5-2「ラモール・リコリス」

 私の名前はラモール・リコリス。

魔女の国【ウィッカ】で産まれた。

祖母の代から魔女らしく、祖母はレッドスケアから命からがら亡命してきたという。

しかし今はウィッカで楽しく暮らし御年90歳となる。

実に幸せそうだ。

そんな祖母を見て育ったからこそ私には一つ、強い想いがあった。

それは恋愛への想い。

祖母ーー…名をハロス・リコリスという彼女はレッドスケアで産まれどうにかその魔力を隠し通して生きていた。

そんな彼女が何故亡命という命懸けの道を選んだのか。

それは恋慕に他ならない。

ハロスはある日レッドスケアの魔女狩りの男に恋に落ちた。

男は心優しく爽やかで実に気持ちのいい青年だった。

ハロスは彼に秘密を隠しているのがずっと心苦しかった。

そしてある日、ハロスは打ち明ける。

「私実は魔女なの」

彼は答えた。

「そうかもと思ってたよ」

バレていた。とは少し違う。

優しい彼だ。気を遣ったのかも知れない。

そしてハロスは一つだけ不安に思っていた事も思い切って口にした。

「私が魔女なら……私との想いが魔法でできたモノかもって………思ったりしないの?」

突き放されるよりも辛い事。

それはこの恋を嘘と言われる事。

だが彼は真っ直ぐな瞳で答える。

「僕は君が魔女でなくても恋に落ちたよ。だって君はこの世界の何よりも美しいから。」

百点満点の回答ではないか?とハロスは思った。

いや、思うよりも早く行動で示していた。

飛びつくように抱きつき、二人は草原に倒れ込んで笑顔で涙を流す。

不安なんぞ吹き飛ばしてしまう最高の一言をくれた。

なんと幸せな事か。

そして二人はレッドスケアを出て隣国のウィッカに亡命する事にしたのだ。

 凄く美しい、羨ましい程の恋模様だとラモールは思う。

そのあまりに美しい恋を私もしてみたい。

それがラモールの足を動かしてしまった。

 ずっと恋慕に憧れを持ち続けたラモールはある日、魔女の国ウィッカを飛び出した。

それも身一つ。

誰にも行く先を伝えずに。

初めて見るウィッカ以外の土地にラモールは歓喜した。

なんと美しいのか。なんと広い世界なのだろうか。

しかしノープランで旅に出たラモールには助けてくれる味方はいない。

そこでラモールは“悪魔”と契約する事にした。

“悪魔”とは、ウィッカやレッドスケアなどの国が存在するこの世界とは違う世界に住む謎の生物。

その別世界は端的に“魔界”と呼ばれ、特殊な魔法を使って干渉する事ができる。

その魔法は若い女性にしか使えず、魔女狩りの男達は“魔界”と干渉する事ができない。

つまり魔女にのみ“魔界”と繋がる事ができるのだ。

そしてそうして現実世界に呼び寄せた“悪魔”と契約を果たす事で魔女は“使い魔”を得る事ができる。

 ラモールも“魔界”と繋がる魔法は母から習っていた。

特段難しいものでもなく習ってしまえば基本的に魔女なら誰でも使える魔法。

しかし油断してはならない魔法でもあった。

この魔法には一つだけ“弱点”が存在し、その為ウィッカでも未熟な魔女には使用を禁じていた。

 しかし一人では野垂れ死んでしまうラモールは特に迷う事なく召喚魔法を使用する。

長々とした詠唱を一言も間違えずにツラツラと読み上げ、そして最後にこう唱える。

悪魔召喚魔法デビリオ」と。

そうして現れた悪魔とラモールは契約をした。

「素敵な恋をする為に私をバレずにレッドスケアに入れるようにしてほしい」

悪魔は了承し、ラモールは労せず魔女狩りの国、レッドスケアに入国する事ができた。

ラモールはきっと未来に希望を抱いた事だろう。

これから私は一体どんな恋をするのだろうか。

相手はカッコいいかな?優しい人かな?

