14 探索者ギルドからの依頼

 翌朝、カミーユはいつも通りの時間に目が覚めた。

 ローザハウスの一日は、日の出と共に始まっていた。

 調香術を始めてからリズムが崩れている後ろめたさがあるが、毎朝自然と同じ時間に目が覚める。


「静かだ」


 ローザハウスが少し恋しい。

 えいっと起き上がると、少し窓を開けた。

 そうすると、かすかだが波のさざめきが聞こえ、潮の香りも室内に入る。

 

「はー、すごい」


 水平を一本の真っ赤な線に染めて、黄色い太陽が昇ってくる。

 興味深くカミーユは見回した。

 早朝だが、すでに港を出入りする船があるようだ。

 

 二階からは、気になっている隣人宅の裏庭も見える。

 見える範囲に人影はない。

 昨夕もドアを叩いたが、帰宅はしていないようだった。


「よし。今日はまず依頼の香水を仕上げて、後で散歩に行こっかな。お隣さんも戻ったかも」


 そのまま部屋を出ようとして、くるりと身を翻した。

 忘れてはいけない。まずは身だしなみ。


 朝食は、昨夜届けられた箱に入っていたパンとフルーツだ。


 ⦅スープか卵も付けるのよ⦆


 脳裏にクローヴァーの声が響いた。

 カミーユは卵も取り出し、ストーブのスイッチを押し入れた。


 パンは胡桃入り。普通だ。卵も普通。

 これは美味しくないという意味じゃない。とても美味しい。卵の黄身はぷっくりと盛り上がって新鮮だし、胡桃入りパンは、風味も歯ごたえもいい。リピートするだろう。


 普通じゃないのはフルーツだ。

 小袋に入っているのは、透明な丸い氷にしか見えないが、これで果実だという。

 フロストベッリー。魔の森、いや宝の森産。

 もうすぐ花の季節になるとはいえ、まだ寒いのにベッリーがなるのもおかしいが、森はいろいろと無視するようだ。

 おかしくないかと聞いたら、そんなこと気にしても仕方ないっすよー。森っすから、という返事だった。

 

 周囲には誰もいない。

 遠慮なく小袋を持ち上げると、鼻を突っ込んだ。

 冷たい風にのって、甘酸っぱい香りがする。

 氷にしか見えないが、本当にベッリーらしい。


 初めて見た原料に、調香術師がやることは決まっている。


「ふふっ。分析アナライズ! …………えええーっ?」


 《分析》を掛けても、何も動きがない。

 いつもなら、香気成分の化学式が展開したり、香りの物語が記述されたりするのに。


分析アナライズ!」


 もう一度やっても同じだ。


「うっわ。マジで⁉」


 全くなにも情報がないのは初めてだ。


「んー? 《分析》は私の記憶やイメージに基づいてると思ってたけど、違うってこと?」


 考えてもわからない。


「さっすが魔の森産。難敵だわー。やりがいあるぅ」


 一粒を取って、指で押してみる。氷に見えるが、ぷにぷにと柔らかい。

 そのまま口に放り込んだ。


「ほっ。冷たい冷たい」


 キーンと冷えている。その分香りがわかりにくいが、後から甘酸っぱさがやってくる。

 しっかりとベッリーだった。

 


 今日まず一番目にやることは、探索者ギルド依頼の香水作りだ。

 工房へ入り、白衣を羽織る。


「さてと。ね」


 0.2 カモミール

 0.2 ミンツ

 0.2 ローザゲラニウム l

 0.2 ラヴァンダ l

 0.2 リモーナグラス


 ゲラニオールにシトロネラ、使われている花も虫よけで有名なものばかりだ。

 探索者ギルドからの急ぎの依頼というから何かと思ったら、どう見ても虫よけだ。

 まだ花の季節でもないのに。


「フロストベッリーみたいに、季節関係ないのかな?」


 まあ、汗臭いより、ハーバル&フローラルの方がいいに決まってる。

 材料もすべて揃っている。

 奉納香みたいに先代とカミーユの香料は違うが、問題はないだろう。

 ジャック達が、午前中に引き取りに来てくれる予定になっている。

 カミーユは早速作り始めた。



「カミーユさん、おはよっすー」

「「おはようございます!」」


 引き取りに来てくれたのはジャックだけではなかった。

 彼の楽しいお友達、ジーンとバートも一緒だ。

 昨夜いくらか話したせいか、今日は普通に挨拶できている。


「おはようございます。ありがとうございます。わざわざ」

「いや、こちらこそっすよー。助かるっす。在庫少なかったんで」


 カミーユが戸口まで頑張って運んだ木箱を、バートが軽々と持ち上げた。


「あ、あのベッリー美味しかったですよ。今朝食べてみました」

「冷蔵庫に入れてませんよね?」

「入れるなと言われましたから」


 ジーンの質問にカミーユが答えると、バートがコクコクとうなずいた。


「入れると冷たすぎて美味しくないんですよ」

「見た目は不思議でしたけど、味はベッリーでしたし、さっぱりとしていいですね」


 ジャックの顔が輝いた。


「でっしょー? 良かったっす。あれはそろそろ終わりっすからね。花の季節に入るともう見つかりにくくなるっす。なあ?」

「フロストベッリーに、シルバープリュムもか?」


 また新しい名前が出た。


「プリュムも今の時期にあるんですね……」

「あっ! シルバープリュムもおいしいっす! その近くに採集依頼が入ってるから、採ってくるっすよ」

「そうだな。旨いよな、あれ。ベッリーより食べ応えもある」

「ベッリーもプリュムも、エターナルフロストタルトの近くだもんな」


 気のいい三人組は、ニコニコと約束して立ち去った。



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