第7話 財宝王と聖女

 俺とアイリスの周りは霧に包まれ二体の黒い人影が現れる。そして黒い人影は人としての姿をはっきりと見せた。それは男性と女性の二人組だった。


父様とうさま! 母様かあさま!」


 アイリスは二人組の男女に近づいていった。


 彼女の言葉を真に受けるならば、男の方は財宝王レノ・フォウゼル。女の方は聖女リゼ・フォウゼル。いずれも千年前の人物だ。そして、それはアイリスも同様だ。


「かっかっか! アイリス、俺達に触れようとしても触れらないからな。なんせカスみたいな魔力で留まっていて、存在があやふやで――」

「いきなり気を滅入る事を言わないで下さいませ。あの世に送りますよ」


 愉快そうに財宝王が笑うと聖女が容赦ない言葉を浴びせた。


「もう死んでるっての」


 腕組んで財宝王は言う。


「ずっと……ずっと二人が傍に居るのを感じていました……」


 アイリスは言葉を詰まらせながら一生懸命喋っていた。


「なに言ってんだ。例え俺達の存在が消え失せても、お前の心の中に居るつもりだからな」

「アイリス……私はあなたをずっと想っていますよ」

「……はい……」


 二人の言葉にアイリスは口を震わせた。


(なんつうか、部外者だな俺)


 と思っていると財宝王は俺に声を掛ける。


「まさか、本当にこのダンジョンをクリアしちまうとはな」

「聞きたい事があるんだけ……あるんですけど」


 敬語を使わな過ぎて危うく普段の口調で喋ってしまいそうになった。


「お前もう一々、言葉遣いなんか気にすんな」

「え?」

「俺がお前を見て気に入ったと言ったのを覚えてるか?」

「そういえば、そんな事を言ってたような」


 このダンジョンに入る前、まだ黒い人影のままだった財宝王に言われた言葉を思い出した。


『ほう、お前は自由が欲しいんだな……気に入った』


 彼はいきなり俺の本心を見破ったんだ。


「理由は知らないけどな、お前は自由を求めていた目をしてた。その姿がちょっと旅をする前の俺とダブってみえちまってな。だから、この封印されているダンジョンに誘導したんだ。このダンジョンをクリア出来れば誰よりも強い力を手に出来る。そしてお前は今、誰よりも強い力を手に入れた。何者にも縛られない今、言葉遣いなんか気にする必要は――」

