第2話 試練の洞窟?

 窓越しに馬車の外を見ると既に城下町から離れ石畳の街道の上を移動しているのが分かった。眼前に広がる草原の中に宿場町があるのが見えた。


 しばらくぼっーと外を見ていると、妹のシンシアがじっとこっちを見ていたので反応してやるとしよう。


「どうした?」

「兄上はいつか出奔しないかと冷や冷やしてたものですから安心してるんです」

「お、俺がそ、そんな無責任な事をすると思うか?」


 声が少し上擦ってしまった。


「それもそうですね」

「ふっ、当然だろ」


 嘘です。今でも逃げ出したいわ。


義兄様おにいさまはずっと財宝王に憧れてましたからね!」


 と義妹のエミリが口を挟んだ。


 財宝王か……俺は財宝王――レノ・フォウゼルの伝説に憧れていた。実在しているか定かではない千年前のトレジャーハンターだ。彼の物語を記した『財宝王レノ』という本は平民の間で好まれていた。財宝王は平民の出でありながら勇者を差し置いて世界で破壊の限りを尽くした破壊神を討伐したという。ちなみに勇者というのは各国の王が認める英雄の事だ。だから、世界中の王族、貴族からすれば財宝王が勇者を差し置いて破壊神を討伐したという話は許されない。


 財宝王の得物は短剣で軽装的な鎧を身に纏っていたと言われてる。だから俺は短剣や軽い革鎧レザーアーマーを好んだ。俺は彼のように世界中のダンジョンを制覇してありとあらゆる固有魔道武具アーティファクトを集めたい。人間領最大の国で第一王子として生まれた俺からすれば財宝王の生き方は自由そのものだった。その上、彼は破壊神を倒している。だから、この世で一番自由という事はこの世で一番強いという事だと思っている。


 そうこうしている間に石畳の街道から土で固めただけの街道に移動していた。試練の洞窟に近づいて来た証拠だ。


 シンシアが言う。


「私は財宝王の話は眉唾ものと考えている」

「エミリは信じますわ!」


 おっ、エミリが対抗しだしたぞ。いいぞ! やれやれ! 財宝王は居るんだぞ!


「駄目だぞ、エミリ。そんな考え方してたら社交界で疎まれるぞ」

「別にいいですわ! 義兄様おにいさまがいればいいんですわ!」

「兄上の役に立ちたいなら、もっと周囲の目を使うべきだ」


 硬派なシンシアと直情的なエミリはたまに意見がぶつかるが仲が悪いという訳ではない本音が言い合える仲だ。というかこの子ら、たまに一緒のベッドで寝ているしな。


 俺は馬車が止まったのに気付き、呟いた。


「着いたか」


 馬車を降りると目の前には森が広がっていた。


(確か一キロ手前で降ろされるって言ってたから、この森の中に試練の洞窟があるということか)


 俺は「はぁ~」と溜息をついた、試練の洞窟が探索しがいのあるダンジョンなら楽しみだったかもしれないけど、中は宝もなにもなく低級モンスターが徘徊しているだけと聞いたので好奇心旺盛な俺でも食指が動かない。


 騎士団長カリアが俺に近づいて来た。


「殿下、ここからはお一人です」

「分かっているよ」

「なので、追跡魔法をかけます」

「どうぞどうぞ」

「直ぐに終わると思うが無事に帰って来るんだぞ」


 カリアは最後に社交辞令的な言葉遣いを止めて言った。


 そして俺は近づいて来た騎士に剣を媒介として《追跡魔法/チェイサー》をかけられた。


「それじゃあ、行ってくる!」


 歩き出して後方に居る皆に向かって手を振る!


「兄上! 御武運を!」 

義兄様おにいさま! 頑張ってください!」


 妹達が言うと、着いて来た騎士達も口を開く。


「王子! 泣くなよ!」

「どうやったら妹に好かれるか教えてくれ!」

「俺! 結婚できないまま三十歳になったよ!」


 知るかよ。最後にカリアが口を開く。


「殿下、森に入ったら真っすぐ歩いてください! そして二股の道でみぎ――――」


 急に鼻が痒くなった。花粉症かな? あ、やば


「ハクションッッ! うぇい!」


 盛大にくしゃみしてしまった上に、意味もなく「うぇい」って言ってしまった。


「殿下聞いてるのですか!」

「聞いてる聞いてる」


 カリアの問いにとりあえず答えた。


 真っすぐ行けばいいんだろ。真っすぐ。


 俺は森の中に入る、木々の密度が高く奥が見えない。森の中は、一本道が続いていた。王家が保有している土地で整備されているのだから危険はなく、散歩同然だった。


 しばらく歩いていると二股の道が表れた。


「これはどいう事だ。カリアは確か真っすぐ歩けって……」


 その時、俺に電流走る!


