第11話 特訓開始

 昨日はハチミツのような言葉をたくさんいただいたんだけど、現実はそんなに甘いもんじゃないんだ。


 魔法の練習はいつもと何の変哲もなく、難航なんこうしてしまった。


 「いつも庭で練習して、何か特別な意味あります?」イヴァンがわざわざガゼボにあるそのアンティーク調の椅子を近くに移動して、私の後ろから練習現場を見守っている。


 「特別の意味というか、魔力は自然から生成するものと古来言われているから、室内より、外の方が回復しやすいなんじゃないかなと何となく思うだけ」


 この間のコンサートから帰ったあと、イヴァンが魔法に対する態度がなぜか大きく変わった。


 私が伝説の人——誰もそんなこと言ってない——としてチヤホヤされた時、イヴァンは勘違いしないほうがいい、人間は本来空想が好きだから、勝手に君に期待を抱いているだけですとか言ったのに、帰ったら急に今のように積極的に魔法と関わりはじめた。


 天下のイヴァンもつい故障の日が迎えたのか、彼の頭がいささか心配だ。


 それとも、イヴァンにも空想の能力が覚醒したのか?


 「なるほど、つまり、根拠なしってことですね」イヴァンが言いながら、何かを理解しているように頷いた。


 この結論、何かしゃく


 「では、魔法を発動する時の手順は何ですか?」


 「手順?」


 「そうです。例えば呪文は必要ですか?」


 「ほとんどの魔法はいらない。いちいち呪文を唱えたら時間かかるし」


 現代社会の魔法使いとは無縁なものだが、遥か昔には魔法の戦いが存在するらしい。呪文を唱えないと攻撃できないのなら、どう考えても効率が悪いのだ。それに、呪文を唱えている間で絶対物理的な攻撃によってやられるのに間違いない。


 ていうか、この一連の問題は何なんの?何かしらの取材なのか?私はインタビューされているのか?


 「なるほど、では魔法は念動力の一種でしょうか?考えるだけで実現します?」


 イヴァンの記者モードが続いている。


 「念動力ではない。魔力を駆使くしするんだ。魔力を使って自分の考えたことを具体化する」


 私は頑張って初心にかえて、はじめて魔力を使う時の情景——要するにはじめて小石を宙に浮かべたこと——を再現しようとする。もちろん私はもう当時5歳のミヨではないし、今は21世紀でもないから、完全再現することができない。


 でも当時の感覚を再現することに努力することができる。なのに、イヴァンが声をかけるたび気が散る。


 「すぐ3時半だから、先にガゼボに移動したらどうだ?」


 正直、邪魔だ。


 「今日はティータイムなしです」イヴァンは平然とした顔で言ったが、私は思わず勢いよく振り返った。もう少しホラー映画のように頭を直接に180度に回転しそうだ。ちなみに、今の私は本当にそれができるが、今ミヨにとってあまりにも不憫だから、しない。


 「ティータイムなし?!!イヴァン、大丈夫?熱?違う、逆のほうだ、頭のどっかでフリーズしちゃったの?」


 イヴァンが人生において最も重要視されるティータイムを捨てるなんて、世も末だ。


 「何もそんなに驚いたことはないでしょう。わたしだって毎日お茶を飲むわけではないです」


 「いや、毎日だよ」


 実際、私がアンドロイドとして目覚めたあの日でさえ、3時半になったら、加賀美さんがお茶を作業部屋に運んできたから。目の前の人が体と大事な魔法を失って落ち込んでいたのに、それでもお茶タイムをやめないだ。


 「私がアンドロイドとしての経歴が浅いだけど、何か私ができることあれば」


 何を言っても、イヴァンは命の恩人だから——おまけに顔がいいわけだ——できるだけ恩を返してほしい。


 「では 、問題をちゃんと答えてほしい、わたしのデータベースにはそれが必要です」イヴァンが言った。


 「何、データベースって?」


 「わたしは今、魔法に関するデータベースを作っています。単なる名詞の解釈や、どこの誰かの文献によるものだけでは信憑性が欠けている。それを考えて、一次資料、すなわち君の証言が重要です」


 イヴァンが魔法のデータベースを作るって?


