悪役令嬢推しの転生女アサシン

アトラック・L

第1話

【ごめんね】


 という声が聞こえて、次いでぐちゃりという生々しい音がした。それが始まりだった。




「──ん、あー、頭が割れそ……」


 目を覚ますと、強烈なまでの頭痛がした。前後の記憶はあいまいで、なぜ頭痛がするのかは理解できなかった。

 空が見える。青い空だ、と私は思う。雲が僅かに流れている。どうやら仰向けになっているらしい。

 近くに川があるのか、水の流れる音が聞こえる。

 背中が痛い。石がゴロゴロしている所に寝転がったような感覚に近い。

 というか、全身が痛い。私は無意識に手を頭、おでこの所に当てる。

――ベトリ、と厭な感覚がした。



【私/わたしの記憶同期開始】



 頭に付着した血の感覚を認識するのと同時に、光景が見えた。浮遊する視界と、墜ちる視界が。

 私は立ち上がる。酸欠なのか、よろめいてしまった。

 体が重い。その体を引きずるようにして、目に入った川まで歩いた。きっと、血を洗い流そうとしたのだろう。不快な感覚だったから。

 そして、私は。



【私/わたしの記憶同期終了】



 二人分の人生を背負ったのだった。




 乙女ゲーム──黎明の魂魄──は、マイナーなゲームだ。あまりにもファンタジーに寄りすぎた世界観、乙女ゲームと呼ぶには残酷すぎて、R指定をくらったほどの描写。故に評価は賛否分かれ、忘れ去られていた。

 しかし私はこのゲームが大好きだ。ハードな描写はむしろ大好物だし、緻密に編み上げられた世界観はまるで一種の芸術だと思っている。

 さて、なぜここでそれについて思い出したのか。

 端的に言えば、その中に登場するキャラクターが目の前にいるから。いや、その言い方は語弊がある。より厳密にいうのなら、水面に反射する私の顔が、ゲーム中のキャラクターそっくりだったからだ。


「嘘……これって、シャルロットじゃん……」


 月下の水面、そこに居るその人物の名はシャルロット・クローネ。作中では他の登場人物との間に関係性を作ろうとしない、孤高の存在。短く切られた銀の髪に、翡翠の瞳。整った顔立ちは間違えようもなくシャルロットのものだった。年齢は本編軸より数個下だけど。

 その正体は暗殺者。作中ではいくつかの戦闘用スキルを有していて、主としてアクションシーンでの見せ場が多い。


「どうなってるの、これ……」


 記憶を辿る。私の記憶ではなく、シャルロットわたしの記憶を。

 暗殺者としての訓練に精神を疲弊させたシャルロットは、自分の意思で飛び降り自殺を図った。

 そこから導き出される答えは、それをきっかけに、わたしと私の精神が入れ替わったということ。ゲームの設定を参照するなら、あり得なくはない。魂をテーマにしたこのゲームなら。


「……とりあえず」


 混乱している頭を整理したい。私はゲームの設定を思い出す。

 シャルロットが身を投げたという設定はなかった。明かされていないだけかも、と考える。

 この世界には魔法がある。それから、スキルウィンドウも。スキルはプレイヤーからは確認できるが、作中で参照された描写はない。

 スキルを見ることはできるのだろうか。


「スキルリード」


 頭の中に浮かんだ言葉を紡いでみる。すると、視界の中に水色のウィンドウが現れた。


「うわ、本当に見れた」


 所持スキルは、


 総合スキル:フリーランニングB

 総合スキル:フリークライミングA

 総合スキル:体術A

 総合スキル:戦闘術(近接)A

 総合スキル:暗殺術S


 とある。作中で参照できるスキルそのままだ。

 スキルウィンドウを閉じる。意識をウィンドウから逸らすと、自然に消えた。


「……どうしようかな」


 明らかな異常事態。まるで小説のような成り変わりに、どうすればいいのか悩む。

 ふと、川に映る星空が沈むのがわかった。闇が星も月も汚染していく。


「まさか、コラプション・デイ!」


 数年に一度起こる、悪夢の日。それがコラプション・デイ。私の推しキャラは、これがきっかけで悪役になるのだ。


 ──そうだ、ヒルトさま!


