第15話 陰謀

陰謀 


世界には隠されているものが多い。時に真実を、時には虚構を孕む人々の噂は絶えることを知らない。

人々はそれを陰謀という。

陰謀、陰謀論、陰謀説。それらは時にネタに、時には問題となり我々の耳の中に入ってくる。

人々はそれに流され、踊らされる。その話を信じている人も、違うと主張している人もその情報を発した人たちの掌の上にいることに気づかない。


一番いいのは情報を切り捨ててしまうことだろうが、それでは極端。自分の狭い視野に閉じ込められてしまう。

ならばどうすればいいだろうか。それは頭の中に思い浮かんだエゴの声に心も体も反応しないことだ。

エゴの声がでかい。まるで声こそ自分であると主張するように。不安を煽り、気持ちを駆り立て、戦いに身を投じさせる。それによってエゴは大きくなり、人の心を食らいさらに大きくなる。

エゴの声が聞こえてきたら、「ああ、聞こえてきたな」程度に収めてとっとと別の楽しいことをやった方が人生楽しくていいものだ。

まあ、こんなことを思っている俺自身、感情的になってしまうこともあるけどね・・・・・・


10月15日

オイッス!俺アルト!

いや~、今は平和ですね~。全く、気楽なもんですよ。

ここ一か月ぐらいは紫の反応も無くて本格的な戦闘が全くないのだから。

俺は9月5日で自分の中にある不変を知ることができた。

その不変は他人から見れば些細な事かもしれない。


だけど自分を構成するもの、俺でいえばチヨが教えてくれた優しさとかそういったものを肯定してもらったり、理解してくれる人がいるととても生きていて気持ちが楽になることが分かったのだ。

まあ、だからと言って訓練をさぼったりするわけではもちろんない。

楽というものにも捉え方の違いがあるから、そこら辺を自分でもはき違えないようにしないといけないよな。


「おい、アルト。何をボケーっと考え事しているんだ?」


「ん?いやー。平和っていいなって」


「一か月襲撃がないからって平和になったわけじゃないぞ!気を抜かない方がいい!」


「はいはい、まずはその手を止めてからものを言おうな」

まじめな事を言っている飛月だが、手にはゲーム機が握られているのだ。彼も彼で気を休ませているようだ。


時刻は15時を迎える。

訓練を一通り終え、俺は飛月の部屋でのんびりしていた。

8月以降、飛月のやつは俺の貸したゲームにドはまりしている。

それも、訓練や食事、睡眠の時以外はゲームに時間を費やすほどに。


「最近、ちゃんと寝れているのか?」


「まあ、ほどほどには。寝ないと万が一の時に役に立たなくなるから」

目線をゲームのスクリーンから話すことなく飛月は答える。


「まあ、そうだよな」

俺も寝っ転がりながら答える。

・・・・・・

しばらく沈黙が続き、しばらくすると飛月の方から大きく長い溜息が聞こえてくる。


「また、落ちなかったのか?」


「ああ、なんだよ、このゲーム。もう10回はクエストに行ってるのに全然ドロップしないんだよ!」

うなだれる飛月。

今、飛月がやっているゲームは15年ほど前から流行り出したゲームで、モンスターを討伐してその報酬で強い装備をもらって、さらに強いモンスターを討伐するというゲームだ。


「今どのクエスト行ってるの?」

そう聞くと、黙って俺の目の前にゲーム機を置いた。


「ああ、これか。俺も武器作るのにすげー苦戦したな。懐かしい~。ドロップ率3%ぐらいだったっけか。ゲーム自体が古すぎてもう攻略サイトもなくなってるし、俺の持ってた攻略本は災害で燃えちまったからあやふやな記憶だけど」


「しれっと重たい話をするな。ただでさえゲームが難しいしドロップもしないのに、これ以上俺にストレスをかけるな」


「これ以上かけたらどうなる?」


「お前の目の前で吐いてやる」


「お前自分の部屋だぞ」


「アルトに掃除させるから別に構わない」

おおっとそれは勘弁だ。

これ以上のストレスをかけるのはやめておこう。

まあ、こちら側も意図的にではなく実際の出来事を話しているだけなんだけどね。


言葉は時に人を傷つけるものではあるが、自分にも被害が出るものならば言わないに越したことはない。

言葉とはとんだ諸刃の剣である。

他愛もない話をしながらくつろいだり遊んだり楽しくすることもできるが、けなしたり蔑んだりして心を荒ませることもできてしまう。

・・・・・・俺は村田夫妻のところで一緒に働いていた古き良き友達を思い出していた。

あいつら元気にしてるかな?


