『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷 夜宵

第1話

「やっ……やめてください! やめて、イヤァァァァァァ!!!」


 王立学園の中庭に、突如響き渡った叫び声──



 何事かと、校舎にいた生徒たちは窓から顔を出して中庭を見下ろす。そこには三人の男女がいた。声を上げたのは伯爵令嬢のシャーロット。そんな彼女に対峙しているのは侯爵令息のダニエル、そして男爵令嬢のエリィーナ。ダニエルはシャーロットの腕をつかみ上げて、身動き取れないようにしていた。



 次の瞬間、大きな爆発音が轟いた。



 音の発生源はシャーロットだった。しかし、そこにはもう、彼女の姿はなかった。

 彼女が立っていた場所には、真っ赤な血溜まりできていた。周囲には肉片が散らばり、ダニエルとエリィーナの足元を汚していた。ダニエルが掴んでいた色白の細い腕が、ぷらぷらと揺れている。


「う、うわぁぁぁぁ!!」

「きゃあぁぁぁぁ!!」

 ダニエルとエリィーナが叫ぶ。それに端を発したように生徒たちは悲鳴を上げ、混乱は学園中に広がった。






 ──『伯爵令嬢 爆死する』

 王立学園での騒動から数ヶ月後、大陸を股にかけるゴシップ誌の一面にセンセーショナルなタイトルが大々的に打ち出されていた。


『王立学園で発生した傷ましい事件について、新たな事実が判明した。

 事件の概要は次の通りである。昼の休憩時間に、学園の中庭から「やめてください」という叫び声が聞こえてきた。声を聞いた生徒たちが中庭に目をやると、伯爵令嬢であるシャーロット嬢が、婚約者である侯爵令息のダニエル氏に腕を掴まれていたという。そして気づいたときには、時すでに遅し、シャーロット嬢の身体はダニエル氏の魔術によって吹き飛ばされてしまったのだった。


 ダニエル氏はすぐに警備の者たちに取り押さえられ、令嬢殺害の容疑で逮捕された。ダニエル氏は殺害の容疑を否認。「彼女との婚約を解消しようとしただけだ」と証言している。しかし目撃者が多数存在していたこと、また現場には彼が懇意にしていた男爵令嬢のエリィーナ嬢が同席していたという証言があったことから、学園の生徒であり、自身も目撃者の一人であるという王太子の命令で徹底的な原因究明が行われた。

 その結果、シャーロット嬢が周囲から受けていた仕打ちが明らかとなった。


 被害者のシャーロット嬢の生家である伯爵家は、王国で一、二を争う魔術の名家であるが長女であるシャーロット嬢は生まれながらに魔力を有していなかった。そのため、伯爵家では落ちこぼれとして日常的に差別的な扱いを受けていたという。

 以前、伯爵家で働いていたメイドの話では、家族と食卓を囲むことは許されず、使用人たちの食事よりも酷いものを与えられていたそうだ。さらに同じ学園に通っている生徒の話では、二歳違いの妹は社交の場でいつも流行のドレスやアクセサリーを身に着けているのに対して、シャーロット嬢が着ていたのはいつもサイズの合わない流行遅れの服であった。貴族の間で行われるパーティーには連れて行ってもらえず、お茶会に招待されても着ていくものがなくて結局断るしかなかったという。


 婚約者であったダニエル氏との仲についても周囲から話を聞いてみた。侯爵家の令息であるダニエル氏との婚約は家同士のつながりを強めるための政略的なものであったそうだが、魔術の才能に恵まれたダニエル氏はシャーロット嬢をいつも見下していたという。「役立たず」や「お前と婚約なんてしたくなかった」などといった暴言を吐かれても、シャーロット嬢は反発することなく、婚約者として健気に務めようとしていたという話もある。

 だが、ダニエル氏はそんなシャーロット嬢を顧みることはなく、学園で出会った男爵令嬢のエリィーナ嬢と親密にしている姿が頻繁に目撃されていた。


 シャーロット嬢が日頃から受けていた仕打ち、そして現場の状況を照らし合わせてみると以下のような推測が成り立つ。

 ダニエル氏は懇意にしていたエリィーナ嬢と一緒になるために、中庭にシャーロット嬢を呼び出して婚約解消を持ちかけた。だが、それをシャーロット嬢は拒否した。ダニエル氏は力づくで婚約解消を受け入れさせようとして、令嬢の腕を掴んだ。それでも抵抗をするシャーロット嬢に逆上したのではないだろうか。

 ダニエル氏は頭に血がのぼりやすい性格で有名だったこともあり、勢い余って殺害に至ってしまったのではないかと学園内ではもっぱらの噂である。


 現在も捜査は続いているが、ダニエル氏の殺人もしくは過失致死容疑は揺るぎないものであり、エリィーナ嬢も共犯として取り調べを受けているという。また被害者の生家である伯爵家には虐待の容疑で強制捜査が入り、芋づる式に不正取引や脱税といった容疑が明らかになった。そのため伯爵家は近いうちに取り潰しになるのではないかと囁かれている』






