4話 プロデュース会議

 俺が、西奉行所アイドル事務所のプロデューサーになって数日が経った。


 今日は会議があるとの事で、アイドル事務所の主要メンバーの4人で集まり、会議用モニターの前に座っている。


「プロデュースをするナユタ君にも、一度見て貰った方が良いと思って集まってもらったわ。

 これから再生するのは、シノブの直近の腰痛部よーつーぶ(※動画配信サイト)の動画よ」


 と黒タイツ所長の万錠ウメコは言い、動画を再生する。


――――――


 アイドル衣装の月影シノブが、どこかのコンビニの前で、話し始める。


 彼女の動きは固く、まるでカラクリのようだ。


「みなさん!こんばんニン!月影シノブのニンニンチャンネルだニン! 私…… じゃ無かった……拙者の今日の任務は! えーー なんでしたっけ? ああ!……今日は『コンビニ強盗さんを捕縛してみた』です! ウェーーイ!! デュン」


――――――



 俺は動画を一時停止し、隣に居る実物の月影シノブに聞く。


「最後の『デュン』ってなんだ?」


 月影シノブは真剣な顔で説明する。


「エラー音です… 」


「エラー音? どういう事だ?」


「配信前に、セリフとか、台本とか、ニンニン口調とかを、頭の中にセーブするじゃ無いですか? それをロードしながら話してると頭がこんがらがってしまい… 『 デュン』ってエラー音っぽい声が出てしまいました」


「大昔のパソコンみたいだな」


「特に今回は『ウェーイ』のえも言われぬ陽キャっぽさに拒絶反応が出てしまい、それがエラーに繋がったと思います」


「それなら『ウェーイ』は辞めた方が良いんじゃないのか?」


 ここで痴女巫女服の黄泉川タマキが話す。


「シノブちゃんが初体験の時は、もっと乱れて凄かったんですよ?」


「月影シノブの『初配信』の事だな? どう凄かったんだ?」


「配信開始の挨拶の『月影シノブのニンニンチャンネルだニン!』の部分で、『ニンニンニンニンニンニンニンニンニンニン…』という感じで2分ぐらいニンニンしちゃったんです」


 いくらなんでも2分は長すぎる。完全な放送事故だ。おそらく視聴者は、ニンニンし過ぎるシノブの様子に恐怖を感じた筈だ。


 月影シノブは薄紫のセミロングをいじりながら恥ずかしそうに言う。


「緊張しちゃうんですよね……。物凄く」


 緊張でそうはならないだろう。

と俺が思ったところで、所長の万錠ウメコが口を開く。今日の黒タイツは60デニールだ。


「この段階で、なんとなく感想が予想できるけれど、一応、最後まで見て? 今まで無かった男性視点の意見が欲しいから」


 そう言って万錠ウメコは、「月影シノブのニンニンチャンネル」を再び再生する。



――――――


 シーンは飛んで、場所はコンビニの店内だ。


 強盗が店員に拳銃を突きつけている。

 怯える店員。


 すぐに無言の月影シノブが、コンビニに走り込んでくる。


 月影シノブの突然の侵入にビビる強盗。


「げ!アイドルが来やがった!!」

「やべーぞ!クソが!」


 強盗は2人だ。


 月影シノブは、強盗の拳銃に臆する事なく、無言のまま、後ろ回し蹴りで強盗の頭部を捉える。


 きりもみに吹っ飛ぶ強盗。


 彼女はすぐに、無言で電脳苦無サイバークナイを構え、二人目の強盗に向き合う。


「く、くそ!近寄るな!!」


と言いながら、二人目の強盗が3回発砲する。


月影シノブは、歩いて近付きながら電脳苦無サイバークナイを使い、全ての弾丸を無言で弾く。


 人間離れした月影シノブの戦闘力に、拳銃を構えたまま戦意喪失する強盗。


 その隙を逃さず月影シノブは、無言のまま飛び膝蹴りで強盗を昏倒させる。

 

 カメラは「引き」になり、無言で電脳苦無サイバークナイを持った月影シノブと、倒れた強盗二人を映す。


 ここで唐突にシーンが切り替わり、月影シノブが無言で強盗に手錠をかけるシーンが大写しになる。


 助かった店員は、なぜか静かにそれを見ている。


 そして、画面一杯にテロップが出る。


【犯罪ダメ絶対! by西奉行所 アイドル事務所】


 動画は終わる。


――――――



「なんだこれ!!」


 と思わず突っ込む俺。


 キョトンとした顔の月影シノブが答える。


「角ゴシックじゃなく明朝体にした方が良かったですか?」


「テロップのフォントの事じゃない。

君はアイドルなんだろ? 

配信終了の挨拶とか無いのか?」


「『こうしてオオエドシティーの平和は保たれた。』……とかですかね?」


「なぜ急にナレーションが入るんだ。

それと、そのオッサン声どっから出した」


 巨乳がこぼれそうな巫女服の、黄泉川タマキが言う。


「視聴者のみなさんのコメントは――

『オープニング以降、急に喋らなくなるのが怖い』

『黙々と強盗をブチのめすのが怖い』

『何か喋ろうよ。普通に怖い』

『独特の怖さが癖になる』

――という感じですね」


「つまり、リスナーの感想を一言で表すなら『怖い』だな。

アイドルの配信の感想とは思えないな」


 月影シノブが、すがるような表情で言う。


「で、でも!!