「・・・・・・!」

そんな中、寮内に警報音が響き渡る。相変わらず、心臓に悪い音だ。

実に一か月振りの戦闘だろうか。訓練こそしてはいるが、実践はどこか空気感や臨場感が違ってくるし、予想外な事も考慮しておかないといけない。

それと同時に頭で考えすぎると体が動かなくなるので、バランスが大事である。

過去のわずか2回の戦闘であるが、今月現れるであろう獣相手にどこまで通用するか。

日常を守るために!


「さて、行くぞ。飛月」


「ああ」

俺たちは静かに気持ちを切り替えながら部屋を出て、走って本部に向かった。



「素早い行動感謝するぞ」

本部に集まれる限りのスタッフが集まり、会議は旦那の一例から始まった。

周囲を見渡すと、やっぱり白衣の人たちばっかだ。

私服だったり、動きやすい服をしているのは戦闘員である俺と飛月、それに五代だけなのだ。

なんかやっぱり浮いてる感がすごい。


「早速なんだが、これを見てくれ」

俺は周囲を見るのをやめて、正面を見る。

本部作戦室の大画面のスクリーンに映されたのは、虫みたいなものだった。

どこかトンボのような細長い体をしていて、だが腕は6本ではなく二本であり、以前戦ったモグラに近い形をしていた。


「これは以前、俺が倒した獣を模したものだ。ラッパのような音と共に空間を突き破るように出現し、空を暗黒に染め、周りに災厄をばらまく。

これはあくまで科学技術班のみんなが俺の記憶を参考にして作ってくれた合成画像だ。アルトの見た夢の中では今月中のどこかでこれに近い獣がやってくると言われている。一応そのために見せておいた。そして、本題だ」

そう言って、スクリーンの画像が切り替わる。


「今回、紫の反応が出たのは前回とは全く別の方向だ。前回が東側だったのが今回は西へ50キロ時点での観測だ」

作戦室がざわつく。

そりゃそうだ。前回までの紫の反応は東側であり、すでに旦那によって顕現した獣が倒された後だった。

てっきり、俺やここにいる人たちは紫の反応というものは獣が倒される時に出てくる粉塵が活性化したものであり、それが人に伝染したり化物を生み出すものだと仮定していたからだ。

完全に仮定が覆された。

獣が現れていない地域での紫の反応、一体紫の力って何なんだ・・・・・・?


「おまけに住宅街、人がたくさんいる地域だ。紫陽花病が広がるのも時間の問題だ。それにこの一件で、政府は紫陽花病を一般のニュースに流すことを判断した。社会的な混乱は免れないだろう。ややこしいことになってきた」

政府が紫陽花病を公表だと!?とうとう大っぴらにするというのか、この事態を!


「なあ龍治」

五代が静かに手を挙げる。


「どうした五代?」


「気になったのだが、なぜ今のタイミングで公表することにしたのだろうか?以前の紫陽花病は港町での発生。それなりに有名な町だった。

なのに政府はこれをどうやったのか、この一か月近く隠し通した。隠蔽性のある政府が何故公表に踏み切ったのだろうかと私は考える。今議論すべきではないと思うが、きな臭さが漂っているように見えてしまってな」


今、恐らく誰もが紫の力の方に焦点を当てていた。

だが五代だけが俺たちと違った視点から状況を見ている。

確かに今はいち早く現場に行き、ジェル状になっているであろう人たちを浄化し、化物になったやつらを倒さなければいけない。

しかし、俺が普通に一般ピープルをやっていた時代からいろいろと言われていた政府がここにきて人々に恐怖を与えるようなニュースを流すのだろうか?


