男女で海に行くとかいう現実には存在しないイベント・前


 室内に鳴り響く呼び鈴の音に僕は顔をしかめた。

 通販で何かを買った記憶はないし、僕の部屋を訪ねてくるようなクズ三人は既に部屋の中にいて我が物顔でくつろいでいる。実家には帰らなかったし、サークルの合宿以外でほとんど外出をしなかった僕だが、そのほとんどの間誰かしらが居着いている。夏休みも半ばを過ぎたというのに他に行くところはないのだろうか。

 他に候補と言えば七野ちゃんが八重さんの部屋を訪ねるついでに顔を出すことがあるぐらいだが、先日顔を出しに来たばかりなので、それよりも営業だとか宗教の勧誘だとかみたいな面倒くさいやつの可能性の方が高い。

 幸いこの部屋には玄関前にカメラが備え付けられているので、壁のモニターを確認して知り合いでなければ無視を決め込めばいいだけだ。

 それでも読書の邪魔をされた不愉快さは甘受せねばならないのだけれど。

 渋々文庫本から視線を外して壁に備え付けられたモニターを確認した僕は、玄関に立つ人物を確認して目を見開いた。

 そこにいたのは、九子ひさこさんだった。

 珍しいことである。

 九子さんが僕に用事がある時や仕事を言いつける時は電話かLINEを送ってくるかなので、わざわざ部屋を訪問してくることもこれまで一度も無かったのだが。

 中々応答しないことにいらだってか、顔をしかめてもう一度呼び鈴を押そうとしている九子さんを見て、僕は慌ててモニターのボタンに飛びつく。


『なんだいるんじゃないか。まったく、ちんたらしてないでさっさと出ないかい』


 中々に理不尽な言い分だと思うが、家主の機嫌を損ねても良いことはないので適当に愛想笑いで誤魔化しつつも、内心びくびくしながら用向きを問うた。

 別に家賃を滞納したりはしていないが、部屋が学生の溜まり場と化しているので階下から苦情が入ったということもあり得る。防音はしっかりしているが振動までカバーしているかはわからないし。

 まさか退去させられることはないと思うが、ペナルティとして家賃の値上げなんてことを持ち出される可能性もないではないだろう。


『あんたに用事なんて、仕事の話以外ないさね。ちょっと込み入った話だからわざわざ出向いてきたんだよ。いいからさっさと入れな』


 しかし、そんな懸念はあっさりと否定される。その代わりに別の懸念は発生してしまったようだが。込み入った、なんて単語が不穏すぎる……。

 残念ながら今後の家賃に関わる以上断るという選択肢は存在しないので、僕は渋々九子さんに了承の意を伝えてモニターを切ると背後を振り返った。

 部屋の中は今朝片付けたばかりなので礼を失することはないだろう。問題があるとすればあまりにもだらしない恰好でだらけているやから達がいることだけだ。

 まあ、こいつらもこれだけ部屋に居着いているのだから今のうちに顔合わせをさせておいた方が後々の面倒もなくなるだろう。

 会話を聞いていたらしい西園寺がベッドにごろ寝したままの姿勢で問うてくる。

 

「今のが噂の大家さんかい?」


 その通りだ。ただでさえ好き勝手しているんだから粗相の無いように。

 北条もアニメを消せ。後ベランダの東雲にも服を着るように伝えろ。


「はあい」


「了解だよ」


 北条がテレビを消し、西園寺が何事かとベランダから顔を出した東雲に声をかけるのを確認してゆっくりと玄関に向かう。扉を開けるのに時間をかけると九子さんに怒られるし、早すぎると半裸の東雲と鉢合わせることになって僕が気まずいという僕だけ損をする状況に理不尽さを感じる。

 フィーリングで早すぎず遅すぎず時間を調整しながら鍵を外し、九子さんを招き入れて部屋に戻る頃には上手いこと東雲も服を身につけていた。

 しょうもない事故を起こさずに済んだことに安堵する僕を他所に、九子さんは三人の顔をぐるりと見回しニヤリと笑った。


「ふうん。確かに綺麗どころを揃えているじゃないか。けしからんやつだよまったく」


 別に選んでこういうやつらが集まってるわけでもそもそも意図して集めたわけでもないので、九子さんの物言いは否定しておく。容姿云々は関係なくクズ同士が群れた結果がこれなのだ。