「だからあなたは教育に悪いんです。いい加減にして下さいませ」

「いや、ちょっと喋らせてくれよ、こっから良い所なんだよ」


 再び聖女が財宝王の言葉を遮って発言した。なんていうか……仲いいな。


「あのっ、父様とうさま、アレクシオ様が聞きたい事があるみたいです」


 そういえばそうだった。ナイス、アイリス。


「なんだ?」

「ここって……試練の洞窟じゃないのか?」

「「「??」」」」


 三人は困った顔をしていた。俺の言った事が分からないらしい。


「俺、バルべディアって国の第一王子で一五の誕生日に帝位に就く為の試練として試練の洞窟っていうダンジョンに向かわされたんだけど……ここって試練の洞窟じゃないの?」


 三人は目を見開き、


「「「えええええ!」」」


 と驚愕していた。


 聖女は咳払いをして俺を見る。


「鈍いと言っていいのでしょうか……」

「いや鈍いだろ、どう考えても普通のダンジョンとは考えないだろ」


 聖女の言葉に財宝王は同意するが、


「で、でもアレクシオ様は初めてダンジョンに潜ったかもしれないのですよ。間違いは誰だってあります」


 何故かアイリスは俺をフォローしてくれた。なんて良い子なんだろう。


「アイリス大丈夫だ。試練の洞窟じゃないって事は分かった」


 と言って俺は腕を組み目瞑って上を見上げる。


「いやぁー、おかしいと思ったんだ。もう何年経ったか分からないけど、五年辺りで『ここは本当に試練の洞窟なのか?』って考えてたな」

「アレクシオ……だっけか、お前が入ってから一〇年経ってるぞ」


 財宝王は冷静に告げる。


「って事は……俺もう二五歳かよ」

「かっかっか! 気にするところそこか? お前が絶えず戦ってダンジョンをクリアできた理由がなんとなく分かってきたな」


 どうやら財宝王は俺の性格の事を言ってるらしい。


 とりあえず……現状は把握出来た。そういえば……


「このダンジョンに入った時、戦いで疲れて寝たら夢の中で女の声を出す黒い人影に出会って、その後目が覚めたら……傷も疲れも空腹感も無くなったんだけど、もしかして」

「私の仕業です」


 と聖女が答えた


「すげぇ……」

「ただ、命を賭して現世に残した魔力がほとんど無くりました」

「え!」


 開いた口が塞がらなかった。そもそもなんで命を賭けたんだ?


 次に財宝王が口を開く。 


「ちなみにお前の使ってた吸収短剣ドレインダガーアルムハイムは俺が生前使っていた固有魔道武具アーティファクトだ。その上、俺や仲間達が命を賭した結果、より強力な武器になった。創造神との戦いで実感しただろ」

「え!」


 衝撃の連続だ。そもそも何でそこまでやって、このダンジョンをクリアさせたんだろう。


「ここは一体なんなんだ……」

「ちょっと昔話に付き合わせる事になるがいいか?」

「ええ」


 どうやら財宝王が俺の疑問に答えてくれるらしい。


「千年前。俺達は破壊神を倒した。しかし奴は死の間際、リゼの腹に居るアイリスに死の呪いをかけた。慌てた俺はアイリスに破壊神の力を譲渡する事で呪いに対抗させようとした。その時の俺は吸収短剣ドレインダガーアルムハイムのおかげで破壊神の力を持っていたからな……」


 少し間空く。


「そして、何年か経って世界を脅かす敵がまた現れた……それが創造神だ」

「‼」


 俺は創造神アルカディオを思い出す。このダンジョンで最も強い敵だったが幾つもの命を賭ける事で強化されたという吸収短剣ドレインダガーアルムハイムで勝つ事ができた相手だ。


「創造神は俺達よりはるかに強い。破壊神の力さえあれば対抗出来てたかもしれないがその力を持つアイリスは一五歳、戦うには未熟だった」

「待ってくれ、なんで創造神は世界を脅かしたんだ? 生き物やこの世界を作り上げた神なんだろ?」

「神……破壊神も創造神もただ己の秩序の為に行動していたのです」


 今度は俺の疑問に聖女が答えた。


「秩序?」

「この世界は破壊と再生を繰り返していたのです。創造神が世界を生み出し、破壊神は世界を壊す。それも千年周期で」

「だから、破壊神は千年前現れたのか……」

「はい。しかし破壊神がいなくなった事に気付いた創造神は自らの手で生命奪い、世界を壊し始めたのです」

「……それとこのダンジョンがどう繋がるんだ……それにアイリスが千年前の人間とは思えない。今ここでちゃんと生きている」


 財宝王は言う。


「アイリスは破壊神の力を使って創造神ごと自分を封印したんだ。千年前本当に世界を救ったのはこの子だ」

「‼」


 俺はアイリスを見る。


「わたくしの力で世界を救えればなと……思ったのです」

「偉い!」

「えっ? ふふっ……アレクシオ様は愉快ですね」

「そうか?」


 俺が言った事が彼女的に少しツボに入った様だ。それに少し読めてきたぞ。ここに彼女と創造神が居た理由が。


「それでこんな地下深くにアイリスが居たのか」

「俺とリゼ、そして剣王トレッド、魔導士グリオンが地下深くに移動させた」

「このダンジョンを作る為か?」


 と言うと財宝王は深く頷く。大分、疑問が解けてきた……とりあえず、最後まで話を聞くか。俺は更に続く話に耳を傾けた。

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