反響

連喜

第1話 あっけない話

 *本作品はフィクションです。


 俺がTwitterを初めて数カ月。今のところ俺のTweetを誰一人見ていない。埋もれてしまうのは仕方ないが、ずっと0と言うのがむしろ驚きではある。誰にも言っていないから見てくれる人がいないのは当たり前だけど、普通0はないだろう。俺のブラウザがおかしいのかと言えばそうじゃない。例えば、好きな芸能人のツイートに返信したりすると何人かは見てくれている。それが、俺単体のツイートは閲覧数がいつまでも0なのだ。道端に転がっていても、誰もからも返り見られないような打ち捨てられた気分になる。


 50を過ぎたおじさんがやっているTwitterなんて誰も見ないのだろうか?

 もし、若いイケメンだったら、みんな見てくれただろうか?

 例えば、大学生や高校生、中学生なら、若いお姉さんが見てくれるんだろうか?


 中年になると誰からも興味を持たれなくなる。

 年寄りになるとなおさらで、ある老人は自分が見えなくなってしまったんじゃないかと感じるという人までいた。年を取るにつれて、まるで透明人間になって行くようだ。俺の存在意義を客観的に考えると、物品の購買力と納税者としての価値くらいだろう。


 心優しい人は、たまたまじゃないかと思うかもしれないけど、YouTubeもやったけど、再生回数はわずか1回か2回だった。見ているのも辛いので、その動画はもう削除してしまった。


 Tiwtterの1日当たりの利用者は2億3,780万人もいるのに、誰も俺のTwitterを誰も見てくれない。一方で本日の午前中にトレンド入りしていたのが、近代麻雀学院という雑誌の企画(?)が開催予定だった「水着撮影会」だ。わずか13時間で330.6Kも見られていた。俺の作品で一番PVが多い短編集が1年以上かけて10.0Kなのに、その33倍の33万回だ。若い女の子の水着撮影会が中止になったことが、そこまで世の中の注目を集めていることが驚きだった。撮影会自体が話題になるならともかく、中止になったら一般の人は何もできないじゃないか。


 閲覧数を増やすとしたら、水着、アイドル、撮影会のようなパワーワードが必要なのだろう。


 それにしても、若い子が過激な水着を着て、童貞臭いメンズたち(童貞じゃないイケメンもいると思います。すいません)に写真を撮ってもらって報酬をもらう。犯罪に巻き込まれたり、撮影会の後に跡をつけられたりしないのか心配だ。写真を撮る方も撮影のためにお金を払うより、風俗のお店にでも行った方がいいのに。と思うのは、俺が芸術がわからないからだろうか。


 都内に住んでいると、プライベート撮影会をやっているアイドル風の若い子とカメラを持っている地味な男を時々見かける。一緒に歩いていても、絶対カップルではないとわかる。お金でつながった関係だから、ちょっと虚しくなる。風俗も夜のお店も同じだが、公衆の面前ということで余計にそう感じてしまう。お好きな方、どうもすいません。


 前にお台場や原宿に行った時などは、イベントの衣装を着たまま歩いているアイドルを見かけたけど、ファンに追いかけられたりもしてないし、誰も話しかけていなかった。売れてないアイドルグループの子でさえびっくりするほどかわいい。これは、単にテレビに出ているかどうかの差なのかもしれない。俺が好きな橋本環奈もローカルアイドルとして火がついて世に出た一人だ。


***


 俺もアイドルになりたい。注目されたい。できれば女の子にモテたい。若い頃ですらアイドル顔ではなかったけど、誰からも顧みられなくなると、なぜかそう感じてしまう。


 俺は年を胡麻化してTwitterを始めることにした。プロフィールのイラストはネットからパクッてきたのを使うことにした。どこかに書いてあったけど、女性は男の声に恋をするものらしい。だから、顔出ししてないYouTuberがファンが群がり、そいつがファンに手を出すということが頻繁に起きるらしい。よく、YouTuberが未成年淫行で捕まっている。容疑者の写真を見ると、絶対ないだろうなと思うような不細工であることも多い。会ったら断れないと言う雰囲気になってしまうのだろうか。そう言えば、ファンの女性は病み系の人が多いらしい。元々、女性側にも判断力が欠如している可能性もあるということだろうか。これを美味しいと思うかどうかは、男性側のモラルに関わって来るが、チャンスがあればと期待していなくもない。


 しかし、俺はとことん魅力のない人間だから、声にも自信がない。そこでボイスチェンジャーを使ってイケメン風の声に変換することにした。それで動画を作ってYouTubeにあげる。身バレすると困るのでどんな動画かは内緒にしておく。ここまでやっていると、何かに集中しているだけで楽しくなって来る。


 人気を得るには、プロフ作りも重要だ。仕事は会社員で、副業でVチューバーを目指していることにした。Vチューバ―というのは、2Dまたは3Dのアバターを使って動画投稿や配信活動を行っている人のことだそうだ。今流行っている職業なのだと思う。プロフの絵は線の細いイケメン君だ。