「いや、最初にボクと君が連み始めた一因は容姿にあるから関係なくはないんじゃないかな」


 そこ、余計なことを言わないように。


「さ、さ、大家さんこちらにどうぞ~」


「飲み物は何になさいますか?水出しコーヒーならすぐに出せますが……」


「コーヒーでかまわないよ」


 北条が気を利かせて九子さんに自分の座っていたソファを勧め、東雲が飲み物を準備する。一通り自己紹介を済ませて全員が席に着くと、九子さんがコーヒー片手に機嫌よさ気な様子で口を開く。


「中々気が利く子達じゃないか。ま、うちの七野には負けるだろうがね」


 いやそんなことでマウント取られましても……。

 しかし、わざわざ部屋まで来て説明するような込み入った仕事なんて、僕に何をやらせるつもりだろうか。力仕事だとかコミュ力が必要な仕事は不向きなので勘弁願いたいのだが。


「賃借人な上に被雇用者の癖にわがまま言ってんじゃないよ」


 どちらにも法律上の権利というものがあると思うのだが、ややこしくなりそうなので何も言わずに愛想笑いしておく。


「お前さんの事情は関係ないんだよ。どんな仕事でも必要なら問答無用で引っ張り込むんだから。用があるのはそっちのお嬢さん達さ」


 そう言って九子さんは話を聞いていたクズ三人を順繰りに見回した。


「ボクたちにですか?」


「そうさね。ああ、別に苦情だとかそういう話じゃあないよ。七野にもよくしてもらってるみたいだし、八重のやつも世話になってるみたいだしね。あんた達には、ちょっとバイトをお願いできないかと思ってね。もちろん報酬ははずむよ」


「ホントですか?やりますやります!」


 具体的にはこれぐらい、と九子さんがどこからともなく取り出した電卓を叩き示した数字に、金欠筆頭の北条が食いついた。

 せめて内容を聞いてから引き受けろと言いたい。まあ、九子さんの言うバイトなんてせいぜい八重さんのお世話だとか庭の草むしりだとかその程度だと思うが。


「そうかいそうかい。ありがたいねえ。そのバイトってのは、海の家の店員なんだがね……」


 思った以上にバイトしていた。

 今まで僕が引き受けた仕事は九子さんの手伝いの域を出ないものばかりで、こんながっつり仕事と言えるものを請け負ったことはなかったのだが……。


「旦那が死んで家業は畳んだけど、渡世の義理とかしがらみとか色々事情があるんだよこっちは。ここの沿線を下った先の海岸で、花火大会やってるだろう?うちは毎年その時だけ店開いてるのさ」


 いや、僕はこの辺の人間じゃないからそんなイベント今知ったのだが。それにしたって年一回一番のかき入れ時だけ店を出せるなんて都合がいい気もする。というか、それって要はテキ──。


「細かいことはいいだろう。詮索屋は長続きしないよ」


 なんでワードチョイスがいちいち不穏なんだ……。


「まあ大家さんからのお話なら信用してもいいんじゃないかな。私は花火大会の日の予定は空いてるので大丈夫ですよ」


「ボクも問題ないな。日頃からこの部屋に入り浸っている人間としては大家さんに恩返しができるならやぶさかじゃない」


「はいはいはいはい!あたし、前は居酒屋でバイトしてたんで接客できますよ!」


 三人の方は九子さんの依頼に前向きなようだ。接客業に著しく不安を抱えるやつがいるのが不安要素である。


「大丈夫だって!前は居酒屋だから酔っ払いに絡まれまくったけど、海の家ならそんなことにはならないだろうし」


 無駄に自信有り気だがまったく信用はできない。

 まあ、一日だけって話ならそう問題も起こらないだろう。僕はこの部屋でお前達の武運長久を願っているから頑張って稼いできてくれればいい。


「当然お前さんも来るんだよ。家賃上げられたいのかい?」


 はい。



     *



「あじぃ……、ぎもぢわるい……。私はもう無理だ。私に構わず先に行け……」


 いや、邪魔なんで退いていただけません?

