第25話 太陽の入れ墨

「やっぱりゲームの世界だわ……」

 わたしはその日の午後、チーム戦の最中にそう呟いていた。

 目の前に現われた魔物――その姿の前に大きく文字が浮かび上がっている。


『レアレイドボス・レベル1登場!』


 これは間違いなく、前世で見た光景。ゲームの中でチーム戦をやっていると、レイドボスと名称のついた魔物が出てくるわけだけど、時々、レアな魔物が出てくる。それを倒すと、凄まじいポイントや経験値が入るのだけど。

 まさか、この世界でも出てくるとは思わなかった。どういう頻度で出てくるんだろう、これ。


 目の前に登場した魔物は、今まで出てきた弱めのものとは違って、もう見た目からヤバい。巨大な真っ黒な体躯から、炎のオーラみたいなのが吹き出していて、禍々しい感じの翼をはためかせている。それに、尻尾が蛇みたいな形をしていて、うねうねと動いているのが気持ち悪い。

「これ、ドラゴンかしら……」

 わたしの隣で、アリシアが首を傾げている。黒い魔物の頭上には、とんでもない数値のHPが表示されている。ただ、魔物の種族名は表示されていないから、ドラゴンかなあ、と思うしかないけれど。

 それはさておき、これは――無理かなあ、と思いながら頷く。

「きっとそうですよねー。これって、チームメンバーが多い方が有利だと思うんですけど……」

「まあ、わたしたち三人でも、削れるだけ削ればポイント入るんじゃないかしらぁ」

 のほほんとした口調でミランダが言うと、アリシアが苦笑した。

「そうね。とりあえず、やってみましょうか」

「では」

 わたしは傍らに置いていた小さな包みから、キャラメルナッツマフィンを取り出した。「魔力底上げのドーピングをしましょう」

「全くもう、ディアナって……」

 アリシアが苦笑の色を強めたが、すぐに個別包装されたマフィンを受け取って、優雅な物腰でかぷり、と噛みついた。ミランダもそれに倣い、女の子らしい手つきでマフィンを両手で持ち、ぱくりと一口。

 うん、わたしも彼女たちの食べ方を見習おう。いつも、何も気にせずもぐもぐ食べてたけど、おそらくそれは女らしさが足りてない。千里の道も一歩から。見た目は美少女のわたし、頑張ればもっと上を目指せるはずだ。


 なんて変なことを考えながら、それぞれマフィンを食べ終えて攻撃を開始させた。


 その結果。


「いけたわぁ」

 ぐったりとした様子のミランダが、その場に座り込んで大きく息を吐く。アリシアも乱れた髪の毛をそっと手で押えながら、さすがに疲れたように肩で息をしている。

 でも、何とかレアレイドボスとやらを倒したわたしたちは、それぞれとんでもないポイントをゲットしたので大満足である。

 お互い、顔を見合わせてそれぞれ笑っていると、気が付いたらわたしたちのチーム戦を見守っていた生徒たちから拍手が上がっていた。

「何、さっきの」

「すげえな」

「あれ、俺たちもそのうち出るのかな」

 生徒たちの騒めきの合間に、そんな言葉が聞こえてくる。そして、注目を浴びてしまって身の置き所のない感じになってしまったわたしたちに、声をかけてきた人がいた。

「ディアナ嬢、お疲れ様」

 そう控えめに微笑んできたのは、ウォルター様。今日もわたしの推しは爽やかオーラをまき散らしている。

「あ、ありがとうございますぅぅ」

 何となく恥ずかしくてアリシアの背後に逃げ込んだわたしに、彼は素直な賛辞を投げてくる。

「君たち凄いね。チームワークもいいし、それぞれの動きが全く無駄がない。いいチームだと思うよ」

「うう」

 わたしがさらに身を小さくしていると、アリシアが呆れたようにわたしを振り返った後、ウォルター様に向き直って軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。まぐれに近い勝利かもしれませんが、運も実力のうちと言いますから」

「まぐれかな」

 ウォルター様はそこで僅かに声を潜めて、わたしに視線を向けた。「もしも気が向いたら、僕を君たちのチームに入れて欲しいね。それなりに役に立てると思うし、一緒に戦いたいな」

「気が」

 向いたら?

 わたしがアリシアの背中にしがみついて硬直していると、それを感じたアリシアが困ったように肩を竦めた。

「考えておきますが、あまり期待なさらないでくださいませ」


 このやりとりを背後で見守っていたウォルター様の友人たちは、慰めるように彼の肩をぽんぽんと叩いている。その後で、彼らも自分のチーム戦に挑むためにわたしたちから離れていった。

 残されたわたしはと言えば、ちょっとだけ奇妙な空気が残されてアリシアの背中にしがみついたままである。

 視界の隅で、ミランダがにやにやと意味深に笑っているのがさらに居心地が悪い。

 低く唸りつつ、何とか話をそらそうと考えていた時だ。


「怪我はないか、ミラ」

 今度は見覚えのない男性が少し離れたところから声をかけてきた。

 ミランダとよく似た栗色の髪の毛、痩せ型の長身の青年。日焼けとは無縁といった感じの真っ白な肌は、少しだけ不健康に見える。二学年上の生徒であることを示すバッジと、ミランダに対して親しみのある口調で話しかけているということは――。

