7 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン 1層


 帰りのHRの前に荷物はまとめておいて、終わったらすぐに廊下に出た。あたし――高千穂美舞と同じように、岡山さんと酒田さんも出ているけど……。


「え、もうハーフパンツなの?」

「はい」

「HRの前に、岡山さんがさっと着替えたのを見て、すぐに真似たから……」


 なんか、酒田さんの意識がすごく高い⁉


 上はセーラー、下はハーフパンツで違和感はあるけど、それはまあ、それとして……。

 昇降口で靴を履き替えて、小鬼ダンの方へ向かう。そこでは走りながら岡山さんがセーラーを脱いで体操服になり、ジャージを羽織ると、そのままブレストレザーを身に付ける。それ、走りながらできるんだ……。


「岡山さん、あたしのジャージ、もらえる?」

「はい、これ」


 岡山さんと酒田さんの連携が⁉ いや、確かに岡山さんに預けてたけど⁉


 酒田さんが走りながらセーラーを脱ぐと、岡山さんが手を伸ばし、その手に酒田さんがセーラーをのせる。いや、二人はリレーの選手なの⁉ なんでそんなに息が合ってるの⁉

 そして、ジャージを羽織ると、そのタイミングで岡山さんがブレストレザーを手渡した。


「なんか、中学の部活、思い出すね」

「それ、わかります……」

「え、中学の部活って、そんなんなの⁉」


 あたしは附中のダン科なので、運動部には入れなかった。酒田さんと岡山さんが共感し合っているところには立てない。運動部ではなく文化部には所属できるけど、普通科の校舎は駅の向こうにあってかなり遠いし、放課後もモモたちみたいに素振りとかをやってたから、それが部活の代わりのようなものだった。


 小鬼ダン前の広場の入口で、もう小鬼ダンのゲート前で準備完了している鈴木くんが見えた。


「早過ぎる……」

「鈴木さんの前だと着替えにくいでしょうから、あそこの木陰に寄りますか?」

「ううん。いい。ちょっとでも早くするから。少しだけ待ってて」


 別に下着が見える訳じゃない。あたしは鈴木くんの前で、かつてないスピードで装備を身に付けるのだった。それでも鈴木くんはちゃんとマナーを守って、こっちに背を向けていた。そういうところ、きっちりしてる人なのか……意外だ……。


 着替えたら、鈴木くんを先頭にゲートを抜けて小鬼ダンの中へ入る。


「軽めのジョギングで行く」


 そう言うと鈴木くんが走り始めた。軽め、というには、ほんの少し速い気はするけど、ついていけるスピードだ……って、え、ダンジョンで走るの? 『釣り』の途中じゃないのに?


「高千穂さん、単独いける?」

「一応は」

「じゃ、最初は高千穂さん単独、次に高千穂さんタンクで酒田さん、それから岡山さんで。岡山さんはこの土日の練習を意識して」

「はい」


 この土日の練習? 疑問に思ったけど、聞いてもわからないだろう。


「はい、1匹目。高千穂さん、ダッシュで」

「あ、うん」


 あたしはみんなを置いてスピードを上げて、ゴブリンに接近していく。イメージはモモのワルツ――附中で教わる3段階の戦闘法――で。

 盾で棍棒を受けて押し返しつつ、メイスで腹部に一発、そして下がったゴブリンの頭にメイスの振り下ろし。ゴブリンが完全に倒れるけど、モモならそこで終わってるはず。あたしは、倒れたゴブリンの頭をもう一度メイスで殴った。


「そのまま、次、行くよ」


 さっと魔石を回収した鈴木くんがジョギングを再開させた。


 次はあたしと酒田さん。もう1週間以上、ペアでやってきた。

 あたしが盾で棍棒を受けて、そのタイミングで酒田さんがショートソードで斬りつける。

 ゴブリンが斬られると酒田さんへ向きを変えるので、あたしと酒田さんはゴブリンの周囲を一周、回るようにして戦う。酒田さんの攻撃回数は5回。


「ん……」


 もう鈴木くんは、ん、だけでジョギングを再開した。


 あれ? このルートは、2層への最短コースのような……?