 ゴシップ誌から顔をあげた私は、少し温くなった紅茶を飲んでホッと息を吐いた。

 ここは大陸でもっとも大きく力のある帝国の首都にある、小さな魔術具の店。私──シャーロットが店主を勤めている。路地裏の小さな店ではあるが、質の良い魔術具を扱っていると巷では噂になっていた。

 裕福とは言えないが、慎ましく暮らすには十分だった。そもそも、これまでの暮らしに比べれば、ここは私にとっての理想郷である。


 私の生家は、王国で一、二を争う魔術の名家であった。しかし、産まれたばかりの私は魔力を有してはおらず、落胆した両親は私のことを娘として認めようとはしなかった。二年後に生まれた妹は平均以上の魔力を持っていたため、両親から溺愛された。私は使用人以下の扱いを受けながらも、なんとか生きてきた。

 侯爵令息のダニエル様との婚約は十歳のときに結ばれた。魔力がないのなら、せめて家の役に立つくらいのことはしろと言われて結ばれた婚約だった。しかし、魔術の才能を持っていたダニエル様は私のことを見下し、いつも乱暴だった。


 それでも、必死で努力した。少しでもいいから私を受け入れてほしい。その一心だった。けれども、そんな願いはたやすく打ち砕かれた。

 学園に入学してしばらく経った頃に、ダニエル様がとある令嬢と親しくしているという噂を耳にした。ダニエル様とはクラスが違ったので、すぐに真偽を確かめることができなかった私は心ここにあらずだった。ダニエル様との婚約が駄目になってしまえば、私はただの役立たずになってしまうから。

 放課後、私はダニエル様のもとに向かった。そこで私は、ダニエル様と男爵令嬢のエリィーナ嬢が、中庭の休憩スペースで仲睦まじく身を寄せ合っている姿を見てしまったのである。二人の前に姿を見せるか否か植木の陰で迷っていると、二人は見つめ合い、そして唇を重ねたのだった。


 そこからのことは、よく覚えていない。頭の中が真っ白になり、どうやって帰宅したのかも判らなかった。そして、その日の夜、私は謎の高熱に襲われた。熱は一週間続き、物置部屋のような粗末な部屋で一人もがき苦しんだ。このまま死んでしまうのではないかとも思った。

 ところが、ようやく熱が引いて目を覚ますと、驚くべきことが起きていた。これまで感じたことのないくらいの膨大な魔力が、この身に満ちていたのである。あとから判ったことなのだが、私はどうやら後天的に魔力が発言する体質だったようだ。


 これで家族やダニエル様に認めてもらえる──という考えが頭に浮かんだ。しかし、いや待てよ、とすぐに思い直した。

 本当にそれでいいのだろうか。

 私に魔力があることが判ったら、両親はきっと私のことを伯爵家の一員として認めてくれるだろう。

 じゃあ、これまでの努力は? 魔力ですべてが報われるというのなら、これまでの私の努力は、一体なんだったというのだろうか。

 それに、今更認めてもらえたところで、過去に受けた仕打ちはなかったことにはならない。

 そう考えたら、腹の底にふつふつと煮えたぎる何かを感じた。



 結論から言うと、私は復讐することにした。

 いつ魔術が使えるようになってもいいようにと幼かったころの私は、淡い期待を抱きながら伯爵家にある魔術書をすべて読み込んでいた。その甲斐あって、私はすぐに様々な魔術を扱うことができた。平均以上の魔力を持ちながらも学ぶことを疎かにしていた妹なんて、もはや目じゃない。

 私は魔力があることを隠し、日常に戻った。私の変化に気づかない家族や婚約者たちは、相変わらず私のことを馬鹿にする。けれども、私は平気だった。これまでは役立たずで申し訳ないという思いでいっぱいだったのに、まるで立ち込めていた暗雲が消え去ったかのように晴れ晴れとした気分だった。


 私は家族や婚約者から受けている仕打ちを、周囲に認知されるように工作した。妹との扱いの差を見せつけ、ダニエル様とエリィーナ嬢との仲を周知させた。同時に、伯爵家の不正の証拠を集めた。然るべきときに公表される手筈も整えた。

 それから、今後のためにビジネスを始めた。代理人を通じて投資を行って資金を貯めて、帝国の首都の路地裏に店舗兼住居となる建物を買った。そして、そこで魔術具の店を開業。王国と帝国はそれなりに距離があったけど、瞬間移動魔術を使えばすぐなので気にはならない。家族や婚約者にバレることもない。


 そして、あの日、私は計画を実行に移した。

 私は、ダニエル様に呼び出されて学園の中庭に向かった。そこはダニエル様とエリィーナ嬢が逢瀬を繰り返していた場所だった。校舎の真ん中にあるが、静かで人目を避けることのできるスペースもあった。だが、やはり学園の中心地であることには変わりない。三階の窓の向こうには、王太子がいる生徒会室がある。

 ダニエル様とエリィーナ嬢が揃って私のことを待ち受けていたので、怯えたふりをしながら私は二人の前に立った。


「シャーロット、お前との婚約は解消させてもらう」

「……理由を聞かせていただいても?」

 私は物分かりの悪いふりをした。

「察しが悪いな。クズで能無しなお前なんかと婚約していることは、俺にとって屈辱でしかなかった。だが、俺には最愛の人ができた。俺はエリィーナと一緒になると決めたんだ」