『癖になる』って言ってる人もいるじゃないですか!!」


「そういう訓練されたファンは選ばれた人種だ。

 極一部の限られた精鋭だ」


 ここで俺は、黒タイツの美脚を組みながら黙っている万錠ウメコのほうを見る。

 

 彼女は肩をすくめながら言う。


「あなたの言いたい事は、大体、分かるけれど…私もタマキさんも、アイドルの事がよく分からないのよ」


「ここはアイドル事務所だろ?」


「数日働いて、あなたもそろそろ気付いたかもしれないけれど、この事務所の本来の役割は、番所なのよ」


「番所?」


「ええ。番所よ。

犯罪者の捕縛が主な仕事ね。

他国で言うなら『交番』に相当する施設かしら」


「じゃあ、何故アイドル事務所なんだ?」


「それについては、長くなるから今度教えてあげるわ。

ともかく、私達はよく分からないのよ……

アイドルのプロデュースの仕方が……」


 月影シノブが言う。


「そもそも最後のテロップを考えたのは、お姉ちゃ……じゃなく……所長ですもんね?」


 俺は、『万錠ウメコが諸悪の根源だったのか』と思ったが、上司なので言わずにおいた。


 それでも、少し気まずかったのか、万錠ウメコは話題を変える。


「でも、どこか良い部分はあるでしょ?

いや……無いわね」


「質問した所長が、秒で否定しないで下さい!

 余計に悲しくなります!」


 と月影シノブが泣きそうな表情で突っ込んでる間に俺は考えて、彼女に言う。


「挨拶は、まだマシだった気がする」


 表情を一転させ自信満々のポーズで、月影シノブは言う。


「挨拶は全ての基本ですからね!」


「ああ。

 それと……強いんだな」


「戦闘の事ですか?」


「ああ。正直驚いた。

 君の戦闘を見るのは初めてだったからな。

軍人でもおかしくないレベルだ」


「褒めて頂き嬉しいです!

でも、アイドルとしてはクソ雑魚ですよ?」


「マジで?クソ雑魚なの?」


「ええ。マジです。

トップアイドルともなると……拳でコンクリートを砕き、ワザで電柱を薙倒すぐらい強いです。」


「マジで!?」


「ええ。マジですってば。

可愛くて強くて楽しいのがオオエドシティーのアイドルですから」


 俺が知らない間にアイドルってそんな事になってたのか?『最早、兵器だな』と俺は思った。


 黄泉川タマキが俺に聞く。


「ちなみに、ナユタさんがお好きなアイドルはいらっしゃいますか?」


「私、知ってます!

プロデューサーさんが好きなのは、二次元アイドルですよね?」


 と何故か月影シノブが答える。


「どうして、月影シノブが知ってるんだ?」


「だって、デスクの引き出しの中にアクキーを入れてたじゃないですか?

萌な感じのツインテールのニーソのやつ」


 その話に万錠ウメコが加わる。


「ああ。それなら私も見たわ。

萌な感じのツインテールのニーソのやつね」


 なんでこいつら姉妹揃って引き出しを勝手に見るんだ。「御前たん」は俺の大事な心の支えなんだぞ。


 そう思った俺は、ぶっきらぼうに答える。


「その子は、俺の最推しのヒストリー系AI 腰痛婆よーつーばー『静かなる御前たん』だ」


 万錠ウメコが俺に聞く。


「それは、どんなアイドルなの?」


「楽しくて教養になって可愛い、最高のアイドルだ」

 

 月影シノブが嬉しそうに言う。


「それなら、私と同じ方向性ですね!!!」


 『そうか?』と俺が思っていると、万錠ウメコは俺を見て嬉しそうに言う。


「ナユタ君がアイドルにも詳しいなんて、嬉しい誤算だわ。

やはり、あなたを雇って正解だったわね。

 シノブのアイドルとしての方向性の見直しと、動画とホログラムの作成と、あと、衣装のリニューアルとか!

色々お願い出来ることがありそうね!!」

 

 黄泉川タマキが、なぜかそれに続く。


「私は、そうですね……

他奉行所との交渉をお願いしたいです」


 ついでに月影シノブまでもが、それに続く。


「学攻が終わってからの送迎もお願いします!

走って事務所まで来ると髪がグチャグチャになるので!」


 やばい、仕事が増える。俺は抵抗をする。


「俺はただの二次元アイドルヲタだぞ?

元々軍人だし、今は目の前の仕事で手一杯だし…」


「でも、私達の中で1番詳しいじゃない?」


「そうか?」


 と頭を掻きながら訝しむ俺に対して、


「そうですね」


 と黄泉川タマキ、


「そうよ」


 と万錠ウメコ、


「そうですよ!」


 と月影シノブが言う。


 そして美女×2と美少女×1は、期待に満ちた顔で俺を見る。


この状況で断れる男は居るだろうか?

おそらく大多数の男が二つ返事でオッケーしてしまうだろう。


 だから俺は諦めて言う。


「分かった。やるよ。

でも、その分の給料は貰えるんだろうな?」


 万錠ウメコは腕組みをし、微笑みながら答える。


「今後の実績次第ね」


 出たなブラック女神笑顔。

これは高確率でうやむやになるパターンだ。


 そして、月影シノブは満面の笑みで言う。得意のウィンクをしながらだ。


「私が、最高のアイドルになるためのプロデュース!

あらためてよろしくお願いしますね?

ナユタ・・・ プロデューサーさん☆」


 その時の月影シノブのアイドル然とした笑顔に、不覚ながら俺は、多少なりともドキッとしてしまった。


なぜなら、なんだかんだ言って月影シノブは、かなりの美少女だからだ。


 しかし幸いなことに、すぐに俺は冷静になれた。


なぜなら“所長様”が、その斜め後ろでしたり・・・顔で腕を組んで笑っていたからだ。


 だから俺は思った。


 この“所長”と“アイドル”の姉妹……二人揃うとワンチャン、かなりの曲者だぞ?……と。

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