第16話 最強魔法使い

 ドラコンが倒れたことを視認しにんした後、全身の力も抜けたように、目がグラグラしはじめた。アンドロイドとしてそんなことがないはずだが、母の声によると、私は今、全身の損傷レベルは、9、になったので。


 つまり、機能が完全に失うまであと一歩だけだ。


 こんな時ぐらい、久しぶりの疲れを体験してもいいんじゃないか?


 「ミヨ」馴染みのある声によって名前が呼ばれた。


 (あれ?イヴァンだ……いけない、幻覚まで見えたんだ。やっぱ天国が近いじゃのう……)


 「大丈夫ですか」イヴァンの顔が視界にはっきりと現れた。


 「えっ?!なぜ?」


 「やはり君を追跡するのが正しいですね」返事があると知って、イヴァンは一安心のようだ。


 「追跡?」


 「君がこの森に来る時常にボロボロになって帰るから、わたしは今ミヨの損傷レベルをフォローできる機能を追加しました。損傷レベルが6を超えた場合、君の居場所情報をわたしの元に送るのです」


 「それ、立派なストーカー行為じゃん」私がそう言って、イヴァンが笑った。


 「元気そうで何よりです」


 ——なんだ。ちゃんと心配してくれたんだ。


 私は両頬が火照ると感じたが、幸いそれは今ミヨの顔には反映しないのだ。


 「林太郎たちは?」


 そういえば、さっき確か林太郎がアカサを現場から離れさせようとしたのを見た。

林太郎にとってアカサが一番重要な人だからね、しょうがない。しかも、彼らを逃げろって言ったのは自分自身だ。


 「彼らも無事です」イヴァンが目で少し遠い場所を示した。


 アカサが静かにこっちを見ていて、林太郎は何だか少し気まずく顔を背けた。


 「よかった」言葉とは裏腹に、内心はこう思っている。


 ——ふざけんなよ。覚えろよ。林太郎め


 内心で一息を吐いて、私はこの31世紀では、身内一人もいない。確かに今まで会った人たちみんな友好的な態度で私を接してくれた。でも、実際のところ、誰も元ミヨのこと知らないし、特に構うこともないだろう。


 そう思うと、イヴァンこそ私がこの31世紀で一番親しい人ということを実感した。そして、彼がわざわざここに駆け付けたという行動もまたそれを証明した。何だか急に泣きなくなった。


 当然、この泣きたい気持ちは、それだけの理由じゃない。


 ドラゴンとの戦い——ほとんど一方的にやられっぱなしだが——でよみがえった前の火傷の件は大きいと思う。


 まさかそんな大事件に遭遇したとは思わなかった。アイツらのやったこと、魔法が奪われた人々のこと、殺しかけた自分のこと……


 いろいろと複雑な心持ちである。


 「持ち上げますね」イヴァンが言った。


 よく見たら、ドラゴンの焔のせいで、今ミヨのあちこちがひどく溶けた痕跡が残った。特に足はすでに変形してしまって、歩くのが難しい状態となった。


 私は大人しく頷いた。


 そもそも拒む理由がない。


 たとえ今ミヨがピンピンしても、私もイヴァンの好意を拒まない。今は、こんな優しさがとても必要だから。少しだけ、甘えさせて……と密かに思う。


 「ドラゴンはどうする?」


 私はちらっとドラゴンを見て聞いた。倒れているドラゴンは死んではいない。あくまで寝ている様子だ。


 「さらに詳しく検討する必要がありますが、ひとまずここから離れましょう。わたしは森の隣に長く住んでいて一度もドラゴンに気づかないことからすると、ヤツはこの森から離れることがないと今のところそう考えています」


 「なんか冷静しているね。あれはドラゴンですよ!伝説な生き物で非科学的なものですよ!私の魔法にみたいに」私はイヴァンを少し揶揄からかうつもりだが、彼がなぜか真顔でこう言った。


 「見ましたよ」


 「何か?」


 「君の魔法、実に、お見事です」イヴァンがそう言った時、ちゃんと私の目を直視した。その海みたいな目に吸い込まれたように、私の視線も彼の目から離れることができない。


 見えないが、私はきっとうっかりキューピットの矢に刺されたのだろう。


 「えっ、あっ……うん」


 見つめ合う状態から目を逸らすまで少々時間がかかった。存在しない心臓がモヤモヤしながらも嬉しさが隠し切れなくてつい口元が緩んだ。さっきの疲れはどっかで吹き飛んで完全に消えちゃった。


 「大丈夫ですか」


 アカサたちに近づけたら、アカサが早速声をかけた。


 「何とか勝った」私はピースサインをしたが、指先が溶けたせいで、勝った感はゼロ以下だ。


 「いや、その、先に言っとくけど、そんなに遠くは逃げてないよ」林太郎はいつものように言い訳だけがスラスラ言えた。


 「そのほうが最低」私が目を細めた、「まるで私の死を見送ったんじゃん」


 「そんな!俺は信じてるよ!ミヨは魔法使いだもんね、きっと何とかできるのさ」


 現れた。林太郎のニコニコ顔。今日はやけに誠意がないね。


 対して普段無口なアカサは今日いろいろと頼もしい。好感度が一段と上がった。31世紀の親しいリストを作るのなら、今のところ順位はこうだ。


 イヴァン、アカサ、加賀美さんは上位三を占めて、次は神田家ママと姉ちゃん、最後は林太郎みたいな感じかな。


 「魔法が戻ったから、まあ、いい」

 