 それにあたしが気づいた時、ちょうど3匹目のゴブリンが現れ、それを見た瞬間、岡山さんがダッシュで加速した。


「え?」

「えっ⁉」


 それは、あたしと酒田さんがぽかんと口を開けてしまう速さだった。

 そして、岡山さんは、そのゴブリンを倒さず、攻撃を躱して追い越してしまう。


「え? なんで岡山さん、『釣り』を? いえ、そもそもなんで『釣り』を知ってるの? それとなんで、こっちじゃなくてあっちに?」

「あのゴブリンの後ろ、追いかけるから」


 鈴木くんには迷いがないらしい。

 あたしたちは、岡山さんが先頭、ゴブリン、あたしたち、という不思議な隊列で先へと進む。そして、そのまま、岡山さんは次のゴブリンと釣ったゴブリンとに挟まれた。


「鈴木くん⁉」

「ん?」

「岡山さんが⁉」


 2匹にゴブリンに挟まれた岡山さんが危ないと思ってそう言った瞬間、2匹のゴブリンの攻撃をひらりと岡山さんが避けつつ、メイスを一振りした。

 それで1匹のゴブリンが消えて、もう1匹のゴブリンが倒れた。岡山さんが倒れたゴブリンのトドメを刺して、魔石を2個、回収する。


「あ、あれ……?」

「じゃ、次、高千穂さんに戻るよ」


 鈴木くんはまたジョギングを再開する。


 なんか、これ、あたしが知ってるダンジョンアタックじゃない気がする⁉


「岡山さん、狙いというより、タイミングがまだ掴めてないと思う」

「はい。次は頑張ります」

「とにかく、敵の武器を持つ手が邪魔にならない、振り下ろした瞬間をそろえさせること」

「はい」


 ……あれ? なんで岡山さん、2匹同時に相手して、しかもすぐに倒したのに、注意されてるの?

 いえ、そうじゃない。なんで岡山さん、2匹同時に相手できるの? ていうか、そういえば自分で釣ってわざわざ2匹にしてた⁉ あれは何なの……?


 ――とにかく、それを5回、繰り返した。

 あたしが5匹、酒田さんが5匹、岡山さんが10匹だ。制限回数は岡山さんがもう限界だし、あたしたちも折り返す制限回数になったので、ここで折り返すところ、と思ったけど、鈴木くんはさらにジョギングで進んでいく。


「やってみせるから、よく見てて」

「はい」


 ……何をやってみせるの?


 岡山さんと鈴木くんには、もう二人の世界がある。というか、認めないと。岡山さんって、あたしより絶対に強い⁉ それに鈴木くんが岡山さんを教えてるのは間違いない⁉


 そして、鈴木くんが次のゴブリンを見つけてダッシュで接近。これも唖然とするほど速くて、そのまま釣って先へ進む。さっきまで岡山さんがやってたのと同じだ。ここまでで5回、見てきた。

 ところが、2匹に挟まれた後が違った。鈴木くんのメイスの一振りで、ゴブリン2匹、一度に消えて魔石になった。岡山さんとの違いは2匹目のトドメが必要ないことと、メイスを持つ手が左手なことだ。


「うわぁ……鈴木くんって、すごいんだぁ……」


 酒田さんが目を丸くしながら、そう言った。


 ……というか、ちょっと待って。今のって、今のって、まさか?


「むぅ……こうやって見させて頂いても、やっぱりそれだけでは感覚が掴めません。まだまだ訓練が足りないということでしょう」

「……ねえ、岡山さん、聞いてもいい?」

「はい? 何でしょうか?」

「何の、訓練をしてるの?」

「……いろいろとありますけれど、さっきまでやってきたのは、鈴木さんは『一撃二殺』と呼んでいました」

「一撃二殺⁉」


 やっぱり! 鈴木くんが自然体でやってたからアレだったけど、一撃二殺って、あのトップランカーの陵竜也の得意技の! あっちはブロードソードだけど!

 それになんでそんなことができるの、鈴木くん⁉ それと、なんでそれを訓練してるの、岡山さん⁉


 その時のあたしは、それが22匹目の討伐だったこと、そして、1層の最短コースでゴブリン22匹の討伐が意味することを、うっかりと忘れてたのだった。





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