第十三話「死闘の果てには、甘酸っぱいキスを添えて」

「舐めるなぁああああ!!!糞ガキがぁぁあああああ!!!」

「いい加減、死にさらせや婆ぁぁ!!!!」


血みどろの闘争。なんの駆け引きもない獣のような戦い。


"復活の真珠"を頼りに何度も何度も蘇るシルマリアと、四肢が粉々になろうとも"超速回復"スキルで一瞬で復元する俺。


俺達の闘争は、地獄のような光景を生み出していた。


痛みは"痛覚遮断"スキルによって感じない。だが、鮮血と断肉がヘドロのように飛び散る混沌とした戦闘で、俺の心は折れそうになる。


そんな状況でもノラが横でサポートしてくれるおかげで、何とか自我を保てている。




ガキンッ!と鋭い音が響く。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


手元を見ると、長時間の激しい戦闘に耐えきれず俺のロングソードには大きな亀裂が走っていた。

マジかよ……これ結構高かったんだぞ。もう使えねぇじゃん。


「油断したわね」


シルマリアの粘ついた声が耳元に響く。次の瞬間、俺の腹に冷たい感触が。見下ろすと、彼女の触手が俺を貫いていた。


ふっと上を向いた瞬間、口から血があふれた。間髪入れずに奴の触手が次々と俺を斬り裂き、思わず態勢を崩してしまう。


シルマリアは、俺の体が再生する隙を与えず、触手を全身に巻き付け、骨という骨を容赦なく砕く。


痛覚は遮断されているが、それでも身体が破壊されていっていることが脳髄に伝わってくる。


「いくらトカゲみたいに手足が生えてくるからって、丸呑みにして胃で溶かしちゃえば終わりよ」


触手に巻き付かれた体の骨は再生するやいなや、すぐに粉々にされる。これは詰んだな。

シルマリアはまた大口をあけて俺の体を丸呑みにしようとしていた。


パシャッッ!!


水風船の割れたような間の抜けた音が響く。見なくとも分かる。ノラだ。


俺はこの戦いのほんの前に、彼女にケットシーの店で買った"魔術増幅液"を渡しておいた。


今のように俺が拘束されて回復が出来ないような、最悪の事態に陥った際にはこの薬品を敵に投げつけて欲しい……。

彼女は俺の言いつけどおり、風の魔術に載せて魔術薬をシルマリアの体に浴びせたのだ。


"魔術増幅液"はサラサラとまるで意思をもったアメーバのようにシルマリアの鱗という鱗を覆っていく。


(この手は出来れば使いたくなかったんだけど……)


俺は、ポケットに入れた"妖精の涙"に過剰なまでの魔力を送って暴発させた。


「あんた、何のつもりなの?気を逸らすにしても……ギャァアアアァアアァァァァアアアぁぁああ何だこ"れ"は"!!熱い"!!!熱い"!!!がぁ"ぁ"あ"あ"あ"!!!」


真昼の太陽のような白い強烈な光があたりを覆う。この船から遠く離れたエーアの港からでもおそらくそれは視認出来るだろう。


魔力暴走の元となる俺が発する熱は、"魔術増幅液"を伝ってほぼ減衰することなくシルマリアの体を駆け巡り奴の全身を焼き尽くした。


あまりの熱に彼女の鱗はドロドロと溶け始め、俺の溶けた体と混ざり合う。


「あぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!熱い"!!!苦じぃ"い"ぃ"い"じ"い"!!!離れ"ろ"ぉ"お"!!!」

「誰が離す"か"、バカ"ヤ"ロ"ウ"め"」


(俺だって気色悪いから離れてえよ)と心の中で呟きながら、俺は奴の体にしがみつく。


シルマリアが身に付けていた"復活の真珠"が一つまた一つと壊れていく。ついにはその生命力がれ果てたのか、彼女の悲鳴は急に途絶えた。


奴の巨体が倒れたと同時に、俺の懐の"妖精の涙"が砕け散った。なんとかシルマリアが事切れるまで持ってくれたか。


溶けたシルマリアの体から何とか這い出て、俺は空を仰ぎ見る。

"超速再生"のスキルがゆっくりと効いてきて、曇っていた視界が次第に晴れてくる。


(うん、治るのが遅い?)


いつもならまばたきをする間に、光の粒子が集まり俺の体は修復される。

しかし今は、焼けてケロイド状になった肌が、深い傷跡が刻まれた腕が、炭化して砕け散った脚が......遅々として治らない。


そう、治るのが遅いどころか、亀の歩みのような修復すら今は止まってしまっていた。

そこで俺はハタと気づく。


あまりにも"妖精の涙"に魔力を込めすぎたのだ。俺のMP、魔力は既にすっからかんになっていた。


これでは身体が回復しない。デッドエンドだ。


〜〜〜

俺の胸元には顔を真っ青にしながらワナワナと震えている美少女。ノラだ。


「ノラ、もういいよ」

「い、いやだ。お、お、お前をう、う、失いたくない……!!」


彼女はその美しい顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、俺を治そうと必死に震える手で回復薬を振りかけてくれる。

しかしエメラルド色の回復薬は俺の焼けた肌を伝うばかりで、まったく効果がないようだ。


いやぁ、しかしこんな時になんだがやっぱりこの子めちゃくちゃ可愛いな。

それに胸元のあいた真っ赤なドレスからのぞくデカい胸がめちゃくちゃエロい。


(あぁ、ドレスひん剥いてベットに押し倒してやりてぇ)