 「そうだ!俺見たよ、魔法。すごいね!」イヴァンとほぼ同じ内容のことを言ったが、その意味合い全然違う。


 学習派との揉め事を思い出した後、私の魔法はなぜ消えたのかはだいたいわかった。それはたぶん、あの憎いが私にかけた焔の魔法のせいだと思う。どうやってその魔法を手に入れたかは知らないけど、その焔は私の魔法を奪ったんだ。


 そして、あの焔の仕組みはドラゴンの焔とはあまりにも似ているので、両者の間には無関係とは考えにくい。


 よって、私が立てた仮説はこうだ。


 たぶん私の元にはあの焔の魔法がまだ少し残っている。ドラゴンの焔が二野アリーナの魔法とぶつかって逆転したのだ。つまり、ドラゴンの焔が私にかけられた魔法を解除したから、魔法が戻ったわけだ。


 おまけにドラゴンの魔力も手に入れた。


 ざまあみろ、くそ二野!いい気分だ。


 「なんか別のも見せてよ!」林太郎はやや私の機嫌を取るように興味津々で言った。


 私はしょうがないなあと言って、元ミヨが魔力を使う時の器用さを念頭に置いて、さも誇らしげに手をあげた。


 今なら余裕で地面に散らかっている枝と葉っぱの竜巻を作れるだろう。


 と思いながら、枝と葉っぱを全然動かない。


 ——あれ?何この既視感?!


 「何したの?」林太郎はあちこちで不思議なことを探している。


 「ちょっと待って」


 私は手のひらを出して、試しにその上に蝶々の幻影げんえいを作った。青い光の帯びた蝶がひらひらと舞い上がった。


 「ほら!できた!」


 表では平気そうに見えたが、内心では一瞬焦った。でもよかった。魔法はちゃんとある。


 「すごい!」林太郎はようやく本心と言葉が一致しているように声をあげた。

アカサも不思議なものを見ている子どものように蝶々をじっと見つめて、いつもより幼く見える。


 ——可愛い。


 ところが、イヴァンの目には多少の躊躇ためらいが残っている。たぶん一回目が失敗したからだ。そんな目を見て何となく不安になった。


 自分の心境に影響されたように、蝶の幻影が少し崩れていく。電力が不足みたいに、現れたり消えたりの点滅状態となって、最後は消えた。


 もう一回蝶を現わせようが、できなかった。


 「……何で?」


 と聞いても、私も知らないのなら、他の人がなおさら知るわけがないのだ。


 ところが、


 「その断続的な様子から見れば、魔力が足りないのでは?」イヴァンが言った。


 「いや、でも、魔力ならドラゴンからいっぱい吸い取ったはずだが……」


 その時確かに魔力が逆流したのをはっきり感じたんだ。


 「しかし……ドラゴンを倒した青い衝撃波、あれはエネルギーの放出とも見受けられますが……もしかして、あれは君の言った魔力じゃないですか?」


 「あっ……」


 そういわれると、確かにそうかもしれない。さすがイヴァン、飲み込みが早い。


 「嘘……それじゃせっかくドラゴンからもらった魔力が……」


 もうないということか?!


 これはさすがに凹んだなあ。


 さっきドラゴンにかけた攻撃は派手で恐らく個人史上で一番カッコイイ魔法なのに……何もかも代償が必要ってわけだ。


 まあ、でも魔法が戻ったことが一番重要だ。魔力はこの後コツコツ貯めていけばいいのだ。私は自分を慰めた。


 「でも見たよね!それじゃ私は魔法使いってことは証明済みだ」


 「はい、はい」イヴァンは頭を軽く振りながら、適当に返事をした。


 「何その雑な返事。私は一人でドラゴンを倒したのよ!それか何を意味するか分かる?つまり、私は魔法使いとして一人前になっただけではなく、一人前中の一人前だ!わかった?」


 「はい、はい」


 「魔法のデータベースにちゃんと書けよ!早苗ミヨ、一人でドラゴンを倒した史上最強の魔法使いって」


 「それはしかねません」イヴァンは笑いながら拒絶した。


 「ミヨは意外と欲張りだね……」林太郎は呆れた顔で言った。


 「何でだよ!本当のことだもん!おい、林太郎!お前は証人だ。証人」


 「えっ、じゃ俺も魔法史の一部に記載されるってこと?それは光栄だね」


 「そうだ、そうだ。光栄に思えよ」


 「林太郎も欲張りじゃん」今回はアカサが笑った。


 四人(のうちの二人)がワイワイしながら、イヴァンのとこに向かった。


 これは私たち四人が一緒にいる最後の日ということは、私はまだ知らなかった。

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