まだ白い紫陽花
西しまこ
第1話
窓から雨を見る。
激しく雨が降っている。庭の紫陽花にも雨が強く降り注いでいる。まだ色がついていない白い紫陽花は何かに耐えているかのように、下を向いてじっとしている。
紫陽花は母さんが大切にしている花だ。庭の一辺は紫陽花がきれいに植わっていて、梅雨時になるとその愛らしい様子にほっとしたものだった。
でも、いまは。
僕は、ますます激しくなる雨音の中、夕方なのに既に暗く漆黒の闇であるかのような庭に白く浮かぶ紫陽花をじっと見て、何かものすごくこわいものが、こころにじわじわと忍び込んでくるように感じていた。
紫陽花が見ている。
目が合ったように感じて、僕はカーテンを閉めた。
「充、ごはんよ」下から母の声が聞こえる。
よかった。母さんは元気そうだ。声がとても明るい。
僕はほっとして階段を下りて、リビングに行った。
リビングの、あの一角にどうしても目が行く。
そこは片付けられていて、何の痕跡もない。でもどうしてもどうしても見ずにはいられない。あいつがあそこに倒れていた。血まみれになって。母さんがあいつに包丁を何度も突き刺していた。母さんも血まみれだった。髪は乱れて、腕にはぶたれた痕があって、しかも服装が乱れていて、ブラウスの前が全部開いていた。白いブラウスは赤くまだらに染みがついていた。母さんの顔にも胸にも飛び散った血がついていた。顔は涙と血でぐちゃぐちゃだった。衝撃的な光景だった。動かなくなったあいつは信じられないというような目をしていた。でも自業自得だ。あいつが母さんに殺されたことは少しもかわいそうではない。むしろ当然だと思っている。僕もずっとあいつが死ねばいいと思っていたから。僕は小さいころからずっとあいつに暴力を振るわれてきた。特に勉強が出来ないと「それでも俺の息子か! 俺の息子なら出来るはずだ!」と殴られた。テストは、百点以外は許されなかった。僕の点数が悪いと、母さんに矛先が向いた。「お前、浮気して、こいつを妊娠したのか!」と。だから僕は必死になって勉強した。そして、中学生になり成績も安定して、さらに身長が伸びると父さんの暴力は母さんだけに向けられていた。僕は、塾で帰宅が遅くなる日、いつも心配だった。早く帰った父さんが母さんに何をするのか、と。しかし塾に行かないわけにはいかなかった。上位の成績でないと、父さんの母さんへの暴力が酷くなるし、父さんの指定した高校に合格もしなくてはならなかった。母さんを守るためにも。
本当は、ずっと僕が父さんを殺そうと思っていた。
どうしたら、バレないように殺せるか、ずっとずっと考えていた。
……殺意は伝染するのだろうか? まさか、母さんが父さんを殺すとは思ってもみなかった。殺すのは僕のはずだった。
母さんと二人で食事をとる。
どうか。どうか、この平和な暮らしが続きますように。
紫陽花が白くぼんやり浮かんでいた。
僕はリビングのカーテンを閉めた。
了
一話完結です。
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まだ白い紫陽花 西しまこ @nishi-shima
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