 こうして、満を持してTwitterで投稿を始めたら、閲覧数がすぐに三桁になった。いいねも二桁以上もらった。自分に意外な才能があったことに気が付いた。二十代、三十代はモテていた。女性心理を掴むコツを体得していたからだ。年を取ってもその感覚は衰えていなかった。


 そして、YouTubeに動画を上げたらTwitterで告知することにした。そしたら、動画を1本上げただけでチャンネル登録してくれた人がいた。そして、上げて5本目で再生回数がぐんと伸びた。


 コメント欄には、「イケボですね」、「ずっと聞いていたい」というのが多かった。


 俺が家に帰って「ただいま」と、Tweetすると彼女気取りの気持ち悪い女たちが、こぞって連絡してくる。


「〇〇君、お疲れ様♡夕飯何食べるの?」

「時間がないからカップ麺」と、俺が適当に返事をすると、パラパラと返事が返って来る。

「夕飯作ってあげよっか」

「今、私もカップ麺食べてるよ。一緒に食べよ」


 さらに、オフ会やってと言われたりもする。

 そのうち、ホストクラブで働きませんかというスカウトも来る。


 数カ月続けるとYouTubeのチャンネル登録者が1000人を超えて来た。もうすぐ、収益化間近だ。


 毎日が楽しくなって来た。仕事中にもTwitterが気になってチェックする。そのたびに新しいコメントが増えていた。


 みんなが「生配信やって」、「お願い♡」とせがんで来る。


 俺は調子に乗って動画配信サービスのツイキャスをつかって生配信をすることにした。はっきり言って何を話していいかわからないけど、若い男性アイドルのインスタライブなどを真似することにした。

 若いイケメンと言うだけで、話が面白くなくても女性が集まって来る。しかも、俺の場合はイラストとボイスチェンジャーを使った偽物だ。無性に笑いがこみ上げて来た。人を欺いているという快感を初めて知った。


 始めての生配信に来てくれたのは八十人くらいだった。みんなが歓喜していた。すぐに投げ銭が飛んで来る。投げ銭と言っても、アイテム何個でいくらと言う換算が必要ですぐにはいくらかわからなかった。俺は管理職だし、そんなものをもらっても経済的に潤う訳ではないが、もらえるものは何でも嬉しい。若い頃にモテたと言っても、こんな風にアイドル的なモテ方ではなかった。女性にキャーキャー言われるのは何にも代えがたい快感だ。


 すると、しばらくして「声が遅れて聞こえてくるんだけど」、「もしかして、ボイスチェンジャー使ってる?」、「騙された?」、「金返せ」と書いて来る人がパラパラといた。気になったけど、そのまま配信を続行した。人数は最初が一番多くて次第に減ってしまった。話がつまらなかったのだと思う。


 次の日から俺のTwitterが炎上し始めた。


「本当はいくつなの?」

「もしかして40代とか?」

「本当に独身?」

「詐欺師」

「クズ」


 俺は収拾の仕方がわからないので放置した。

 すると、俺の配信を録画していた人が動画を切り取ってTwitterに返信して来た。『本当は五十代のおじさん』と書いていたから、俺はドキッとした。世の中鋭い人がいるもんだ。

 俺は気にせずに活動をつづけたけど、Twitterのフォロワーは減り続けて、YouTubeの登録者も500人以下になってしまった。Twitterのコメントもどんどん減って、俺が「ただいま」と送っても返信がない日もあった。


 最盛期とのギャップがあり過ぎる。まるで、売れなくなったアイドルみたいな心境だった。

 俺は寂しさに耐えられなくなり、チェンネルを閉鎖して、Twitterも削除することにした。


 最後に「今までありがとう。一身上の都合で活動をやめます」と書いた。誰かは俺のTweetにコメントをくれると思っていた。「やめないで」、「寂しい」とか…。


 甘かった。何度見ても誰からも返事がなかった。


 人気が落ちてからも、毎日コメントくれてた、〇〇〇さんでさえ何も言ってくれなかった。


***

 

 楽しかったのは半年にも満たない短い期間だった。


 まるで、真っ暗な空に花火を打ち上げた時みたいだ。ヒューっと空に向かって飛んで行き、一瞬大きく花開くが、ごく短い時間しかその場に留まれない。すぐに薄くなって、最後に何もなくなってしまう。花火はきれいだけど、すべてが終わった後に虚しさと疲労感だけが残る。花火大会の後、暑くて人いきれのする雑踏を重い足取りで歩いていると、来なければよかったと毎回思っていたくらいだ。


 最後に花火に行ったのは多分二十代の頃だ。もう、二十年以上花火に行っていない。それなのに、その時の感情や足のだるさを今でも覚えている。


***


 俺は誰も見てくれることのないTweetをまた続ける。

 

 それはまるで誰も見ていなくても、俺が家の中で生活しているのと同じようなものだ。ネットの世界にも何かを残したい。Twitterのサービスがなくなるまでの短い命だけど。俺が確かに、その日、その時間に何かを感じたという記録になっているのだから。


 じゃあ、日記でもいいじゃないかと思うだろう。


 しかし、結局は誰かに見てもらいたいのだと思う。

   

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