 ふんと鼻を鳴らしながらダニエル様は言った。エリィーナ嬢もこれ見よがしにダニエル様と腕を絡ませる。

「そんな……ダニエル様との婚約は家同士で結ばれたものです。いきなり解消なんて言われても……」

「知るか、そんなこと! 婚約破棄にしなかっただけありがたいと思え!」


 ダニエル様は温情のつもりで言っているのだろうが、本来、婚約破棄を突きつけるべきはこちらのほうではないかと思う。もちろん、ダニエル様の有責で。婚約者である私を虐げて、浮気までしたのだから。

 まあ、私にも計画があったので、余計なことを言ってしまわないように口を閉じる。ダニエル様とエリィーナ嬢には、反論できなくて悔しそうに唇を噛んでいるようにしか見えないだろう。


「でも、やっぱり……そんな……」

 私は煮え切らない態度で食い下がろうとしてみる。すると、ダニエル様がイライラとつま先を鳴らした。彼は頭に血が上りやすい。以前の私はダニエル様を怒らせないように気を配っていたのだが、あえて神経を逆撫でするような態度を取った。


「いいから、さっさと婚約解消を受け入れるんだ!」

「そうよ。早く解消するって言いなさいよ」

 さっさとしなさい、とエリィーナ嬢も口を挟んでくる。

「せ、せめて両家で話し合うの場を設けてもらってから……」

「お前が一言、はいと言えば済むことだろ! 面倒をかけさせるな!」

 ダニエル様が私の腕を掴んだ。逃げられないようにして、婚約解消を認めさせるつもりなのだろう。だが、その瞬間を、私は待っていた。



「やっ……やめてください! やめて、イヤァァァァァァ!!!」


 私は悲鳴を上げた。

 その反応に、ダニエル様とエリィーナ嬢は一瞬ぽかんとした表情を見せる。私は間髪入れずに仕込んでいた魔術を発動させた。


 爆発音が響き渡り、私の身体──を精巧に模した人形が吹き飛ぶ。周囲に飛び散った肉片に、地面を濡らす血溜まり。

 ちょっと大袈裟かもしれないが、これくらいショッキングなほうが人々の印象に残るだろうし、密かに隠蔽されることもないだろう。罪のない目撃者の生徒が多少のトラウマを抱えることになるかもしれないが。

 ちなみにダニエル様に掴まれた腕はフェイクである。幻影魔術で私の腕を掴んだと思わせて、偽物の腕を掴ませておいた。私は縮小魔術でポケットに隠していた人形の呪文を解除し、それを爆発させた。そして瞬間移動で、離れた場所に移動して素早く身を隠す。私の身体の代わりに人形が吹き飛び、誰もが私の死を直感する。


 中庭のほうからダニエル様とエリィーナ嬢の叫び声が聞こえてくる。そして、だんだんと騒ぎが大きくなった。三階の窓から王太子殿下が顔を覗かせていた。警備の者たちが駆けつけてダニエル様を拘束する。

 それを見届けると、私は瞬間移動してこの国を出た。






「──シャーロット、そろそろ店を開けるよ」

 共同経営者のマルクルが声をかけてくる。

「判ったわ。すぐに行く」

 私は手にしていたゴシップ誌をテーブルの上に置いた。


 マルクルは伯爵家に出入りしていた魔術具職人の息子である。私にとっては三つ年上の幼馴染で、店を開くための資金を集めるために協力してくれた代理人でもあった。彼の職人としての腕は一流で、独立して魔術具の店を開くことを夢見ていて、そのための資金を貯めているところだった。

 彼は、私が唯一心を許せる人物だった。マルクルも、私のことを気にかけてくれていた。私は、彼に魔術具の店を開業しようという提案を持ちかけた。マルクルのおかげで魔術具に興味があったので、膨大な魔力を得た私と、確かな職人としての腕を持つ彼とならきっと上手くいく。それに家族と婚約者に復讐したあとの生活のためにもなる。


 開業に向けての準備をマルクルに任せ、私は復讐計画を進めた。そして実行に移した。

 マルクルは、あとから私の計画を知ってとても仰天していた。かなりの大事になっていたので驚くのは無理もないが、もし事前に計画を話していたら絶対に止めただろう。けど、私は後悔していない。むしろ清々しい気分だった。


「『伯爵令嬢 爆死する』だって? 過激過ぎやしないかい?」

 ゴシップ誌の表紙に書かれたタイトルを目にしたマルクルが眉をひそめる。

「そうかしら? おかげで事件は大陸中で有名になった。これで誰もが、伯爵令嬢シャーロットは死んだと思うでしょう。ゴシップ記事のタイトルはちょっとくらいショッキングなほうが丁度いい」

 私がそう言うと、彼は困ったように笑ってみせた。



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『伯爵令嬢 爆死する』 三木谷 夜宵 @yayoi-mikitani

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