 俺は気づいた。試されているという事に、いずれ帝王になってしまう俺からすればカリアは臣下の一人だ。とすれば自ずと答えは出てくる。


 あれだろ。王たるもの臣下を信じるべきっ! という事だろう。臣下と言えども時には疑う必要もあるがカリアはこの国の忠臣だ。なら、その忠誠心、俺は答えてやろうではないか!


 俺は二股の道のど真ん中を通った。つまり木々の間に突っ込んだのだ。つまらない試練だと思ったが中々、楽しませてくれるな! 俺わくわくしてきたぞ!


 木々の枝が邪魔だった。俺は『覇道を阻止する者は己の手で打つべし』という何時の日か帝王学で習った言葉に従って長剣ロングソードで道を阻害する枝を切って進んだ。


 なるほどな! こうやって太刀筋を良くしろという事だな。


 切って! 切って! 切りまくる! なんせ、木の密度が高いのだから。しかし不自然だった。何故ならとうに一キロは歩いているからだ。


「中々、着かないな……くっ、これも試練か。人の言葉を鵜呑みにするなという!」


 なんて事だ。まさか試練に謀略の要素が入ってるなんて。これが超帝国バルべディアの教育か!


 しばらく俺は歩いた。三キロは歩いたと思う。すると霧が発生した。


「なんだこれは……」


 そして霧は目の前が見えなくなるほど濃くなった。さすがの俺も動けなかった。周囲が見えないという不安は焦燥感を掻き立てた。


「くっ! 俺の心の強さまで試してくるのかこれは!」


 すると目の前に黒い人影がふっと現れた。


「何者だ!」


 声を出して警戒し構えた。


『この先を進むのか?』

「まぁ、そうだけど」

『……顔を良く見せろ』

「え?」


 私は黒い影の頭部と思われる部分を見た。相手の背格好は一八五センチあった。


 黒い影は言う。


『ほう、お前は自由が欲しいんだな……気に入った』

「⁉ なんでそれを!」


 まっまずい。ここは王家保有の土地だ。ならこの影も試練の一つで王家の関係者に違いない! 俺の本心が皆にばれてしまう! あわわわわ!


『……この先は地獄だ。それでも進むならしちまうけど、まぁ逃げたかったらいつでも逃げろよ』


 と言って黒い影が消えると霧も次第に消えていき、視界が明るくなる。


 すると、目の前には木漏れ日が差し込む立派な遺跡があり、遺跡は青みがかかった灰色の石で出来ていた。


 あれが試練の洞窟? 洞窟のどの字もないぞ!


 遺跡には天井がなく下へと続く階段があった。俺が階段を降り始めると、何故か遺跡内部が明るくなった。魔法の類だろうか?


「……ん?」


 階段を降り終えたら大きな門とその前にある台に短剣が刺さっている……短剣だと! 俺は短剣を好む。なのですぐさま短剣を引き抜いた。躊躇なく。


「なんだこれ⁉ 城の宝物庫でもこんなのないぞ!」


 短剣は柄も刀身も赤く輝いていた。更に刀身は片刃で柄より三倍分厚かった。俺は短剣に見惚れいると先程現れた黒い人影の声が脳内に響く。


『それは吸収短剣ドレインダガーアルムハイム。敵の力を奪う固有魔道武具アーティファクトだ』


 固有魔道武具アーティファクトだと! それって……この世の唯一無二の短剣って事じゃないか!


「なんでこんなものがここにあるんだ!」


 俺の声が遺跡内で響くが返事は無かった。


 おかしい本当にここは試練の洞窟なのか……? 待てよ良く考えろ。俺は財宝王に憧れていた事は妹や弟らが知っている。とすればだ、その話が外部に漏れたという事を考えれば、答えは自ずと出てくる!


 帝位につく俺に最後の思い出作りとして、俺好みの世界観に設定してくれたんだ。この短剣も固有魔道武具アーティファクトという設定だな!


 納得した俺は大きな門の前に立つと横の壁に文字が彫られているのに気付いた。


「……アイリスラビリンス?」


 と書いてあった。


 試練の洞窟じゃ味気ないからダンジョンの名前をかえたのかな? そこまで細かい設定にしてくれるとは面白くなってきたぞ。


 門の扉は独りでに石を引きずる音を立ててゆっくりと開いた。


 そして、俺は意を決してダンジョンに突入した。ダンジョンを制覇するのに十年もかかってしまう上に世界最強と言っても過言ではない数多の力を手にした存在になる事を知らずに。

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