 「えっ——まさか?イヴァンが魔法の信者になったの?」


 「それはないです」少し揶揄やゆしたら、イヴァンはきっぱりと答えた。


 「じゃ……」


 「ただ」イヴァンは珍しく渋々とした顔をして私の言葉を遮って、「万が一君のいうこと全部が全部事実だとしたら、記録を残す必要があります」


 ——えっ!つまり……


 「つまり、くれぐれもわたしの時間を無駄にしないでください」イヴァンが鋭い視線を寄せた。


 「わかった!絶対証明してやる!」


 まさかイヴァンが協力してくれる日が来るとは思わなかった。モチベーションめっちゃ上がる!


 「ところが、今の計画は何ですか?」目的を表明した以上、イヴァンは早速本題に入った。


 「計画……?」


 「すべての学習はステップがあります」


 「いや、学習というより、私にとって魔法は本能みたいなもんだから、ステップとか順番とかの言われても……」


 「本能と呼べるものはすでに失いました」イヴァンは口調を強めた。


 「それを意図的に拾おうとした時点で、新しい知識として見なすべきだ。そういっ

た態度でのぞまないと、堂々巡りどうどうめぐりになるだけです。計画を練って、それを実験して、試行錯誤しこうさくごを経て再び習得します」


 前言撤回。


 モチベーションが完全に下がった。世には厳しくて伸びる子と褒めて伸びる子がいる。私は断然に後者だ。


 それに、魔法を新しい知識として学習する云々なんて、まるで学習派の考え方だ。ちょっと気にくわない。まあ、確かに私は一度彼らの助けを求めようとしたが、考えてみれば、私はそもそも魔法があるんだから、


 「私が必要なのは、魔法を習得するのではない、体中から引き出すのだ」


 「ほう、では、それを引き出すには、?」私の投げたボールはすぐ返された。


 「それは……」


 うん……


 ——くっそー。


 そんなことわかるかい!わかるのなら、すでに魔法を取り戻したんじゃねぇのかよ——!


 そもそも、方法がなくても、私のものは私のもの、いつか帰って来るはずだろう。つまり——


 つまり、私のワガママだ。


 「そ……い」私はできるだけ一番小さい声で、一番速いスピードで自分の無謀さを認めた。


 「すいません、よく聞き取れなくて、もう一回お願いします」イヴァンが耳を澄ませるような動きをした。絶対聞こえたのに。


 「それはわからない!イヴァン先生、を」そうならば、いっそのことやけくそに姿勢を低めて、アドバイスをもらう。


 「いいか、君はもう人間ではないです。人間の考え方を捨て、アンドロイドになって、アンドロイドのように思考してください。今の君だからこそできることです。君が考えたことはすべて瞬時に記録されて、何回でも読み取ることができます。それを利用して、魔法を練習する時の各状況をよく注目し、僅かな変化でも見逃さないで。集めたデータをまとめて、研究して。そうすると、魔法にもっと近づけられるでしょう」


 「あの……もう少し人間的な言葉で説明してもらえますか?」


 「使


 頭を使う?それは遠回しで私がバカって言うの?それともせっかくいただいたアンドロイドの偉大な頭脳が浪費されたってこと?


 確かに今の私はアンドロイドだが、イヴァンたちのように頭を使うことは到底できないと思う。イヴァンの方法はつまり魔法使いになる前に、まず立派なアンドロイドになることじゃないか。


 しかも、


 「言いたいことはわかるが、魔法はそんなに論理的なものではないと思うけどね」


 「そうですか。無論、魔法のことを一番よく詳しい人は君だから、他人がどうこう言う筋合いがないでしょう」


 ——くっっっっう。何その偉そうな態度だよ!


 ここんとこイヴァンとの間の小さい甘い何かはもうまったく感じない。


 なんで今までずっと魔法のことを素直に信じてくれない人が急にこんな偉そうに物事を教示するんだよ。——まあ、聞いたのは私自身だけど。


 ああ、わかったよ。


 やるよ。私は褒めて伸ばす子と同時に、やればできる子なんだよ!見て見ろ!


 完璧なアンドロイドになって見せる!

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