 車の横に積まれた店に搬入する荷物を椅子がわりにして、燃え尽きたボクサーみたいになってる八重さんの姿にため息しか出ない。

 今回の仕事に僕と同じく強制参加させられている八重さんだが、車酔いで弱っているところに直射日光と搬入作業肉体労働のダブルパンチをくらい、使いものにならなくなっていた。

 せめて海の家側で力尽きて欲しかったところである。


「まったく、相変わらず使えない孫だね。ろくすっぽ家も出ずに引きこもってるからそんななまっちょろくなるんだよ」


「うるせえばばあ……。私は内勤だから外に出る必要はねえんだよ……」


 台車を転がして戻ってきた九子さんがへばる八重さんを見て容赦なく舌打ちする。

 八重さんも反論はするがその声に力はない。というか、VTuberって内勤と言っていいのだろうか。


「仕方がないね。この荷物を持っていって調理場に転がして起きな」


 八重さんを親指で指しながら僕に指示する九子さん。たしかに現状お荷物だが、自分の孫に容赦ない御仁だ。いや、容赦ないのは八重さんにだけか。

 僕は再びため息を吐くと荷物八重さんを立たせるべく彼女に手を差し伸べた。

 そのまま引っ張っていくつもりだったのだが、八重さんは僕の手を取らずに両手をまっすぐ伸ばした。

 ……どうやら自分で歩くことすら放棄して本当に荷物に徹するつもりらしい。

 三度目の大きなため息を吐いて僕は八重さんに背を向けて腰を落とす。


「いやあ悪いな」


 ちっとも悪いと思ってなさそうな口ぶりの八重さんはのしかかるように僕の背中に乗っかってくる。

 肩に手を置くなりしてバランスを取ってくれればいいのに力を抜いて身体を預けているので、バランスが悪いし背中にささやかな(当社比)膨らみを感じるしで非常にやりづらい。

 筋力の足りない僕には中々の重労働だ。幸いにして引きこもりの癖して八重さんは軽かったので無様に潰れる心配はなさそうである。


「まったく、馬鹿孫をすぐに甘やかしおってからに。今回は面白くなりそうだから許すけど、あんまりこいつに楽させようとするんじゃないよ」


 面白くなりそうとは……?まあ、いいか。

 ちょっとふらつきつつも駐車場から海岸に向けて移動する。

 のろのろと歩みを進めていると途中で車に戻る七野ちゃんとすれ違った。姉と違って七野ちゃんは体育会系なので、それなりに重い荷物を運搬していても平気な様子である。何だったら僕よりも数倍貢献しているだろう。

 余裕有り気な表情をしていた七野ちゃんだが、八重さんを背負った僕の姿を見て何故か愕然とした表情をする。


「なっ!?ば、バイトさん……?なんでお姉ちゃんをおんぶしているんですか?」


 嫌だな七野ちゃん、これはただの荷物だよ。

 そう言って僕は朗らかな微笑みの表情を作る。


「人を荷物呼ばわりとは良い度胸じゃねえかバイト君よお……」


 九子さんが荷物って言ってたから荷物なんですう、って首が絞まる絞まる……!

 背後からの回避不能なチョークスリーパーで僕の呼吸とか背中とかがなんというかもう色々と大変なことになる。


「ちょちょちょちょっと!?」


 背負った八重さんを落とすわけにはいかないので両手が使えず、無防備に攻め苦を受けるしかない僕を七野ちゃんが慌てて救出してくれる。


「もう!そんなことしてバイトさんが倒れたら危ないでしょ!」


 八重さんの腕を僕の首から引き剥がしてお説教をする七野ちゃん。しかし八重さんには効果が無かった。


「こんなもんじゃれ合いみたいなもんだって。バイト君だって渋い顔してるように見せて女体の感触に内心大喜びしてるさ」


 人の気持ちを勝手にねつ造しないでくれません?


「そ、そういうことじゃないでしょ!私は倒れたら怪我して危ないって言ってるの!バイトさんに甘えてないで自分で歩きなよ!」


「いやあ、車酔いはつれえし足はもうぱんぱんだしで一歩も動けないなあ」


「絶対嘘でしょそれ!」


 僕の突っ込みなんてさっくりスルーして言い合いを始める牛嶋姉妹。声を大にしているのは七野ちゃんだけで八重さんは明らかに揶揄っている風だけれども。

 とにかく、こうしている間にも僕の手が震えてきてるからさっさとこの荷物を放り込みに行っていいだろうか?


