18節 四種のサンド

 騒がしくも静かでもない、雰囲気の良いパン屋に異様な空気の席が一つある。


「リョウには妹がいたのですか? 少し意外ですね。こう、なんというか、生まれてこの方一人ものみたいな印象があるので」

 三人分のサンドイッチを運んできたルナは呟きながら、僕の対面の席に座った。

『でもお前はこの娘を知らないし、面識もないのだろう』

「そう、さっぱりわからない。で…… あとルナ、なんか引っ掛かるよその言い方」

「ま、おにいちゃんじゃわからないよね! アタシのこと」 


 そう、本当にわからない、この派手な服装の少女が、そして何故か僕をお兄ちゃんと呼ぶのも。

「引っかかる言い方をしたつもりはありません。…… 私と…… 同じという意味です」

「あっ、そ…… そうなの、ごめん。…… あの君はだ、誰、かな?」

「あっ!アタシのこと? えっーとね……この体の名前はハナ、月森ハナだね! 」

 

 …… ん? 体? どこかで聞いたことあるような…… やっぱり魔族なのでは? あっ、ゼウルの妹とか。

『バカっ!そんなわけがあるか。我に妹はいない………… 一応、兄と姉はいるが』

 えっ? ゼウルに家族が…… ていうか魔族にそういうのはあるの?

『同族の個体というだけだ。お前達のように貧弱ではないから、群れる必要性はないのだ。だいたい…… 魔族であれば、我にわからないはずがないだろう!』

「そうそう、悪魔さんの言うとおり! 悪魔? 魔族? そんなじゃないよ! アタシはね妖刀なの」


 妖刀って高水さんが言ってたやつ? でも目の前にいるのは妖刀っていうか妖女なんだけど、人間なの? 刀じゃないの、性別とかあるの?

「ま、まぁ…… 偶然にも三つあるから一つ、食べる? なんで三人分? 」

「リョウとゼウルさんの分と思って用意しましたが」

 リョウは一つの皿に乗ったベーコンとレタス、トマトの通称BLTサンドを妖刀少女に差し出した。

「そういうことね、良いやつだねルナは」

「本当にー!? それじゃあ、遠慮なくいっただきまーす!」


 紫とピンクのツインテールの少女は、サンドイッチを頬張った、初めて食べるように。

「うっわ、何これー! 最っ高、やっぱ食すなら良い香のものに限るね」

『お、おい、それは我のものではないか! この道具風情め…… 許さぬぞっ、返せ』

 まぁ、僕のやつあるから大丈夫だよ。だって、ほら体は一緒でしょ。

『む…… まぁ、そうなのだが…… 気に食わぬな。あの下級魔族の首を落としたのも、こいつなのではないか? 」

「魔族の首…… ?あ、あの異次元の遊園地にいたやつ? それねっ、あれアタシ…… でもさーほんとはやりたくなかったんだよ。いや真面で」


 廃遊園地でみた、消滅しない魔族の死体はこの娘の仕業らしい。どうもそんなふうには見えない、おかしな格好だけど人間の少女にしか見えない。

「で、君のことはなんて呼べば良いかな? 月森ハナでいいの…… かな? 」

「体はそうなんだけど…… アタシは妖刀だからね。銘は桃森紫月なんだけどさ…… 可愛くないよねー、いい名前ないおにいちゃん? 」


 名前……?そんなのどうすれば…… ?桃、しん、しげつ? 難しいね、なんか。

「じゃあ、ほら桃とハナで桃華とかでいいんじゃないかな」

『センスの欠片もないな…… お前は。もっと漫画を読め、そうだ我が決めてやろう。ミカ…… 』

「さっき読んだ、ばっかりのやつでしょそれ。桃華でどうよ?」


 少女はただ黙っている。まだ黙っている。まだまだ黙っている。…… 気に障ったかな。

「うっわ、それ真面で最っ高じゃん!おにいちゃん最高、よしじゃあ、アタシのことは桃華って呼んでね」

 どうやら、気に入ってくれたみたいだ。良かった。

「そっちの変な格好の青白髪さんは、名前なんていうの? 」

「私ですか、羽宮ルナです。そして…… 変ではなく正装です」


 少し戸惑っているのか、ルナは僕の方を向いた。

「へぇー、じゃアタシと一緒だね。でっ、おにいちゃんの…… 彼氏? 」

「この子は、何を、言ってるのかな?そんなわけ、ないよね、まだ」

 僕がルナの方を見ると目を合わせてくれない、どういうこと? あんまり好かれてないのかな。

「………………………… 」

『リョウの体は我のものだぞ…… で、ただ名前を決めてもらうために、我らのもとに現れたわけではなかろう? 用件を述べよ桃華』


 桃華は紫とピンクの目を輝かせながら、僕のほうを見た、あとゼウルを。

「あーっとね、全部は言えないけど今夜空いてる? 来て欲しい場所があるんだけど!どう!来てくれる?! おにいちゃん!」

 またそのパターン…… 多いな最近。

『リョウ、おそらく罠だ。……む、前にもなんか似たようなことがあったような』

 やはり考えるのは同じこと…… か。一緒にいると似てくるのかな。


「桃華? それが罠ではない保証はあるのでしょうか…… 私のように」

 そうそう、ルナみたいについていったら、殺されかけるとか、そんな感じのね。

「そんなことないって、真面で! ねぇ、信じてよ、おにいちゃん! 桃華のこと、お願い! 」

「…… しょうがないね、わかったよ」


 悪意がありそうなわけじゃない、別に行っても構わないだろう。

『おい、お前はやっぱりバカだな。ルナの時を忘れたのか、ノコノコついていって殺されかけたんだぞ』

「そうです。無闇に人にの言うことを聞くのは得策とは思えません。私の時のようになりますよ、絶対!」

 それ、自分で言う? やった本人が。


「本当っ?! やったー! ありがとう、おにいちゃん」

「それで、何時にどこに行けばいいのかな? 」

 少し遠い、廃遊園地とかじゃないといいけど。

「そんなに遠くないけどっ! あーとね、ここから電車で少し行ったところにある場所なんだけどね…… 名前なんていったかな、とう…… 東都大学って場所、知ってる?」

 そこは知ってる…… 通ってる大学だから。あれ?やっぱりこれって罠?

「ほんっとに、罠じゃないから。大丈夫、アタシを信じて…… ねっ! じゃあ、そろそろいくねお昼ご飯ご馳走様、10時ね、待ってるよおにいちゃん」


 桃華は走り去っていく。そして、通行人に紛れて消えていった。初めからいなかったかのように。

『まったく…… なんだったのだあの娘は。で本当に行くのではないだろうな、リョウ?』

「いや、行くよ。魔族とかと関係してるかもしれないからね。それに桃華のことも気になるし、なんか」

 ゼウルが呆れているのもわかる。でも、やっぱり、行ってみなきゃいけない。なんかそんな気がする。

「リョウ、あなたというのは…… いいでしょう。私も妖刀についての調査を任務として受けています。ですから私もお供しましょう」

『……………… まぁ、我とルナもいるのだ、戦力的には問題ない。行ってみるか、我らの件と関連があるかもしれないからな』


……10時ね、また夜は寝れなそうだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る