Chase the Swordman!

 灯台の光が、夜の海にスポットを当てていた。

 暗い大海と同化するかのような埠頭には、すでに連盟支部の職員たちが集まっていた。

 彼らは、大小さまざまな船舶を、端から順にあらためていた。

 目的はもちろん、敷善切定が潜伏していないか、調査するためだった。

 身をひそめるのに適した船は、いくつかあった。

 深夜に漁業に発ち、帰りはそのまま本土に向かって海鮮品を卸す漁船。あるいは、遊郭の観光業のひとつである巨大な遊覧船などは、毎晩のように出航し、近海をぐるりとまわってから、本土である十番街の港に着くという。

 それらすべてを調べるわけだから、この夜に突然駆り出された支部の職員だけでは、調査はなかなか終わらなかった。


「朝までかかるかもやねぇ、これは」


 遊女のマスクから自分のものに戻したユンファが、はらはらした声で言った。


「でも、どうなんやろ。このなかにおるんやろかぁ、敷善切定は」

「いないんじゃないか?」


 と、シンは率直な意見を述べた。


「えぇっ」

「こんな、後から連盟が追いついて調べられるような場所には逃げこまないだろう。場所が違うか、もしくは時間が違うかだ」


 そろそろシルヴィが戻ってくるころだ。

 この埠頭に着いてすぐに、シルヴィは船舶管理人のもとへと向かっていた。そこで、聞かなければならないことがあったからだ。


「チューミー、ユンファさん」


 シルヴィが駆けてきた。この油断すれば海に足を踏み入れてしまいかねない暗闇において、彼女の長い銀髪は激しく自己主張して、目立っていた。


「どうだった」

「スケジュール表をもらってきたわ。ユンファさんが襲われた時間から今までで、三隻の船が出航している。そのうちふたつは、遊郭にUターンするみたいで、本土には向かわないわ」

「残るひとつは?」

「それがビンゴよ。十番街の南に向かう、エネルギー運搬の定期便みたい。ほとんど入れ違いで出て行ったわ」


 もうすでに出航しているらしい。この埠頭から本土までは、島をぐるりと迂回して進む必要はあるが、それでも直線距離はたかが知れている。


「追いつく手段はあるのか?」

「こっちよ」


 シルヴィは、いくつかの小型船が停めてある並びに向かった。

 そこにはかわったかたちの船――水上ジェットスキーが停まっていた。遊覧船と同じく、観光業として客を乗せるためのレジャー機のようだった。


「鍵は?」

「もうもらったわ」

「……操縦は?」

「昔、父に習ったの。種別とサイズは違うけれど、まあ問題ないでしょう」


 シルヴィはさっそく乗りこむと、鍵を挿しこんで、エンジンを入れた。しかたなく、シンは後部座席に座った。


「ちょ、シルヴィちゃん? どうするん⁉」


 あっけに取られていたユンファが、ようやく口を開いた。


「すでにここを発った船を追います。ただし、船に連絡は入れなくてだいじょうぶです。もしも当てがはずれていたらそれまでですし、もしも当たっていれば、捜索する船員の方々が危ないだけですから」

「わかっているだろうが、もしも敷善切定がここでみつかったときには、そちらが対処を頼む」


 時間が惜しくて、シルヴィはユンファの返事を待たずにアクセルを入れた。大きく水しぶきが飛んで、ユンファのひぇぇという悲鳴を置いてけぼりにして、発進した。

 ジェットスキーはすぐさま最高速に達して、黒い水面を駆けていった。


「チューミー、ちゃんと捕まって!」

「う。これよりもか?」

「もっと強く! それとも、海に落ちたいの? 死ぬほど冷たいわよ!」


 シルヴィの大声は、それでも波と風とエンジンの音にかき消されそうだった。背に腹は代えられなくて、シンはとまどいながらも、相手の腰に回す腕の力を強めた。

 奥底にあるしっかりとした腹筋と、その上にある、厚い衣類越しにもわかる、やわらかな肌を意識すると、かなり変な気分になってきて、仕事ちゅうにもかかわらず、集中力が薄れていった。





 敷善切定は、揺れる室内で横になりながら、刀の鍔に触れていた。周囲で持続する機械音のなかに、ちゃりちゃりとした金属音が、わずかに混じる。

 切定という男は、みずからよく自覚するように、縛られることが嫌いだった。

 それは人間関係というしがらみという意味でも、だれかの支配下にいなければならないという意味でも、、つねにそうだった。

 にもかかわらず、こういう状況にでもならなければ、生まれ育った島から出ようとしなかったことは、自分でもふしぎだった。

 この和風建築の舞台は、偉大都市が建立する以前より存在しており、塵工的な手段と、工業的な手段の両方をもって、本来のサイズよりも大きく膨らんだ人工島だ。

 そう――巨大ではある。だが、それでも本土とは比較にならないのはたしかであり、狭い箱庭であるはずだといえた。


「好きだった……か」


 消去法で考えるなら、理由はそれしかなかった。

 だれのことも愛さぬ。それは縛りを忌み嫌う切定が、意識しないままにさだめた、彼の人生の方針だった。それは、たしかに守れてこられただろう。

 だが、この手に掴めぬ実体は、地は、どうやらべつだったようだ。

 善人も悪人も区別せず、衝動のままに幾人も斬ってきた。この手で食った餅の数が見当もつかぬのと同じほどに、俺は自分の作った死体の量もわからぬというのに……


 いずれにせよ、いかなる感傷も自分には無縁であるべきだった。

 その証拠に、気の抜けたあくびを、ひとつ吐いた。

 侵入は思いのほか簡単で、場合によっては、舵手以外の船員は斬り捨てるつもりだったが、その必要もなかった。物資運搬に使う大型船は広く、入りこみさえすれば、あとは物置きで悠然と過ごすことができた。


 船を降りたあとのことは、まだ考えていなかった。

 荷物はほとんどない。着の身着のまま、あとは刀とインジェクター装置だけ。噂を聞くに、遊郭以上に治安が荒れているという十八番街にでも向かって、適当なごろつきを殺して、物と住処を奪う。

 そうしながら適当に暮らして、連盟の追手がまだあきらめていないとわかったら、地下でも偉大都市の外でも、どこへでもいけばいい。

 もとより青写真を持ったことなど、人生でいちどもなかったから、楽観していた。


 ふいに、船が静止した。

 優れた嗅覚を持つ人斬り浪人は、そのとき、違和感を覚えた。

 船が着くには、まだほんの少しはやい。うまく波にでも乗れたか。

 いや、今夜の波はごく安定していた。出航後にはなにかの機材トラブルで停止していたくらいだから、予定よりもはやく着くことはなさそうだ。


 だとすれば――。

 この天井の先にあるはずの看板を見上げて、切定はニィと笑った。ほんのかすかな、異変のかおり。イレギュラーの発生を、感じ取る。

 ――おもしろい。もしもそうだとすれば、なかなかやるじゃねぇか。

 いざ状況が転がったならば、こんなところでおとなしく待つことは、彼の好みではなかった。切定は刀を持つと、愛用の面を着用し、部屋を出た。


 背後の遊郭から伸びる最後の縛り。断ち切る必要があるというのなら――嗚呼、ことわる由など、塵芥のひとつまみほどもなかった。

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