「だから荷物じゃねえっての。あんまり手荒に扱うと服の中に胃の中のもんぶちまけるぞ」


 それはマジで止めて頂きたい。


「はあ……。まったくもう、この後が大変なんだからお姉ちゃんも遊んでないで仕事してよね」


「遊んでないって。今はまだ力をためているだけさ。ばばあも今年はいつも以上に気合いが入ってるみたいだしな……」


 八重さんの言葉に僕は首を傾げる。九子さんの説明でも花火大会に合わせているということだから忙しくなるのは分かるが、今年だから気合いが入るという理由はよくわからない。去年まで使っていたという日雇いバイト枠を僕たちが埋めたというだけで、特に気合いを入れる要素があるとは思えないのだが。


「そりゃあお前、今の爛れた生活に慣れすぎってもんだぜ」


 爛れてない。


「まあいいさ。とにかく今日は人がわんさか集まるからな。めちゃくちゃ忙しくなるのを覚悟しておけよ」


 それぐらいは理解している。牛嶋家にどんな伝手があってこんな仕事をしているのかは恐ろしくて聞けないが、この日限りの屋台や海の家がいくつも出店するということだから客入りも相当なものになるだろう。九子さんもこうして食材や資材を大量に持ち込んで稼ぐ気満々のようだし。

 まあ、そうは言ってもなんだかんだ死ぬような目にはあわないだろう。ピークの昼時を過ぎれば余裕もできるはず。

 そんなことを気楽に考えつつ、僕は八重さんを背負いなおした。



     *



 結論から言えば、そんなことはまったくなかった。


「焼きそば三丁と、ビール二杯にコーラ一本だ!」


「こっちはビール三杯とフランクフルト六本、それとかき氷のブルーハワイだよ」


「あいよ!ほれ、イカ焼きと焼きそば二丁!飲み物はすぐ出させる!八重、ビール五杯とブルーハワイ追加だ!」


 西園寺と東雲が注文用紙をカウンターに置いて、代わりに出てきた料理をテーブルに持っていく。


「わあってるよ!くそっ、ビールも缶で出しゃよかったじゃねえか!」


 イカ焼きを網に乗せ、コーラ缶をアイスボックスから取り出しながらの九子さんのオーダーに、紙コップにビールを注ぎ始めていた八重さんがそう愚痴る。


「仕事中に汚い言葉遣いをするんじゃないよ!ビールなんて缶で出したら在庫が足りなくなるだろうが!コップ一杯で売るのが単価は一番なんだよ!」


 現金な話もいかがなものかと思う。

 僕は二人のやり取りを熱された鉄板の前で聞きながら、心の中でだけ突っ込む。今の九子さんにそんな事を直接言ったら殺されかねない。

 しかし暑い、いやこの場合熱いだろうか。屋根のある調理場にいながら、鉄板の熱にやられて僕は既に汗だくだ。

 今し方入った注文はまだ手がつけられない。その前に置かれた三枚の注文用紙を片付けなければ。 

 僕は傍らのザルからカットされた焼きそば用の野菜をひっ掴んでこれも鉄板の上に放る。ちらりと見るとザルの中の野菜はもうほとんど入っていない。

 後ろで無心になって野菜を切っている七野ちゃんに声をかけて野菜の追加をお願いする。鉄板の音がうるさくていつもより気持ち大きな声を出すが、七野ちゃんはそれ以上に大きな声で返事をしてザルを持っていった。

