何故かいつも隣にお嬢様

第8話 世話をします、有無を言わせず

「いいですか? 何かあったら私を呼びなさいと言ったでしょう?

 貴方はいま右腕が動かないのです。

 授業の筆記をすることも、ごはんを一人で食べることも、満足にできない身なのですよ。

 ちゃんと私を頼りなさい! 食事の時間に私を呼ばなかったら怒りますよ」


頭から蒸気が出そうな勢いで、スカーレット・ウォーカーが語り掛けてくる。


「いや、良いよ。

 もう十分色々取り計らってもらったし、とりあえず当面の生活は」

「ダメです! 私を呼びなさい」


スカーレットはぴっと指を突き立てて言う。


「貴方はそれはもうぼろぼろの満身創痍なのです。

 それを隊長の私が面倒見ないで誰がみるというのですか」

「……もうあの小隊は解散したでしょ」

「いいのです。私が取り計らってまた貴方を私の下につけますから、ぜったい。

 私が隊長になれなくとも貴方を巻き込んで同じ部隊にさせます」


はきはきとした口調で断言する彼女に、エドはなんと返したものか思案した。

その手には彼女の用意した“快復用専用メニュー”の入った弁当箱が握りしめられている。

今日もあの薬品臭い料理を用意してきてくれたらしい。


「……いや、大丈夫、本当に」

「何が大丈夫だというのです。食べさせてあげますからちょっと待ってください」


その日、ロクシェメリス魔法学院の屋上には穏やかな風が吹いていた。

エドは降り注ぐ柔らかな陽光の下、てきぱきと弁当箱を広げるスカーレットの姿を眺めるしかない。

ここで無理に逃げ出しても、彼女はこちらを羽交い締めにしてでも止めてくるし、松葉杖なしでは歩けない身ではすぐに追いつかれる。


「では、どうぞ」

「…………」


だが、当たり前のようにスプーンを差し出すスカーレットに対し、エドは平静でいられなかった。

エドは一瞬視線をそらしそうになるが、


「ほら、食べてください。何をしているのです」

「いや、左手で……」

「そちらの腕も未だにしびれて動かないこと、私知っていますのよ。

 ほら、子供じゃないんですから恥ずかしがらないでください!」


エドは観念した。

観念して、スカーレットより差し出されたスプーンを口に含んだ。

薄味のスープが流し込まれる。味自体は悪くない──と思うのだが、紅い瞳が間近でこちらをじっと見据えているせいで、まったくそこまで頭が回らなかった。


「……いや、ありがとう。うん、おいしいよ。いつも君の料理はおいしい」


エドはスープを食したのち、言葉を選んで言った。

我ながらなんとも歯に浮いたセリフだと思うのだが、スカーレットは顔色一つ変えずにスプーンを差し出してくる。


「はい、口を開けてください」


──そりゃ一杯で終わる訳ないか。


エドは居心地悪い気持ちを抱きつつ、しかしスカーレット自身はいたって真面目に、かつ善意でやってくれていることを知っていた。

だから拒否することもできなかった。

実際彼女の協力で助かっている部分も多々あったし、そのことには感謝している。

だからまぁその──さすがに恥ずかしいだけだ。


こうした食事のやりとりは何回かすでにやっているが、一応こちらの意図を汲んで人目がつかない場所でやってくれるようになっただけマシだ。

最初は教室でやられてさすがに色々と尊厳にかかわる心地であった。


「……ごちそうさま」


その後黙々とエドはスカーレットから食事を食べさせてもらった。


「いいですか? これから絶対!いつも!必ず!ずっと!私の隣にいなさい」


……そして、強い言葉でそんなことを言われてしまった。

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