「今は確かにそのことは議論する時ではないが、この戦いが終わり次第その仮説を皆で立てるとしよう。ありがとう五代」

五代が静かに頷く。


「では各自、持ち場についてくれ!本作戦は前回と前々回と同様、紫陽花病の進行と化け物による人的被害の阻止である!では作戦を開始する!」


「「「了解!!!」」」


「ああ、戦闘部隊は少し待ってくれないか?」

俺たちはいつも通りにヘリポートに移動しようとしているところを旦那に止められた。


「どうしたんだ、旦那?」

旦那の額には冷や汗が流れている。


「俺の直感なのか、龍神の遣いとしてのものなのかはわからないが、今回の紫陽花病の件はどこか危機感を感じている。恐らく、やつが来るぞ」


「そうか、わかったよ。とうとう俺の本来の任務ってわけだな」


「ああ、それもあるのだが・・・・・・」

言葉に詰まる旦那。

だけど、時間がもうない。


「とりあえず、命を第一に。想定外のことが発生した場合はすぐに退去を。飛月、五代。アルトをサポートしてやってくれ」


「了解だよ、龍治」


「もとからそのつもりだ。俺の力じゃ太刀打ちできそうにないしな」

五代と飛月の言葉に反応して、旦那が力強く一度頷く。


「良し!行ってこい!撤退も十分に選択肢に残しておくように!」


「「「了解!!!」」」

俺たちは再びヘリがある地上行のエレベーターに向かって走り出した。


ヘリでとあるマンションの屋上に止めることができた。

あまり高くはないが、もちろんそのまま落ちたらただでは済まないので、いつも通り俺が金色の腕と胸の龍玉を出現させて三人で屋上から落下する。

五代は赤い玉を使って深紅の髪と黒い軍服のような姿に変化し、飛月は左手の黒い玉でなんか左腕が厳ついことに・・・・・・


「ってエエエエエ!!!!!」

俺の声にびっくりして飛月がビクッとする。

着地。

そして転んだ。俺が。見事に頭から落ちたな。

金の力纏っててよかった~。

これなしだったら絶対に落下死してた。


「ひ、飛月!お前さん、いつの間にそんなことできるようになってたんだよ!」

飛月が特別驚いた表情をすることなく自分の左腕を見つめる。


「ああ、これか?先月のモグラの戦いでアルトが張ってくれた膜みたいなやつあったじゃん。だけど、あのままアルトを一人で戦わせたらなんかヤバそうだなって思って左手で膜に触れたらなんか、腕がこうなってさ。膜の金色を黒で上書きしたようになって・・・・・・」


「そ、それで?」


「膜が壊れた」


「え!?マジで!?」

知らなかったんですけど!

え?俺の知らないうちに黒の力の一部が覚醒してなさってる!


「そうか、アルトは一週間ぐらい休みを取ってたからな。そのときの会議で龍治や私、他のスタッフには伝えていたぞ」

五代が思い出したかのように発言する。

そ・・・・・・そういえばそうだった。

俺は9月5日のあの一件以来、旦那が俺のメンタルを気にすることが多くなってしまった。

気遣ってくれて嬉しいのだが、まさかその翌日から一週間も休みをくれるとは。

その時はチヨに勉強を教えたり、チヨの頭を撫でたりして癒されてたわけで、とても有意義な一週間を送ることができた。


「でもさ・・・・・・言ってくれてもいいじゃん!俺だけ仲間外れな感じするじゃんか!」


「私のこと以前仲間外れにしたじゃないか!アルトの金色の話を知らなかったんだからな!」

五代が拗ねた顔をする。


「あ、あれは五代が気絶して眠っていたし、次の戦いまで時間がなかったからだろうが!」


「そ、それはそうだが!仲間外れはなんか寂しいし・・・・・・」


「なんだよ、お前さん。いい年して会話に入れなかったからって寂しくなっちゃうんですか?もしかして私だけ、省かれてる!とか思っちゃう感じのん人なんですか?」

俺はなんか面白くてからかってしまった。ついチヨをからかうような口調になってしまう。五代もどこかチヨに似た雰囲気があるようなないような・・・・・・


「な!そんなわけあるか!それにアルトだって仲間外れがどうこう言ってたではないか!やはり、チヨの言っていた通り寂しがり屋なんだな!」

五代が反撃と言わんばかりにニヤついた顔をしながら俺に言う。


「チヨだと!アイツ帰ったら思いっきり恥ずかしい目に合わせてやろう!」

覚えてろよチヨ!帰ったら全身くまなくくすぐりまくってやる!


