屋上の鬼同士
そうざ
A pair of Demons on the Roof
その日、急に午後の授業がなくなった。
担任教師はクラス全員を屋上に連れて行くと、自由に遊んで良いぞ、と言った。
今思うと、卒業を控えた六年生に一つでも多く思い出を作らせたいという計らいだったのかも知れない。
誰かが手繋ぎ鬼をやろうと言い出した。
普通の鬼ごっこと違うのは、鬼は捕まえた子を数珠繫ぎにして行く点。誰かを捕まえたらその子と手を繋ぎ、次に捕まえた子とまた手を繋ぎ、それを繰り返して行く。
じゃんけんぽん。
最終的に負けた子が鬼に決まった途端、クラスメートは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
小六にもなって鬼ごっこなんて――最初はそう思っていたのに、いざとなると必死な僕が居た。
程なく僕は鬼に捕まってしまった。
僕を捕まえたのが誰だったのかはまるで憶えていないけれど、鬼になった自分が次に誰を捕まえようと思ったのか――それははっきりと憶えている。チャンスを最大限に活かすのが僕の主義だ、と思ったかどうかまでは定かではない。
散り散りのクラスメートを見渡し、獲物を捜す。
ミッションは然り気なさを装い、面倒臭そうな顔をし、成り行きに任せているかのような素振りで、まるで偶々その子を捕まえたかのように遂行しなければならない。
獲物を確認、ロックオン。
僕は獲物の方へ走り出した。その他大勢には目もくれない。皆さっさと逃げるが良い。書き割りに過ぎない雑魚に何の用もない。
やがて僕は、逃げ惑う獲物を金網の隅にまで巧妙に追い込んだ。獲物と一緒に逃げていた数人の子が僕の脇を擦り抜けて行くが、眼中にない。
僕は、鬼の風上にも置けない鬼だった。
観念する獲物に軽く触れる。
肩にちょんと触れるのがやっとだった。
笑い顔で悔しそうにする獲物がそっと掌を差し出す。
ルールなんだから仕方がない、という態度で僕はその手に自分の手を重ねる。
獲物は特別な女の子だった。
鬼ごっこは続く。
逃げる側からすれば数珠繫ぎの形体は恐怖でしかないけれど、鬼側からすると実は厄介でもある。両端の足並みが揃わず、てんでばらばらに動こうとすると、数珠繫ぎが長く成れば成る程、それぞれの方向に身体を引っ張られ、腕が千切れるように痛い。
腕を引っ張られる度に、ぐっと力を籠めた掌が汗ばむ。それでも女の子は従順にルールを守ろうとする。決して手を離さない真面目さに僕も掌で応えた。
あっ――。
僕の片手が鬼の数珠繋ぎから
数珠繋ぎに戻ろうと、僕は女の子を連れて走った。
通り過ぎる他の子の声が耳を
「あの二人、手を繋いで逃げてる〜!」
単なる勘違いに過ぎない発言。
クラスメートが大勢居る中で、今現在、誰が鬼側になっているのかを正確に把握している子なんて居ない。
でも、僕はこの時の多幸感を一生忘れないだろう。
僕の恋に纏わる想い出は、この時に始まった気がしてならない。
屋上の鬼同士 そうざ @so-za
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