俺は自分の命が尽きる寸前だというのにスケベな妄想をしてしまう。どこまでバカな男なんだ。俺は。


「ノラ……頼みがあるんだ」

「あ、あぁああ!何でも聞いてやる!なんだ!い、言ってくれ」

「キスしてくれないか?」

「え?」


叶うなら立ち上がって自らの腕で彼女の胸を揉みしだいて思うままに楽しみたい。でも、もう脚も手も自由が効かない以上それは叶わない。


「恥ずかしいけどさ。俺、パーティーを組んでからずっとお前のこと好きだったんだよ」

「な、な、こんな時になにを」


目を白黒させるノラ。ほんとかわいいなぁもう。


「だからさ、最期さいごに惚れた女にキスして欲しいんだよ」

「ほ、ほれた?この私に?」

「あぁ、だからさ。早く頼むぜ」


彼女は未だに混乱の只中にあったが、覚悟を決めたのか目をつぶる。


そうしてキッと結ばれた彼女の唇を俺のそれに触れさせてくれた。

子供みたいなキスだ。硬い彼女のキスには色気もあったものじゃない。


けれども俺は目の前の甘酸っぱい光景に満足していた。

異世界でハーレムをって夢は叶わなかったが、まぁこんな可愛い女の子を守って死ねるなら、死んだ後も中々自慢できるんじゃないか?


「ク、クロダ!!身体が!!」

(ゆっくりとだけど治っていってる?)


俺の体はまたゆっくりゆっくりとカタツムリのような速度で治り始めていた。

すっからかんになっていた魔力もほんの少し戻ってきている。どういうことだ?


そこで俺は1つの可能性に気づく。


もしかしたら今の口づけで彼女の体から漏れ出る魔力が俺に少し宿ったのではないか?


「ノラ、予備でもう一個渡してた"魔術増幅液"を口移しで飲ませてくれ」

「は、はぁ?こんな時にお前は何を……」

「悪い、時間がないんだ」


俺の真剣な眼差しに気づいた彼女は急いで"魔術増幅液"を口に含む。


「しょれじゃぁひくほ(それじゃあ行くぞ)」

「……あぁ、頼む」


彼女の顔が近づいたかと思うと、舌が無理やり俺の唇をこじ開ける。

ピチャピチャと雨音が垂れるような音をたてて、ノラは俺の喉に液体を流し込んでくれた。


"魔術増幅液"は生臭いニスのような香りがした。それだというのに、その液体に彼女の唾液が混ざっているという事実だけで俺は興奮し切っていた。


〜〜〜

「んむぅ♡ちゅ、れろぉ.......ぷはぁっ!」


あれからどれほどの時間が経っただろうか。俺とノラは恋人のようにお互いの手を絡ませながらずっとキスをしていた。

俺の体はとっくに"魔術増幅液"に載った彼女の魔力により再生していたが、そんなことは関係なかった。


息継ぎのため唇を離すと、彼女はトロンとした表情を浮かべる。俺は改めてこの子を守れて良かったと心の底から思った。


「お、おまえは、そ、その、そもそもパーティーをなんで私なんかと組んでくれたんだ?その私に」

「あぁ、惚れてる、でも最初はノラの呪いのことに気づいて……。それで君を助けたいと思ったんだ」

「そ、そうか。お前は本当に……良いやつだな。こんなブサイクな私に惚れてくれるなんて」


ニヘラァと笑っている彼女の顔を見て俺は困ってしまう。

長く美しい銀色の髪。ボンキュッボンな体つき、パッチリとした瞳に細い鼻。みずみずしい肌......。


俺にとって彼女は絶世の美女そのものだが、彼女自身と"この世界"はそうは思っていない。

けれども「そもそも異世界転移してきて〜」とか「実は元の世界と美醜が逆転してるっぽくて〜」とか、長々と話して理解してもらえるだろうか?


俺がそう悩んでいると、静かなダンスホールの中を何かが引きずって這うような嫌な音が響いてきた。


「あ"ん"た"た"ち"。随分なこ"と"く"れ"た"わ"ね"」


そこには体中がドロドロのヘドロのようになった悪魔シルマリアがいた。


奴の胸元には鈍く光る真珠が一欠片だけまだ残っていた。それが砕け散ると彼女の体はまた大きく膨らみ完全回復した。

ノラはそれを憎々しげに睨む。


今の俺は体が元に戻ったとは言え、剣も折れてしまったし、魔力もほぼ底をついている。これは結構やばいぞ。


というか、この悪魔、いい加減に……。


「いい加減しつけぇんだよ。オバさん、マジでさ」


俺の声を代弁するかのように突如として天からギャル《?》のような話し方の女の声が聞こえてきた。


激戦で完全に破壊されたダンスホールの天井には大穴が空いている。

それを見上げると、船のマストに居並ぶ3つの小さな影。


「てゆーかー、もう割と死にかけじゃね?"破邪の剣"の盗人さんは」

「帝国に生きる民を守る"護民官"の1人として、僕はあなたを容赦するつもりはありません」


先にスタッと降り立つ2つの影。そこには美しい褐色肌のダークエルフと、小さな角をはやした金髪のドラゴニュートの少女が立っていた。


「久しいのぉ、黒髪の逃走者殿。あの時の逃げっぷりはなかなかに良かったが、今回こそは逃さんぞ」


遅れて降り立つ、もう一つの影。それは地面に完全に着地することなくフワフワと宙を漂っていた。

神秘的に輝く紫色の髪。妖艶さと可憐さの両立したニッコリと微笑む桃色の唇。


ノラのものより、もう一周りは大きいかという爆乳。


エルフの女魔術師、ベアーテは地下牢ダンジョンで会った時と同じく俺にその美しい肢体からだを見せつけていた。

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