「おい、いい加減に行かないか?こんなバカな会話をしている時にも感染者は広がっていっているかもしれない」


「・・・・・・ああ、そうだな」


「・・・・・・すまない、飛月」

俺と五代のストッパーをしてくれた。

やはり最年少のこいつが一番しっかりしている。

だが・・・・・・


「そういえば、こんな感じの話題の中で飛月だけ仲間外れになってなくね?」


「そういえばそうだな」

俺と五代は目を合わせ、一気に走り出した。


「ああ、待て!年上ども!年下をいじめるな!」

そういいながら、飛月も全力で追いかけてきた。


現場はかなり悲惨な状況だった。

建物の崩壊やものが壊れたりこそしてはいないが、紫の霧の濃さが前回の森と同じぐらいの濃さになっている。

あれは山の森林の中だったからよかったものの、今回は・・・・・・


「現地に到着。状況を伝える」

五代が通信機で本部と連絡を交わす


『無事に繋がりましたね。ミス・五代。状況を教えてもらえますか?』

通信に出たのは旦那ではなく長倉さんだった。


「町の中の霧が以前の森の中と同レベル。若しくはそれ以上の濃さだ」


『体に異変などは起きていませんか?』


「ああ、全員今のところ問題はない。だが、これでは・・・・・・」


『・・・・・・住民の安否は確認できる状態ではありませんね。こちらも、ミスター・アルトの力でコーティングされたドローンを使って状況を確認しました。この濃度では、生存者がいるかどうかもわかりませんね・・・・・・』


ドローンが敵の攻撃や霧の影響で壊れたりしないように金の膜のようなものに入ったドローンが空中でライブ配信をしているため、あちらにも現状は伝わっているが、旦那が実際に現場にいる人間からの視点も確認しておきたいということで、こちらの見た感じの雰囲気も伝えるようにしている。


「そういえば、龍治はどうしたんだ、長倉?」


『ええ、3分ほど前に突然政府官僚の方から連絡が来たため、席を外しています』


「ますますきな臭い。直接こちらに連絡をしてくるだなんて、初めてじゃないですか?長倉さん」

飛月が通信に割って入ってきた。

確かにいままで紫陽花病関連のことには一切口出ししてこなかったのにも関わらず、急にだもんな。

おまけに作戦実行中に連絡してくるだなんて。


『すまない、遅くなってしまった。長倉、ご苦労だった』

旦那の声が聞こえてくる。


「旦那、やっぱり今回おかしくねーか?なんかいつもと違うような」


『だな、現地に行ってお前にも伝わったか』


「それで、なんの連絡だったんだ?」


『それがな・・・・・・この戦いで真の抑止としての力を見せろと直接お上が言ってきやがった。俺は一切、アルトのことを政府に広言していないというのに。誰かこちら側の情報を知っているやつがいるのかもしれない』


「マジかよ、俺の存在ばれてんのかよ。それに真の抑止としての力を見せろって何考えてんだ、御上は?」


「アルト、明らかにこれは何かの罠だ。撤退した方がいい。やつらは俺たちの把握していない何かと確実につるんでいる」

五代がますます怪訝な顔を見せながら、俺に忠告してくる。


『ああ、俺もそれに同感だ。霧だけ早急に消し去り、そのまま帰還してくれ。三人が帰り次第、俺は政府の元へ一度足を運ぶ』


「・・・・・・だけど、生存者がいるかもしれない。助けられる命があるかもしれないのに・・・・・・」

心が苦しい。

目の前まで来たのに救えないってのかよ!


『俺たち全員がお前と同じ気持ちになっている。辛い選択をまたさせてしまってすまない。だけど、日常を守るには、まずは君たちの安全を確保しなければならない。どうか、霧を払うだけでも頼めるか?』

フウッと俺は一度深呼吸をして選ぶ。


「わかったよ、旦那。いつも通り、霧だけ晴らして帰るから待っててくれ」


『・・・・・・ああ。ありがとな』

旦那の言う通り、つらい選択だ。

だけど、飛月と五代を危険な目に遭わせるわけにもいかない。

・・・・・・ごめんなさい。

どうか、安らかに。


「シュラバ」

俺は静かにその名を呼んだ。

周囲には虹色のオーラがあふれかえり、やはり断末魔のような声や感謝をいう声が俺の耳に届いてきた。

そのオーラが無くなるころにはすでに霧は晴れ、空は赤い夕焼けに染まっていた。

俺の姿は変わっていた。

誰かを守る、勇ましい金色の鎧。

だけど、今回は誰かを守れたのだろうか?

浄化を救いというのならそうかもしれない。


だけど、生きている人を救うことを守るというのなら。

日常は生きているものでしか紡ぐことはできない。

俺のこの力は果たして今回、みんなのためになったのだろうか?


「アルト!後ろだ!」

飛月の声でハッと自問自答の世界から帰ってきた。

夕日色に染まるアスファルト。

だが、俺の足元から数メートルは何かの影の色に染まっていた。

振り向くとそこには紫の化物がいた。かなり大きめの化物、しかしその体格に似合わないほど気配が感じられない。後ろを取ったその姿はまさしく暗殺者のようだ。

そしてそれは、俺へ向けて上から太い腕のようなものをたたきつけてきた。


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