てられる。あと、大事なのは使い捨てしても、お財布が泣かない!」

「……財布が。大事だね」


 カミーユは大きくうなずいた。

 どんな素材があるのか、他にどんなものが必要かと話していると、面談室の扉がダンダンと叩かれた。

 顔をのぞかせた男が叫ぶ。


「ギルド長! 探索者ギルドから連絡! 若手がフロストモスキートにやられたっ!」

「なんだって⁉」

「二人は意識がない。一人がなんとか二人を担いで帰還」

「全く無茶をしてっ。あの辺りは虫除けがないとダメだと……」


 プリムローズが奇妙な顔をして、カミーユを振り返った。


「カミーユ、探索者ギルドの依頼を納品したって聞いたけど」

「はい。今朝」


 扉を叩いた男が急かした。


「ギルド長。早くっ!」

「ああ。カミーユ、一緒に来てくれるかい?」

「は、はいっ!」


 何が何だかわからないまま、緊迫した雰囲気にカミーユは慌てて立ち上がった。


 

 

 カミーユたちが探索者ギルドへ入ると、入り口の大ホールに人が集まっていた。複数の声がわんわんと響き、走り回る足音がしている。


「静かにおしっ!」


 プリムローズが声を張り上げた。

 その場にいた者たちが、バッと振り返る。


「ギルド長代理っ!」

「プリムの姉御っ!」


 プリムローズの前に、ざざっと道ができた。

 人垣の中心には数名の男性がおり、その顔を見てカミーユは叫んだ。


「っ! ジャックさんっ! ジーンさん! バートさん!」


 ジャックは床に座り、かろうじて身体を起こしている。その顔色は真っ白で、今にも倒れそうだ。

 ジーンとバートは床に横たわり、意識がないように見える。

 三人ともが、毛布でグルグル巻きにされていた。


 近づこうとしたカミーユを、ジャックの側に立っていたアルバンが手で遮った。


「待った、カミーユ。治療中だ」

「治療……」


 医師だろうか。

 横たわる二人の側には男が跪いている。


「大丈夫。フロストモスキートだ。闇の魔力があって、魔力を吸い上げると同時に身体を冷却するって言う厄介な奴だが、すぐに適切な治療をすれば問題ない」

「フロストモスキート……」


 聞いたことがない。


「大群に遭遇しちまったらしいな」


 医師の男性は手に瓶を握っている。

 その手の間から、キラキラとした光がこぼれ始めた。

 どうやら光属性持ちの医術師らしい。


「よし。まず、ジャック。一口ずつ、ゆっくりと、半分ほどだ。それで様子を見よう」


 伸ばしたジャックの手が少し震えている。

 カミーユはさっと近づき、医術師から瓶を受け取った。


「君は……調香術師か? いや、学院生か」

「カミーユといいます。大丈夫です。看病の経験もあります」


 ローザハウスでは皆が助け合う。カミーユがそうされたように、カミーユもチビ達の看病をしてきた。


「ジャックさん、どうぞ私に寄りかかってください」

「いや、さすがに……」

「大丈夫です。どーんと。寄りかかるだけで、楽になります」


 ためらうジャックの肩をそっと引き、カミーユは自分に寄りかからせた。

 うなじが触れたが、驚くほど身体が冷たい。


「ジャックさん、一口ずつだそうです。必要ならスプーンもあります」

「大丈夫っす」


 カミーユは瓶の蓋を開けると、ジャックの口もとに近づけた。


「もう少し寄りかかって大丈夫。あごは引くようにして……」 


 その様子を見ていた医術師は、鞄からさらに数本の瓶を取り出した。その場で量り、分析アナライズを掛けながら、薬を調合している。

 そしてまた、手の中に握り込んだ。


 気づけばジャックの身体の震えが止まっている。

 顔を覗くと、頬に赤味が戻ったようだ。


「この薬、効くんですねえ……」


 瓶半分でこの効果とは、やはり光魔法のせいだろうか。


「っす。だいぶ暖かくなったっす」

「ジャック、魔力が戻ってきたら、無理をしない程度に身体強化をしながら体中に魔力を巡らせろ。それで凍りかけた魔力も流れる」

「うっす」


 医術師が小さなカップをギルドの者に渡した。


「ジーンとバートには、まずこれを大匙に一杯。飲み込ませる必要はない。身体を起こし、口に入れるだけだ。気が付いたら、ジャックと同じ薬をゆっくりと、一瓶ずつ。二人は念のため、今夜はギルドに宿泊。安静だ」


 医術師の周囲で人がバタバタと動き出した。


「ジャック、話が少しできそうか?」


 ジャックの様子が落ち着いたのを見て、プリムローズが話しかけた。


「はいっす。代理。だいぶいいっす」

「フロストモスキートだと聞いてるが、周囲にいたのは三人だけだったね?」

「そうっす。エターナルフロストタルトの依頼だったっす」


 ジャックがうなずいた。


「虫除けが納品されただろう? 使わなかったのかい?」

「う、そのう……」


 ジャックがチラチラとカミーユを見た。


「その、いつもより効きが、その……」

「効かなかったのかい?」


 カミーユは息が止まりそうになった。


「っ! 効かなかった? どうしてっ⁉ 私、確かにレシピ通りに! そんなっ!」


 医術師が眉をひそめた。


「君が調香をした香水だったのか? 君は研修生だろう? 調香術師ギルドはこの地に学院生を送って来たのか……? 無責任にもほどがある」

「研修生ですけど、でも、私、確かにレシピ通りに調香しましたっ! 嘘じゃありませんっ! ほ、ほんとです。どうして効かなかったのっ……。ごめんなさいっ、ごめんなさい……」


 納品した虫除けの香水が効かず、ジャック達がフロストモスキートに襲われた。

 ジーンとバートは、まだ目を覚まさない。

 混乱したカミーユの目から涙がこぼれた。


 プリムローズが大丈夫というように、カミーユの肩を叩いた。


「フィン、君が今日戻ってくれていて助かったよ。カミーユは調香術師ギルドから派遣されたんじゃない。君の先生が紹介してくださったらしいよ。昨日から君の家の隣に住んでいる」


 カミーユとフィンと呼ばれた医術師が、同時に目を丸くした。


「お隣さん……?」

「テオドール先生が?」


 お互いに見つめ合う。

 フィンが、ため息を吐いた。


「ああ、たぶんだが、虫除けが効かなかった理由がわかった。カミーユといったか? 君の責任じゃない。……フィンだ。よろしく頼む」


 フィンが向こうから、握手の手を差しだした。

 カミーユは慌てて、その手を取った。


「まずは処置を終えてしまおう。話はその後だ。大丈夫。三人ともすぐに回復する」


 フィンの手は温かく、ぎゅっと握るその手は力強かった。

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