第19話 名前
名前
名前には意味がある。その物、その者がどんな存在なのか明確に定めてくれるものだ。
人間は名前を着けることによってさまざまな現象や概念などの目に見えないものから、目の前にいる人やたった今手に持っている物に至るまで、すべての物を認識する力を得たのだ。
名前を付けられたことによって存在を維持できる。認識されることによって存在を確定している。それはすべてのものに普遍的に通じるものだ。
何故なら、存在する意味を与えられているからだ。物質の世界において名前は必須なのだろう。
しかし、名前など知らなくても生きていけることも確か。自分の名を知らずに生きる赤子が存在できているのはそれの証明だ。
名前は自分がこの世界に存在しているという意味づけをしてくれてはいるが、いささかエゴというものが絡みついてくるようだ。
自分の名前がかすかに聞こえた。自分のことを誰かが話しているのかもしれない。周りから自分のことを何も言われない。自分って他人からすればどうでもいい存在なのだとエゴが騒ぎ立てる。
名前は二面的だ。常に我々の人生に沢山の彩(いろどり)をくれる。
存在を、エゴを確かなものにしてくれる。
エゴも邪魔者ではあるが自分なのだ。あまり敏感に反応してはいけない。
エゴ無き人間は、それは『個人』ではないのだろう。
問題なのは名前というレッテルからエゴとどうやって向かい合っていくかである。
エゴの声がうるさい場合か?例えば、『モテる』というのもまた現象を認識するために物質世界に換言された名前であろう。モテるならば結構、その波に乗り続ければいい。しかし万が一、モテないという状態に自分が沼ってしまったならばどうだろうか。
『自分はモテない』という状態を自分自身で考え、その思考をキープさせてはいないだろうか。
それでは人生がつまらないというもの、自分が今置かれている現象から名前をすててしまえばいい。自分が今いるその世界から名前をうばってしまえばいい。
若しくは、別の名前に上書きしてしまうのもいいかもしれない。
『自分はモテない』から『自分のペースで人生楽しむ自分』みたいに。
まあ勿論、名前を上書きする時はポジティブに自分がプラスの感情を抱けるようなものの方がいいだろうな。
よし、俺もモテるためにやってみるとするか!
・・・・・・あれ?この時点で既にエゴの餌になっているような?
うん、難しいことはやめだ、やめ!とりあえず自分も楽しく、周りも楽しくいることができれば俺はいいかな!
俺が作った空間がエネルギー切れ間近で維持できなくなり、ふっと消えていった。
俺はその光と共に変化を解くことができた。
周りの森は焼けた跡や獣が上陸したときの余波による地割れや森林が倒れた跡がある者の人への被害は免れたようだ。
・・・・・・我ながらよくやったものだ。誰も死者もけが人も出さずに倒したのだから。
まあ、獣の出現した場所が住宅街や町の中じゃなかったことが唯一の救いだろうか。
そうでなければ被害は拡大していたし、それに俺の正体も知られていただろうからな。
「アルトー!」
五代と飛月が駆け寄ってくる。
「とうとうやったな!アルト!」
五代が俺の肩をポンとたたいてニッと微笑む。
「アルト、戦ってた時の記憶の方は?」
「ああ、あるぜ。ちゃんとな。余裕、余裕」
「そうか、ならいいが・・・・・・」
飛月が心配そうな口調だ。
俺が前に獣にやられたときにヘリまで率先して運んでくれたんだもんな。
15歳ってまだチヨと同じ歳なのに戦場へ行って。
本来なら学校で友達とかとよろしくやっている時期なのに。
「なんだ、飛月。心配してくれているのか?ありがとな」
「あ、ああ」
少しこもった声で返事をする飛月。なんか含みがありそうだったが今はそんなことは気にしなくていいか。
「じゃあ帰ろうぜ。なんかもう疲れたのかすげー眠くてさ」
「そうだな、龍治達もアルトの帰りを待っているだろうからな」
俺たちはヘリに乗って現場を後にした。
空は先ほどの暗闇も何故か出てきた夕日もなく、満天の青空が広がっていたのだった。
21時
どのぐらい寝ていたのだろうか。もうすっかり暗くなっている。
そしていつもの天井である。
・・・・・・あれ、ヘリに乗ってから全く記憶にないぞ。
何回俺は此処で目が覚めればいいのだろうか。
21時過ぎか。かなり寝ていたな。
やっぱりギリギリまで頑張りすぎたか。
やっぱり物事は適度にやるに越したことはないな。
命がけの戦いに適度もクソもあったものではないけれど、俺一人の負担で他の人の命が助けられるならそれに越したことはない。
・・・・・・俺は変化したときに左腕も金色に変わっていたことを思い出して、左腕を布団の中で握ってみた。
「・・・・・・」
ふと怖くなってしまった。人の体で徐々に無くなっていくことに。
回復が早かったりしてとても便利ではある。
怪我の治りが痛いと生活に支障が出るからなのだが、さすがに20年も付き添ってきた肉体の変化に若干精神がついていけてないようだ。
そう言えば、以前旦那が強化人間のことを言っていたな。
俺はコード:ファーストが活動していた時代はまだ昔の名前を持ちながら平和に暮らしていた。
コード:ファーストも強化人間という奴らも、自分の体が人で無くなっていくことをどう思っていたのだろうか。
肉体の消失は物質世界における死であるが、人をやめることは果たして人としての死になるのだろうか。
人としての死を迎えたと定義するならば、俺は化物たちと同じなのだろうか。
・・・・・・うん!考えるのはやめだ!