「従兄弟のカーティス・レッドウッドよ」

 ミランダはゆっくりと立ち上がり、カーティスという名の彼の前に立って紹介してくれた。お兄さんかと思ったら従兄弟か、と思いつつわたしはアリシアの背後から出て頭を下げる。

「ディアナ・クレーデルと申します」

「カーティス・レッドウッドだ。よろしく」

 彼は礼儀正しい口調でそう言って、にこりと微笑む。それから、アリシアとは顔見知りのようで気安い挨拶を続けた。その上で、彼はまた心配そうに眉根を寄せてわたしたちの顔を見回した。

「さっきのは滅多に出ない敵だ。無茶をすれば怪我をするし、治療が遅れたら傷が残る。女性なら怪我はしないように注意すべきだし、本当ならメンバーに男性がいた方がいいんだが、それが無理なら……魔法薬が必要なら言ってくれ。用意しよう」

「相変わらずねぇ、その心配性」

 ミランダが揶揄うように言うと、カーティス様は苦々し気に表情を引き締めた。

「当然だろう。お前がお気楽すぎるんだ」

「解ったわよー」

 はいはい、と両手を上げてひらひらと振ったミランダをしばらく見つめていたカーティス様は、深いため息をこぼしながら制服のポケットからいくつかの小瓶を取り出して彼女に押し付ける。そして、その小瓶には教会のマークが入っているのが見て取れた。

「ありがと、カート」

 ミランダがそう返すと、カーティス様は微かに頷いて見せた。そして、わたしたちにも軽く頭を下げてからその場を離れた。

 遠ざかる彼の背中を見送りながら、わたしはちょっとだけ気になったことを訊いてみた。

「あの、ミランダ。彼の左手首のアレ、入れ墨か何かですか?」

「え? ああ」

 わたしのその問いに、ミランダは小首を傾げた。「わたしも解らないのよね。入れ墨だと思うけど、ちゃんと聞いてないの」


 さっき、彼がミランダと会話している時にちらりと見えたのだけど。

 カーティス様は痩せているせいか、シャツの手首の辺りもだぶついていた。だから、左手首の内側に入れ墨のようなものがはっきりと見えたのだ。太陽のマークのような、それほど大きくはないものだったのだけれど、何故か妙に目についた。

 気のせいだとは思うのだけれど、何だか変な魔力を放っているような気がして。


「間違いなく、昔はなかったのよ。でも、気が付いたらあったから……まあ、何か思うところがあって入れたのかもね」

「思うところ」

「カート……カーティスって、昔、死にかけたというか……病気で余命宣告されたのよ」

「余命宣告」

 わたしは驚いてそうオウム返ししたけれど、なるほど、とも心のどこかで思っていた。病弱だから色白なのか、なんて考えたからだ。

「でも、乗り越えたんでしょう?」

 そこで、アリシアが会話に加わった。「今は健康なのよね?」

「そうね。奇跡の生還ってやつかしら」

 ミランダが笑顔で頷いて続ける。「まだ身体は弱いらしいけど、もう命の危険はないみたい。カーティスは神様に守ってもらったから、休日に教会で働くことで恩返しをするんだって言ってるわ。陽の当るところを歩くんだって言って、世の中のためになるために正しいことをやるんだって。でも、よくやるわよね、本当。学園での勉強も忙しいのに、毎週のように教会通いだもの」

「教会」

 わたしがそう返すと、彼女は手に持っている小瓶をわたしに見せてきた。

「これ、教会に無料で提供している彼の魔法薬のはずよ。彼、治療薬や治療魔法に関しては凄いから。この薬、効き目すっごいの。怪我や病気、よっぽど酷くなければ一瞬で治るのよ。ほら、教会に助けを求めに来る人たちって、貴族だけじゃなくて平民も多いでしょ? あまりお金を払えない人もいるんだけど、そういう人たちにも治療薬を回して欲しいって提供しているみたいで」

「凄い、ですねえ」

 聖人か。

 ボランティア精神ってやつだろうか。

 陽の当るところ、正しい道を歩きたいから太陽のマークの入れ墨を入れたのかな?


 それはともかく、立派な人なんだなあ、とわたしが純粋に感心していると、ミランダは僅かに困ったように肩を竦めて見せる。

「そんなことばかりやってるから、カートも婚約者を作る暇もなくて。誰か良い人いないかって周りが騒いでるの。どうかしらディアナ、あなたは婚約者がいないわけだし」

「あ、間に合ってます」

 瞬時にそう応えたものの、ミランダが「そんなわけないじゃない」と目を細めて返してきた。

 はい、その通りですが何か?

 とりあえず、うふふ、と笑って誤魔化しておいた。

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