 最推しの彼女のことを思い出すと当時に、私は駆け出していた。頭から流れる血は無視した。

 すぐにシャルロットが飛び降りた崖に阻まれる。目を上に向けると、足をかける場所や掴まる場所が光って見えた。総合スキル:フリークライミングの効果だろう。そこにシャルロットの鍛えられた肉体が加われば、登ることは容易にできる。

 崖を登ると、目の前に装備品があった。シャルロットが愛用している、無骨なダガーナイフが二つ。それと黒いフードの上着。作中に出てくるものとそっくり。

 着用の方法は熟知している。わたしの記憶と、わたしの体が完璧に覚えているから。私はそれを模造するだけでいい。


「よし、あとは──」


 記憶を辿る。私の記憶の中にある原作のCGと、わたしの記憶の中にある実際の風景を一致させる。

 幸い距離は遠くない。取り返しがつかなくなる前に、推しの不幸な人生を変えてやるんだ──。




 崖の上に立つ。切り立った崖に挟まれた小さな峠道の半ばに、馬車が横転しているのが見えた。

 ガロート峠。隣国との境界線にある、国交の要。その峠を行く馬車が横転させられたのだ。

 そう、それは事故ではない。人為的な事件だ。


「間に合わなかった……」


 馬車に乗っていた夫婦はすでに息絶えている。仰向けに倒れている女性の死因は、胸部の裂傷。壁にもたれかかって亡くなっている男性の死因は斬首。二人とも血の海に浸かっていた。

 馬車の前には、一人の少女。金の髪が美しい。その少女に迫るのは、黒い人影が五体。まさしく影と言った様相の、シルエット以外まるで人外といった雰囲気の存在だ。

 少女の右手に、魔法陣が浮かび上がる。炎が魔法陣から飛び出していき、人影を捉えた。

 だが、その魔法が決定打になることはあり得ない。設定通りなら。そしてそれは真実その通りだった。

 魔法は命を削る。無意味に使わせるわけにはいかない。


「そいつらに魔法は効かないよ!」


 崖の上から叫ぶ。人影どもがこちらを見る。

 私の目的はあの少女──ヒルト様を守ること。私は崖から飛び降りる。ダガーナイフを構えて、少女の目の前にいる人影──ソウルスナッチャーに襲いかかる。

 総合スキル:体術を利用して、ソウルスナッチャーの上に着地する。スキルの効果で衝撃をいなし、首元にダガーナイフを叩き込んだ。

 数度の痙攣の後に動かなくなったソウルスナッチャーから離れる。

 次の敵に向かって走り、すれ違いざまに腱を切る。そのまま踵を返して背中から突き刺した。引き抜くと、ドス黒く変色した血のような液体が勢いよく吹き出す。

 引き抜いたダガーナイフを逆手に持ち、ノールックで後ろに振る。


「ギガッ⁉︎」


 後ろから私を襲おうとしたソウルスナッチャーの断末魔を聞く。

 これら一連の動きは、すべて総合スキル:戦闘術(近接)の効果だ。このスキルには近接戦闘に必要な技術が詰まっている。

 残り二体は──。


「はっ!」


 総合スキル:暗殺術に内包されているスキル:投擲を用いて、残敵に投げつけた。

 これで一掃完了。最後に殺したソウルスナッチャー達に近寄って、ダガーナイフを回収する。ベッタリと黒い粘液が付着していて、嫌悪感を覚えた。

 そして私は振り返る。




 月下の峠で、


「大丈夫?」


 私達は出会う。

 その日私は、悪役令嬢最推しと知り合ったのだった。

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