 なんていうかこう、銃弾飛び交う戦場の真っ只中にいる気分だ。

 実際似たような状況ではあるのだろうけれど。

 僕は鉄板の上の野菜が焦げつかないようヘラで返しながら視線だけで外の様子を伺う。

 今回開いた店は本日の花火大会に合わせて仮設された店舗のうちのひとつだ。

 店といっても所詮仮設なので調理スペースとテーブル席がいくつかしかない。基本的にはテイクアウトか、屋外というか砂浜に置かれた共用のテーブルで食べてもらう形である。

 提供する商品の種類も少なく、ありきたりで簡単なものばかりなので近くにある同じような臨時店舗と差別化できてないようなちゃちいお店だ。

 そんなだから、客入も他の店と分散しているはずなのに昼前からアホみたいに混雑していた。

 店内のテーブルだけでなく、店先の共用テーブルも終始満席。テイクアウト待ちの客も列を作っていて途切れる気配がない。

 ……どうやら僕は夏の海というものを過小評価していたらしい。

 こんな炎天下の中でわざわざ並んでまで割高な食事を求める人がこれ程いるとは。


「ばか言っちゃいけないよ。こんな忙しいのはうちの店だけさね。なにせ、うちの店は質が違うからね」


 質が?素人の作る焼きそばが主力の店でよくそこまで言えるものだ。


「だれが料理の質だって言ったよ。そんなもんはどこも大して変わらんさね。店員の質に決まってるだろう?」


 店員の?

 ……ああ、確かにまあ水着の女子大生が店員やってる店があれば、そこに人が集まるのはわからないでもない。実際やつらは衆目を集めているわけだし。

 僕の視線の先で、クズ三人が忙しそうに接客している。

 西園寺は黒の水着で腰にパレオを巻いている。麦わら帽子を被っているのは接客的にいかがなものかと思うが、九子さん的判断により許可されている。おそらく珍しく括られた長髪も水着も黒一色だからああいうのを被らないと熱で倒れかねないからだろう。

 東雲は白のシンプルなビキニ姿で露出は一番多い。しかしあれは最近よくベランダで引きこもる時に着ているやつなので新鮮味がない。まあスタイルが良いので見栄えがするのは間違いないが。

 そして一番注目を集めているのは間違いなく北条だ。頭の野球帽はいつも通りだがデカいサングラスを乗っけてちょっと夏らしくなっている(これは西園寺に便乗したただのファッションだ)。水着は黄色を基調とした花柄で胸元にフリルをあしらっているのだが、水着がはち切れんばかりになっていて注文をする客の目線が露骨に胸元に集中している。あれが動く度にゆさゆさと揺れるのだから仕方があるまい。

 人寄せとしては十分すぎるぐらいだとは思うが、わざわざ並ばなくとも他の店で注文してテーブルで眺めるようにするなりやりようはあるだろうに。

  

「お前さんホントに玉ついてんのかい?あれだけの上玉が接客してくれるんだから近くで見て話しかけたいに決まってるだろうが。なんでキャバクラなんて業態が成立してると思ってるのさ」


 ちゃんとついてるわ。

 ただ相手が身近過ぎてそういう発想が出てこなかっただけである。

 しかし、なるほどキャバクラ……。規模は段違いだがお金を払って女の子と話すという意味ではやってることは確かに変わらないかもしれない。

 僕からすればお金を払ってわざわざ他人と会話したがること自体が理解できないが。


「草食系ってやつかい?まったく近頃の若いもんときたら……。しかし、あたしの予想は大当たりだったねえ。八重も七野もちょっと色気には欠けるからこんな手は使えなかったんだが、これなら一日で例年の倍以上は稼げそうだ」


 調理の手は止めずに不気味な笑い声を上げながら金勘定をしている九子さん。何気に実の孫に対して容赦ない評価である。

 一応バックヤードにいる八重さんも七野ちゃんも水着は身につけてはいるのだ。

 八重さんも白く細身の身体にストライプ柄の水着が似合っているし、七野ちゃんのふりふりな水着も可愛らしい。

 ……だから、七野ちゃんも目のハイライトを復活させてもろて。


「……いいんです。お姉ちゃんを見てれば自分の将来にも諦めがつきますから」


「いや、私とは関係なく高三でその体型なら将来の成長はねえと思うぜ」


「………………」


 僕のフォローむなしくいじける七野ちゃんに、八重さんが容赦なくとどめを刺す。七野ちゃんの野菜を切る速度がぐーんと上昇した。

 ちなみに僕も九子さんも水着を着ているが、僕は何の変哲も無いトランクスタイプの水着にパーカーを羽織っているだけだし、九子さんに関してはあえて言及しないことにする。


「ま、そんなわけだからこの後はもっとしんどくなるよ。あんた達、きばりな!」


 九子さんが発破をかけてくるが、精神的ダメージを受けた七野ちゃんとこの後を想像して士気の落ちた僕と八重さんは気の抜けた返事しかできなかった。

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