考えてもしょうがないことを今は考えない!
それよりも今日は勝ったのだ!
うん、これこそ人類の大きな第一歩!
なんちゃって。
なんて一人で思っていると救護室の扉が開いて、チヨが顔を出した。
俺を人と証明してくれる人。そして俺の帰る場所だ。
「起きましたか、アルトさん」
「ああ、チヨ。今日は勉強進んだか?」
「はい!今日のやることは終わりました!もちろん、この後も少しだけでもやりますが」
「そっか、偉いな~チヨ」
俺はチヨの頭を右手で撫でる。
チヨの顔がとろけたような表情になる。
全くこの子は。
こんな状況なのに自分のやることをしっかりやっている。
チヨもまだ幼いのによくやっているもんだ。
どこかで俺のことを絶対心配してくれているのだろう。
俺がチヨの普段の生活を心配するように、チヨは俺の日々の過ごし方を思ってくれている。
お互いに思い合える家族はいいもんだ。
「お疲れ様、チヨ」
「はい、アルトさんも。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
ああ、君のそのお帰りなさいを聞くと帰ってきたと感じる。
頭を撫でた触感も、君の声も、君が俺を見つめるその視線も。
俺が無事に帰ってきた証明なんだ。
これがあるのなら、俺はずっと人間でいられる。
10月28日
17時過ぎ
「逢魔が時か」
ぼそっと旦那が言っているのを俺は聞き逃さなかった。
「なんだよ旦那、お馬が時って」
「文面で見ると感じ表記がおかしいぞ。逢魔が時だ」
俺たちは会議が終わりのんびり会議室のなかでみんな揃ってくつろいでいた。
昨日の今日なので、さすがに戦闘訓練は行わず、スケジュールは会議のみだった。
俺は飛月とゲームの攻略についてしゃべっていた時だった。
旦那が独り言を言っていたのは。
「今ちょうど、昨日のことを考えていてな。昨日アルトが空間を作ってこちら側に一切の被害を出さなかっただろう。その空間が作られてアルトが獣と戦っている最中、こちらの空は何故か少しだけ夕焼けになっていてな。昼間だったというのに」
「あれ?そうだったのか。俺が戦っていた空間の中も夕日になっていたぞ」
俺が作った空間とこちら側につながりがあるのだろうか。
「詳しいことはまだ俺にもわからない。コード:ファーストの時代にはこのような状態は確認できていない。ましてや本当に空間を作り出してしまうとは」
俺もまさか作れるとは思っていなかった。
本当にやけくそだった。
巨大化したときの記憶自体はすっぽりないが、全身に感覚が来た瞬間から完全に巨人になったときの記憶がある。
そこから会議室での会話を思い出して、作ろうと思ったら自然と作れたって感じだしな。
「それで思ったのだ。アルトの持っている金の力。まあ正しく言えば金龍のことだが、金龍は他の龍と違って太陽を司るとも言われている」
「太陽か。それとさっきの逢魔が時ってのは何が関係あるのか?」
「ああ、獣が現れる時はいつも暗闇に包まれて太陽光が地上に指さなくなるだろう。この状況はもしかしたら、金龍の力を弱めてアルトの弱体化を図っているものなのではないだろうかと思ってな。そしてアルトは適合率を上げて空間を作り上げた。
金龍は太陽のシンボルだ。本来なら太陽が指すはずだったが、獣の闇、つまり夜とアルトの光である太陽が相殺され夕日になったのではないだろうか」
「相殺ってのはわかるけど、なんだって夕日なんだろうな。やっぱり空が明るいと朝とか昼で暗いときは夜で、その境目が夕方ってわけかな」
「わからん、だがその説はありえそうだ。それに獣の狙いはそれだけではない。きっとその暗闇がないと獣はこちら側に来れないんだ」
「そうか!やつらもわけのわからない空間から来るもんな。地上に上陸する前には辺りは真っ暗だし。それで逢魔が時ってのは何ぞや?」
「逢魔が時というのは昔の時代に魔が現れ、災難が降り注ぐ時と言われていた時間のことだ。今でいうだいたい18時ぐらいのことを指している」
ふ、不吉すぎるだろ!