もしかしたら面白い人かも。

まもなく会えるであろう運命の人に思いを馳せて、ラモールは歩を進めた。


 レッドスケアは噂よりもずっと美しい国だった。

13ヶ所のエリアに分かれ、それぞれが美しい街並みを誇っていた。

唯一エリア13のみ廃れていて、立ち入るのは危険だと察したが。

それでも残りの12ヶ所のエリアは実に美しく、ラモールの不安と警戒心はすぐに解けた。

しかしレッドスケアでは身寄りのないラモールだ。

どう生活しようか?そう思考を凝らしている時、一人の男性に出逢った。

男性の名はコンティネンス・コランバイン。

コンティネンスは優しく国を案内してくれた。

最初こそは裏があるのではと疑ってかかった。

しかしその警戒もコンティネンスの献身的な案内で解けるのに時間はかからなかった。

その優しさと献身的な姿。

そして秘密の多いラモールを受け入れてくれる寛容さにラモールの心は奪われた。

これこそが運命の出逢いなのかも知れない。

“赤い糸”という奴で結ばれているのだろう。

ラモールは心からそう思った。

だがラモールは世間知らず過ぎた。

知らなかったのだ。

この世に“悪魔”が存在しているように、悪魔のような人間もまた存在しているのだという事を。


 ラモールがコンティネンスと出逢ってから2年程の時間が流れた。

毎日がウィッカでは味わえない新鮮な事ばかり。

楽しいという感情を全力で感じる事ができた。

そんなラモールだったが最近少しだけ疑問を感じる事があった。

コンティネンスが家にいる時間が異様に減ったのだ。

元々コンティネンスは仕事が忙しいらしく家にいない事はしょっちゅう。

しかしここ数日は一日以上家を空ける事が多く、流石にラモールも疑問を感じざるを得なかった。

そして問題が起きたのはーーー……いや、問題がラモールに認識されたのは・・・・・・・そこから数日の事。

 ある日ラモールは家を出て仕事に行くコンティネンスの後を追う事にした。

元来魔女としての教育をいくつも施されたラモールはもう訓練から2年近く離れているがそれでも一般人を尾行する程度なんのそのだった。

コンティネンスはキョロキョロと辺りを見渡しながらどんどん人気の少ない路地へと入っていく。

その異様さから言い知れぬ不安がラモールを包んでいく。

ふと、行き止まりの路地裏でコンティネンスは足を止めた。

誰かーーー……いや何か・・を待っているようでコンティネンスは挙動不審にキョロキョロと辺りを確認する。

すると何かに気づいたコンティネンスが苛立ちを覚えながら声を出した。

「お…遅いぞ!俺ぁひ…暇じゃねぇんだ!」

普段のコンティネンスからは想像もつかない、冷静さも柔和な雰囲気もなくなった。そんな姿。

ラモールは相手をよく見る為目線を凝らした。

すると視界に映ったのは予想外の再会だった。

「……“悪魔”!?」

そう。コンティネンスが路地裏で待っていたのは2年程前ラモールが契約した“悪魔”だったのだ。

契約は履行し終えた筈。

しかし同じ個体が存在しない“悪魔”において見間違える訳もない。

ラモールは思考が追いつかなかった。

それもその筈。ラモールは知らなかったのだ。

“悪魔”との契約における唯一の“弱点”を。

「ギャギャッ!もう大体2年くらい……どうだ?頃合いじゃねぇか!?」

“悪魔”の言葉に合わせるようにコンティネンスの顔が酷く淀む・・

「だな……へっ…!そろそろあいつにも飽きたとこだしなぁ……魔女狩りに情報売っちまうか……!」

そこにはラモールがよく知る紳士なコンティネンスの姿はなく、醜く笑う……そうまるで目前で不気味に空を飛ぶ“悪魔”のような人間が立っていた。

「あの世間知らずの魔女モドキは知らなかったようだしな……“悪魔”とはきっちり契約の終了を明確にしねぇとこっちの世界で“悪魔”が自由になっちまう事を……!」

悪魔召喚魔法の唯一の弱点。

ラモールは契約履行し終えた後の事は一言も口にしていない。

それによってまさか“悪魔”に自由が与えられるとは。

「へへっ!まさか“悪魔”の方から話を持ち出して来るとは思わなかったがな…!」

コンティネンスは不気味に嗤う。

「「言う通りに優しく接すればいい女が手に入って飽きたら金も手に入る」だなんて最高すぎる話だぜ!お陰でこの2年は最高だったぜ!」

もう聞きたくない。見たくない。

しかしこれが真の現実。

世間知らずな無知が招いた現実。

絶望で一歩下がったラモールの足で捨てられていた空き缶が倒れて音が鳴る。

「誰だ!?」

素早く反応するコンティネンス。

だがラモールはすぐに走り出した。

どうにも視界がブレるがそれでも捕まるよりはマシだ。走れない訳じゃない。

「クソっ!誰かに聞かれちゃ困るんだよ!」

話を聞かれた事にコンティネンスは頭を搔きむしって苛立ちを表す。

「もういい!バラしてやる!バラしてやるよ!」

文脈のない発言でコンティネンスと走り出した。

元々無かった形に大きな亀裂を残して。

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WITCH THE GATHERING アチャレッド @AchaRed

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