俺が闇を相殺したとしてもそれじゃあまだやつらの空間みたいじゃないか!?
「あまりいい言葉ではないのでな。やはり空間を作ることは物質を作ることと定義は等しい。どちらも物質空間で存在が確立されているものだからな。逢魔が時と状況がかぶってしまう以上、こちら側に何か災いが降り注いでくる可能性がある。そこでだ、アルト。そのアルトが作った空間に名前をつけよう!」
「ん、名前だぁ!?」
「ああ、名前があってこそ物質としての確立が確定される。我々が名前を以て個人を作り上げるように、道具に名前を与えることによってその働きを我々に認識させるようにな。
その空間にも名前を与えなければ、夕方として、さらに悪く言えば魔の時間である逢魔が時の定義が俺たちを悪い方向にもっていってしまうかもしれないからな。というわけで名前を付けよう」
そんな意味があったとはな。
「わかったよ旦那。じゃあ決めてみますか」
うーん、でもなんとしたもんかな・・・・・・
「いい歳した俺たちがカッコイイ名前とか考えられるのか?」
「わからないよな、旦那。じゃあ飛月、頼んだわ」
俺は旦那の発言に便乗する形で名前を考えることを飛月に投げた。
だって正直考えるのなんか恥ずかしいし。
技名叫んで戦ったりするのって、漫画とかアニメの特権じゃん?それをリアルでやるのはちょっと。
俺も確かに少年心を忘れられない思春期が終わらない成人だよ。でも技名行ったりするのは恥ずかしくて死ねる。
ここは中学二年生に一番近い彼に考えてもらうのが妥当だ。
「え?俺かよ。なんだったっけ。逢魔が時。魔と逢う時間。魔を獣としてアルトがそれを倒すための空間を作る。だとするならば、魔を祓う。時間と表裏一体な空間とあわせて『魔祓之空間(まばらいのくうかん)』なんてどうだ?」
・・・・・・
「え?なんか言ってよ。シンプルに恥ずいんだけど。お願いなんか言って」
は?シンプルにいいんだが。
「めっちゃいいじゃん飛月!正直気に入ったぞ!」
「ほ、本当か?ならいいんだが。」
「魔を祓うか。アルトがしていることは実質災厄を消しているようなものだからな。それが一番いい名前だ」
旦那も納得する名前のようだ。
「じゃあ決まりだな!みんなに伝えてくるぜ!飛月がかっこいい名前つけたってな!」
俺ははりきってみんなに伝えようとする。
勿論、いやがらせだ。
「やめろ!年下で遊ぶな!」
ばれてしまった。
なんか、あいつらとの会話を少し思い出すな。
周りの人たちはみんな俺たちの会話を聞いて笑っている。
飛月が恥ずかしいのか、机に顔を伏せてしまった。
だがそんな中、俺は一人ある仲間がいないことに気づいた。
「あれ?旦那。そういえば五代はどこに行ったんだ?あいつが会議をすっぽかすわけもないし、具合でも悪くしたのか?」
俺が旦那にそう聞くと、少しだけ悲しそうな顔をする。
「アルト、飛月。聞いてくれ。五代はな。ここを去ることになったんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます