第11話 秘密
秘密
人間は個人である。個人が故に、他人にすべてを理解してもらうのは不可能である。
いくら表現しようとも、いくら言葉を使おうとも真に理解し合うことはできない。だから
こそ人間は互いをわかるために寄り添い合い、支え合うことができる。
でも、人間の心には距離感というものもある。それをわきまえなければ人は踏み込んできた
人を怖がって、さらに距離を置いてしまう。
逆に言えば距離感をわかったうえでその人と親密になれれば、それはとても素敵な事なん
じゃないかなと私は思う。親密にというのは決して下心ではない。もっと隠さずに、抱え込
まずに私の前で言ってほしい。吐き出してほしい。
アナタはきっと私のことを思っていろんなことを我慢してくれている。でもそれじゃあ心
が壊れてしまう。それを教えてくれたアナタが今、とても辛そうにしている。
優しい人。私を救ってくれた人。だけどもういいの。優しいだけじゃアナタはきっといなく
なってしまうから。
いなくならないでほしいから・・・・・・どうか私を頼ってほしい。
辛いよ、きついよって言ってほしい。
私に何ができるかな?アルトさんみたいに誰かを助けて勇気づけられる人になれるのかな。
9月2日
「・・・・・・よし!」
私は気合を入れるために両手で自分の頬を軽くたたく。
ペチッといい音が鳴るから、少しクスッと笑ってしまった。
時刻は6時15分。
いつもより少し早起きだ。
普段は6時半に携帯の目覚ましの音で目を覚ます。
警報音は苦手だが、目覚ましの音は大丈夫のようで寝る前に時刻をセット寝坊しないようにしている。
前までは朝食を作らない日は7時過ぎに起きても学校まで歩いて10分だったため、のんびり準備しても余裕で登校時間には間に合っていた。
しかし今は6時45分ぐらいに目を覚まし、朝ごはんを食べて準備して、7時40分ぐらいにはこの寮を出ている。
そのタイミングで出ると8時15分の朝礼にはギリギリだけど間に合うのだ。
最近はアルトさんが朝ごはんを作ってくれるので、早く起きて朝ごはんの準備をする必要が無くなった分、受験勉強で疲れた頭をゆっくり眠れるようになった。
でも今日は早起き!
アルトさんに昨日のことを聞いてみないと!何か力になれることが私にあればいいな!
私はパジャマから制服に着替えて、忘れ物がないかのチェックをして部屋を出た。
部屋の扉を開けると、何かを焼く音と香ばしいにおいが漂ってきた。
「おはよう、チヨ」
アルトさんがフライパンで何かを焼きながら挨拶をする。
「おはようございます!アルトさん!」
「お!なんだか元気がいいな。ちゃんと寝れたか?」
「はい。いつも通りぐっすり」
アルトさんが優しく微笑む。
いつもと変わらない落ち着く場所。だけど今日はこれで満足してはいけない。踏み込むんだチヨ!頑張れチヨ!
「そうか、若くてよろしい!じゃあ、もう少しでできるから待っててくれ」
「わかりました。楽しみにしています!」
私はテーブルの椅子に座って部屋からもってきた国語の語彙の冊子を読む。
受験勉強にもなるし、私の将来の夢のためにもなる語彙の勉強。これだけは毎日欠かさずやっている。
しばらくすると、オーブンの音が鳴ってアルトさんがお皿にパンを載せて運んできてくれた。
パンの上には目玉焼きが乗っていて、皿の端にはベーコンとミニトマトが添えつけられている。
「待たせたな、チヨ」
「おー!ありがとうございます!」
「「いただきます」」
二人で一緒に言って食べ始める。
これと『おはようございます』を朝に言うと生きている実感と今日という日を無事に迎えることができたと安心できた気がする。
「そういえば、アルトさん。昨日はお風呂に入りましたか?」
普段、アルトさんは前髪を少し上げている。
私と出会った時のリーゼントのような髪型ではないけれど。
風呂あがりは髪を洗ったばかりなので髪は下ろされていて、普段とのギャップに若干ときめきを感じている。
だけど今日は髪が上がったままだ。それに少し髪がボサッとしている。
「ああ、昨日か。夜遅かったから結構疲れてな。食べてそのまま寝ちゃったよ。夜ご飯作ってくれてマジで助かった。美味しかったし。ありがとな、チヨ」
「そ、そんな。いいですよ」
私は嬉しくてついニヤついてしまう。
うん、でも今日は少し自重しないと!
勇気を振り絞っていうんだ!
「あ、あのアルトさん!」
「ん、どうしたの?そんなに大きな声を出して?」
「え、あ、あの・・・・・・」
緊張しているのか、少し声が大きくなってしまったようだ。
気を付けないとな。
こちらが固まっていたら、相手も話すに話せないだろう。
一回、深呼吸をしてっと。
「き、昨日はお疲れ様でした。それで、一体どんな訓練だったんですか?」
よし、聞けた!
「あー昨日な・・・・・・」
アルトさんが考えている。そこまで考える内容なのかな。
「昨日はな・・・・・・緊急で身体測定をしていたんだ!」
「えっ!?そうだったんですか?でも訓練だったって」
「ああ!なんと身長がな・・・・・・最後に諮ったときから2センチ伸びていたんだ!」
「おお!よかったじゃないですか!これで今は何センチになるんですか?って絶対に違いますよね?」
「ばれたか」
「ばれますよ!そんなウソ!身体測定だけであんな警報音鳴らすわけないじゃないですか!それにもう身長なんて出会った時からたいして変わっていませんもん!全然大きくなんかなっていません!」
「グハッ!」
アルトさんが苦しそうに胸を押さえる。
「や、やめるんだチヨ。朝から俺の心のHPを削らないでくれ・・・・・・」
「あ、すみません・・・・・・」
アルトさんは170cmほどだと前に聞いた。
本人は180cmぐらいほしかったと言っているため少し自分の身長を気にしている。
「変な嘘をつくからですよ。それで、一体何があったのですか?」
「そ、それは・・・・・・」
「もし何かあったら、私に言ってください!何か力になれることがあるかもしれませんから!」
「ああ、うん・・・・・・ありがとな」
少し困った表情を浮かべるアルトさん。
困っているなら助けてあげたい。私はアルトさんに寄りかかってばかりだ。私だってアルトさんに寄りかかってもらいたいんだ!
「私はアルトさんにいつも助けられてばっかりですから。今度は私も力になりたいんです!私もアルトさんみたいに・・・・・・」
「俺・・・・・・みたいに?」
そうつぶやき、アルトさんがいつものように微笑んでくれる。
「ありがとな、チヨ。俺のことを心配してくれて。でも大丈夫だ!俺は俺のやれることを全力でやる。チヨはチヨのできることを一生懸命にやればいい」
「え、ち、ちが・・・・・・」
違う、そうじゃない。
大丈夫なんかじゃないでしょ、アルトさん。
「さあ、早く食べちまいな!学校に遅れるぞ!」
そう言って食パンを手に持ち、真正面にいるわたしに方には視線を向けないあなたの顔は、とても辛そうで悲しそうな顔をしているんだから。
「は、はい・・・・・・」
時間なんて大丈夫なのに・・・・・・
私にはこれ以上、その悲しみの空間に踏み来む勇気がなかった。
私は、アルトさんのようにはなれないのかな・・・・・・
7時40分
俺は寮を出るチヨを見送る。心なしか朝起きた時よりも顔の表情が曇っていた。
「はーっビビった~」
まさか昨日のことを聞かれるとは。
うかつだった。
まさか風呂に入らなかったことで昨日の話題になってしまうとは。今度からはある程度傷ついていても風呂には入るようにしよう。
でも、まさかな・・・・・・
『今度は私も力になりたいんです』
『私もアルトさんみたいに』
ハァーっと俺はため息をつき椅子に座って頭を抱える。
「嬉しいんだけどな・・・・・・俺みたいにはなってほしくないんだよな・・・・・・それに」
その俺に憧れる心も、想っていてくれているのも俺に抱いてくれている好意もきっと・・・・・・
ただの恩なのだ。
想いではなく、恩である。恩と思いは同じようで違う。
俺はそう捉えている。恩は外的に影響を受けて、その影響で抱くものだ。
一方、思いは内的に誰からも干渉されずに受けるものである。
ここでいう外的とはつまり5年前からの俺との生活で、内的はチヨの思考なのだ。
俺は、あの子を助けたのと同時に、様々な思考を奪ってしまったのかもしれない。
俺は年だけで言えば大人だ。
そして、チヨはまだ15歳。
15歳といえば俺は、大人なんてクソくらえとか言って同級生のやつらと遊び惚けていた時期だ。
一方でチヨはどうだろうか。
あの子の友達との話は聞くけれど、あまり一緒に放課後になって遊んだりとかそういう話は聞かない。
それどころか、俺と行動を共にすることが多いのだ。
・・・・・・あの子は中学生らしいことをできているのだろうか。
俺が一方的に押し付けている価値観や生活感に、影響されてないだろうか。
もう一緒にいる時間を減らした方がいいんじゃないか。
子どもは子どもらしくいた方がいい。大人に振り回される必要はない。
これは前々から思っていることだ。
だが、昨日の一件がもしかしたらそのきっかけになるのかもしれない。
チヨが俺から離れるきっかけ。いや、俺がチヨから離れるきっかけ。
人を殺したことがチヨの自立のためのトリガーになるかもしれない。俺がチヨとの接触の時間を減らすことができればチヨはもっと自由になれる。
きっとそうなのだろう。
俺の直感が今更やってしまったという負い目を感じさせる。
その負い目は殺人のことか、それともチヨの自立のための行動に出ることが遅かったことかは俺自身にもわからない。
・・・・・・俺は人じゃないのかな?
なら、尚のことだ。
俺みたいになんかなってくれるな。こんな面倒くさい人間にはなってくれるな。日とかどうかもわからない俺みたいになってくれるな。
もっと自由でいいんだ。もっとやりたいことをやりたいようにやっていいんだ。
もう俺は、チヨの人生にはこれ以上は不要な人間で構わない。ここまででいい。チヨを救った。チヨの心を人に戻すことができた。そこまででよかったんだ。
関わりすぎた。所詮は他人だ。余計な事をしなくていい。これ以上思う必要はない。
淡白に、シンプルに家族で入ればいい。
子どもが親から離れるように、親が子どもを甘やかすのをやめるように。
そうだ、これでいいんだ・・・・・・
「ハァー・・・・・・」
私は机に頬杖をついて教室の窓から外を眺めている。
今の時刻は8時35分。
私、チヨは学校で今日の朝読書と朝礼の時間を終えていた。
普段は小説を読んで楽しく息抜きをできる時間でもあるが、今日はそういうわけにはいかなかった。
というかできなかった。
ボーッとしていて朝の会が始まったことに気づかず、本を眺めたままでいたら担任の先生に注意されてしまった。
「どうしたの、チヨ?珍しいじゃん。先生に注意されるだなんて。昨日寝れてない感じ?」
クラスの友達が心配してくれたのか私に話しかけてくる。
「ううん、ちゃんと寝れたよ。寝れたんだけど・・・・・・」
私は今朝の出来事を思い出して言葉を詰まらせてしまう。
「わかったよ、チヨ。男の事だろ~」
「ええ!ち、違うって!というより休み時間じゃないのに何でこの教室にいるの咲ちゃん!」
急に話しかけてきた金色の綺麗な髪をなびかせているこの子は園田咲ちゃん。
私とは小学校1年生の頃からの長い付き合いがある子である。
つまり咲ちゃんは私が立花家に来る前から私のことを知っているかなり少ない幼馴染だ。
厄災による災害の後、学校が再開してしばらくしてからある出来事がきっかけとなってすごく仲が良くなった。その出来事にアルトさんや繋一さんも絡んでいるので咲ちゃんはアルトさんのことをすでに知っている。
中学一年生の時までは小学校の時を含めて7年間一緒のクラスだったのだが、中学2年生のクラス替えで離れてしまった。
中学3年生の昇級の際はクラス替えがないため今後一緒のクラスになることはない。
だけど、いまだに仲良しで咲ちゃんは私のクラスに遊びに行っている。私も咲ちゃんの久r巣に遊びに行こうとしているのだが、何故か止められているのだ。
曰く、男どもの視線がどうこう・・・・・・というものだ。
昔はとてもおとなしそうな子だったのに今では少しおチャラけたキーホルダーをバックにつけたり、スカートの丈を短くしたりしてよく先生に注意している姿を見る。
「えーだって、最近チヨが会いに来てくれてないじゃん。私寂しくてさー」
「そ、そんなこと言ってもまだ学校再開して2日しか経ってないじゃん」
ブーッと顔を膨らまして椅子に座っている私を後ろから抱きしめ、頭のてっぺんに顎を載せてくる。
「それで、それで咲!チヨの男の話って?」
「あーそれね。それはね・・・・・・」
「わ、ワー!!!ダメ!ダメだってば!」
先ほど心配して話しかけてくれたクラスメイトが咲ちゃんの話に興味を示したので、私は急いで静止しようとした。
因みに、学校ではアルトさんのことは秘密にしている。
災害関係のこともあり、巷では家族関係のことを追求することはタブーになっている風潮があるので特に聞かれることは今までなかった。
その分、こういったアルトさん関連の話になるとどうやって対応すればいいか困惑してしまう。
「チヨったらこんなに可愛い顔してるのにアダルティーなのね!ねえねえ!どうしたら男を作れるの?」
相変わらずのクラスメイトの食いつきように私は何か言おうとするが言葉が出てこないでいる。
「ほらほら、冗談だって!こんな可愛くて初心な子に男なんてできたら不安で仕方ないよ。見なよ、ほら。このぐらいの話で動揺して顔を赤くして口をパクパクさせている子だよ」
元凶(咲ちゃん)がフォローを入れてくれる。
私の状態を言語化しないで!恥ずかしいから!
「な~んだ良かった!先越されたかと思った!咲はモテモテだけど、チヨは裏で男子から人気だから、いつの間になんて思っちゃったよ」
「え?私って私が知らないところで人気なの?」
全く認知してなかった!
というよりも、男の子と中学校に入ってから班の発表会や行事の時ぐらいしか話したことないのに!
「なーに言ってんのチヨ。アンタみたいなかわいい子を放置するほど、今の中学生は枯れ果ててはいないよ。ほら見てみこれ」
そう言って咲ちゃんは携帯を出して写真を私に見せてくれた。
最近では、何か起こったときのために学校に携帯電話を持ってくることが許可されている。
それで、見せてくれたものは何と・・・・・・
学年の女子の人気投票なるものだった。
「・・・・・・」
「う、うわー・・・・・・ドン引きしてますね、チヨさん」
写真を見せてきた当人である咲ちゃんが少し怖気づいている。それほど私は機嫌が悪いのだろう。
人は何かと優劣をつけたがる傾向がある。この人気投票だって例外ではない。
私はそういった外的なものから評価を受けてそれを誇らしげにするというものがあまり好きではない。
だって、少なからずそういったものを見て嘆いたり、悲しんだりする人がいるから。
どうしてそんなことをする必要があるのだろうか。私が低い当人だったら絶対に悲しい。
だから、テストの点数とかも人には言わない。
もちろん、アルトさんには言うけど。頑張ったなって褒めてほしいから。
「ま、まあ見てよチヨ。ここ、桜田千世の文字があるでしょ」
私は学年で、8位のところに名前があった。
・・・・・・まあ、嫌みな評価でないなら少し嬉しいと感じてしまう。
先ほど思ったことと若干矛盾していて、自分に嫌気がさすと同時に人だから仕方がないという諦めも覚える。
因みに、一位はというと・・・・・・
「ええ!?咲ちゃんなの!?」
びっくりした!まさか幼馴染の名前が1位のところに出てきているだなんて!
「まあ、アタシも大人びたレディーということ。結構告白とかされるんだから」
「ええ!知らなかったよ」
「ああ、私は13位か。咲とチヨに負けた~」
クラスメイトが負けたことを悔しがっているが待ってほしい。
この学校には、周辺の世帯の子どもたちが多く集まるマンモス校だ。
災害で壊れてしまった学校の代わりに来る人もいて、学年の人数は300人ほどである。
そのうち、確か男子が135人、女子が165人だったはず。
そのうちのその順位となると今私を含めた会話に参加している3人はかなり高いことになる。
「まあ、さすがにすべての人数を集計することはできなかったらしいから、30人までしか載ってないけどね」
咲ちゃんが、携帯を見ながら言う。
「ちなみになんだけど咲、これどうやって手に入れたの?」
「ああ、これね。裏でなんかやってる男子たちを見かけたからさ、ちょいと脅してやったらすぐに紙ごと渡してくれたよ。現物はアタシが処分したけど、こうやってネタにできると思って写真にしてとっておいたんだ」
ああ、そういえば咲ちゃんもそんな人だった。
園田咲という人間は、裏でこっそり何かやっている人とかが好きじゃないタイプなのだ。
それは見えない努力とかではなく、悪口やいじめなどのことだ。
それもあって小学校の頃はよく女子から嫌われていじめられていたこともあった。
今も女子からはあまり好かれていないようだ。
見る目ないなー、周りの女子たちはとつくづく思う。
「さすが咲~やるじゃん」
クラスメイトも感心している。
どうやら、私の周りには頼もしい人が集まるようだ。
もしかして、周りに男の子が来ないように牽制してくれていたりするのかな。
「でも、そこまで人気なら付き合ったりしたことないの咲ちゃん?」
「あ、あ~、それはね・・・・・・」
何か咲ちゃんが言いかけたが、教室の扉がガラッと開いて一限の先生が来てしまった。
「ほら!授業開始まで時間がないぞ!すぐ戻りな咲!」
「はいはーい。じゃあまたあとでね」
そう言って小さく手を振って咲ちゃんは教室を出ていった。
授業がすべて終わり帰ろうと思ったが、5限の授業中に携帯が鳴っていたのを思い出して確認してみると、咲ちゃんからメールが来ていた。
『今日の放課後、時間ある?久々に駄弁ろうよ~』
咲ちゃんから構ってメールが来ていた。
というよりもなんで授業中にメールが来ているんだ。
きっと先生にばれないように操作していたのだろうと考察する。
『いいよ!ちょうど私も勉強の息抜きをしたかったんだ』
『おうおう、息抜きとは、言いますな受験生。ではその息抜きに付き合ってあげようではないか!』
『声かけてきたのそっちなのに、なんか私から誘った感のある返答が来た(笑)』
『(笑) じゃあ、階段はうちの教室の方が近いから教室に来てもらえる?』
『了解だよ~』
私はメールの返信を終えて、クラスメイトに挨拶をして咲のいる教室へと向かった。
「どしたん?話聞こうか?」
「開口一番に、何言ってるの咲ちゃん。なんかどことなく下心を感じる言い方なんだけど」
どうやら、そういった下心にはあの人のせいで敏感になっているらしい。
「あはは、よくわかったね。こういう事言って寄ってたかってくる男もいるから注意しなよチヨ。アンタは純粋なんだから。いや、純粋でいたほしい!」
「そんな無茶な・・・・・・」
願望を押し付けられてしまった。
・・・・・・今私たちは学校の近くにあるショッピングモールのフードコートにいる。
よくアルトさんと買い物に来るところだ。
私と咲ちゃんは、フードコート内にあるドーナツ屋でドーナツを買ってテーブルの椅子に腰かけている。
平日なので人はあまりおらず、いても小さな子どもを連れた母親ぐらいだ。
「それで、どうしたのよチヨ。アンタらしくないじゃん。どことなく覇気がないというか」
「ええ!?私ってそんな感じなの普段!?」
「うん、それはまるで獣のような形相であたりを睨みつけて自分のテリトリーに雄を入れないみたいに!」
「咲ちゃんは私をどういう風に見てるの!?」
つい咲ちゃんのボケにつっこんでしまう。
「まあ、冗談は此処までにして。なんかあったの?受験関係?」
「ううん、違うの」
私は首を横に振る。
「じゃあ、あの・・・・・・アルトさん関係だったりする?」
「・・・・・・!」
「やっぱりそっか。今少し顔の動きが変わったもん」
やっぱりこの子の観察力はすごい。いろんなことが視えているし、よく物事を見つめている。
「そうなんだ。実は・・・・・・」
私は今朝起こったことを咲ちゃんに話してみた。
流石に八咫烏のことは言えないので、仕事ということにしたが。
「フーン、なるほどね・・・・・・」
咲ちゃんが考え込む。
「ねえ、チヨ。秘密の意味って考えたことある?」
「えっ?」
唐突に秘密の意味を考えると言われても・・・・・・
「いや、正しくは秘密とは何か?もし考えたことがなかったら、今考えてみて」
「秘密、秘密か・・・・・・」
私は考える。深く思考に潜って考える。
「秘密って、言ってしまうと今の関係性が崩れたりするものだから、心のうちに秘めておくもの・・・・・・かな」
「おお!すごい!思いついたね!やるじゃん!ご褒美に私が食べて残り一口しかないドーナツをあげよう」
「え?いらないよ」
「そ、そんな真顔で返答しなくてもいいのに・・・・・・」
どうやら冗談だったようだ。
「いいね!チヨなりに答えを導けた。けど、私が今チヨの話を聞いて思いついた考えも聞いてもらってもいいかな?」
どうやら、質問した咲ちゃん本人も考えていたようだ。
「もちろんだよ。聞かせて、咲ちゃん」
咲ちゃんが一息吐いて口を開く。
「私が考えた秘密ってものはね、いわば責任なんだと思うの。さっきの話を聞いた感じ、チヨはアルトさんの仕事のことを聞いてあげたかった。けど、アルトさんは話してくれなかった。それどころか少し悲しそうな表情をしていた、そうだね?」
「う、うん」
「それってさ、チヨが自分の心配をしてくれて嬉しい反面、どこか辛さがあったんじゃないかな。それも、言わないじゃなくて言えない辛さが。
さっきチヨが考えてくれた秘密みたいな関係性が崩れることを恐れたってのもあると思う。
けど、それと同時にチヨを巻き込みたくないとか、同じ目に遭ってほしくないとかそういったこともあると思うの。
そして、言ってしまえばその思いは共有されてしまう。言いたいことがわかるかな、チヨ。秘密を共有するということは、言い手の不安要素さえも共有するということ、一緒に背負うということだよ。
きっとさ、アルトさんはチヨには背負ってほしくなかったんじゃないかな。自分と同じようになってほしくなかったんじゃないかな。その重くて思い、責任を持ってほしくなかったんじゃないかな」
「そ、そうかも・・・・・・」
私は、驚愕した。
同級生で、幼馴染である咲ちゃんがここまでの分析能力があることに。
「アンタの普段から言っているアルトさん像があったから推測できたという話だけど、所詮は推測だよ。だけどね、確信的なものが一つある。チヨに酷いこと言うけど、いいかな」
・・・・・・私は静かに頷いた。
「チヨ、アンタが今日の朝にやったことは確かにすごいことだよ。勇気ある行動だよ。人の心に寄り添おうとしたんだから。
だけどその優しさもね、時と状況次第では一方的なものになっちゃうの。いくら相手の気持ちを推し測ってあげようとしてもね。アンタの今朝の行動はどうだった?それに話を聞いた感じ、アンタは無意識のうちに何か抉ってはいけないものを抉っちゃったんじゃない?
それってさ、結果としては、相手を傷つけたことと何も変わらないことなんだよ」
確かにそうかもしれない。
私はアルトさんみたいに人の心に寄り添いたかった。でもその結果が今朝である。
「そ、そうかも・・・・・・」
一方的なやさしさか・・・・・・
アルトさんを傷つけてしまったかもしれない。
そう思うと、私は気持ちと涙があふれかえってきた。
「・・・・・・ッそうだ。私は・・・・・・私・・・・・・一方的だった。アルトさんの様子がおかしかったから・・・・・・何か力になれるかなって。支えてあげられるかなと思って・・・・・・アルトさんが私にしてくれたみたいに・・・・・・でも、でも・・・・・・私は・・・・・・」
もうこみ上げた感情は抑えられることを知らない。
何を言葉にすればいいかも、その思いは私に指し示してくれない。
言語化できないその悲しみとやるせなさに私は流された。
「うん・・・・・・ごめんね、チヨ。アンタを泣かせたかったわけじゃないんだ。ただ、アンタの今朝の行動が招いたことを知ってほしかったの。でも覚えておいて。チヨのその思いは絶対に無駄なんかじゃない!チヨのその優しい思いと勇気ある行動は、絶対にアルトさんを助けてくれるよ!必ず!」
「咲ちゃん・・・・・・」
「だから、その優しさを捨てないでね。昔の私を救ってくれたのは、チヨの優しさなんだからさ」
「うん・・・・・うん!ありがとう、咲ちゃん!」
「ほーら、可愛い顔が真っ赤だよ~。泣き顔も可愛いけど」
パシャリと音が鳴る。
泣き顔を取られてしまった。
「もう、撮らないでよ咲ちゃん!」
「ほら!チヨ!あーん」
咲ちゃんが一口サイズのドーナツを私の口の方へ押し込んできた。
「おいしい!ありがとね、咲ちゃん!」
「フッ、チョロ」
何か言われたような気がしたが、気持ちをスッキリさせてもらったので何も言わないことにした。
「そういえば、咲ちゃんはあんなに人気があるのに、お付き合いとかはしないの?」
私が、朝の話の続きをする。
「あ~それね・・・・・・まあ、チヨならいいか」
咲ちゃんが少し、右下に目線を向ける。
「まあ、うん、だって同い年のやつらって子どもじゃん。年齢的というよりも、精神的にさあ。でも、気になってるやつが一人いるんだよ」
「え!?そうなの!?」
幼馴染の恋愛!気になる!
「あ、いやいや!別にそんなんでは!」
「はは~ん」
少し照れた表情を浮かべる咲ちゃん。
反撃開始と行こうじゃないか。
「同じ学校の人?同級生?それとも、それとも?」
「おいおい・・・・・・」
私の食い気味な質問で少し困惑する咲ちゃん。
「同じ学校だよ。それに同い年だよ。でも、引っ越したのか最近は全然会わなくてさ。まあ実際は、あんまり話したこともなかったんだけどさ」
「咲ちゃんはそのひとのどんなところを好きになったの?教えて!教えて!」
「自分だって言及されるといつも顔を赤くして黙り込むのに、こういう時だけ強気だな、ほんと」
「だって、気になるんだもん~。他の人はいざ知らず、あの咲ちゃんだよ!子どものころから一緒にいる!」
「ハイハイ、わかったから。顔が近いよチヨ。アルトさんもここで買い物してるんでしょ?傍から見たら、勘違いされるよ」
ハッと顔を上げる私。
幼馴染が色を知ってか、ついつい熱くなってしまった。
「え~そうだな・・・・・・強いて言うなら、不器用だけど、すごく頑張ってる奴だと私は思ったよ。いろんな事考えてて、でも考えすぎて意固地になってて、どこか放っとけないやつ?ってな感じ」
「そうなんだ!どこかアルトさんに似た人のようだけど・・・・・・まさか!」
「アンタ、同級生って言ったこと忘れてないよね?」
あ、そうだった。話に聞いた感じだとアルトさんにも当てはまっているような気がしてしまった。
「でも、そんな人うちの学校にいるんだ。まあ、私は男の子と話さないからよくわからないけど」
「あいつは周りの男とは全然雰囲気が違ったよ。どこか達観しているというか。いろいろと傷つきすぎて大変なやつというか」
「そうだったんだ・・・・・・で、誰なの、誰なの?」
「めっちゃ食いついてくるな~、構ってほしい子犬みたいだぞ、チヨ。まあ知らないと思うから言ってもいいか。名前は・・・・・・」
「ねえ、君たち?こんなところで何やってるの?」
いいところで、邪魔が入ってきてしまった。
声の方を見ると、男の人がいた。
「君たち学生かな?これ落としたよ」
そう言って渡してきたのは、薄手のハンカチだった。
しかし、私も咲ちゃんも今日はハンカチを持ってきていない。
「えっと、私たちのものではないかと」
「そうだね、私らのじゃないよ」
二人でハンカチの持ち主でない事を主張すると、男の人は強引に話を進める。
「いや、絶対君たちのだって。ほらほら!」
そう言って男の人は私の手を触ってこようとした。
しかし、その手が私に触れることはなかった。
「おい、てめー・・・・・・アタシの女に触ろうとしてんじゃねぇよ!」
咲ちゃんがその手を払ってくれた。
ん?私の女?
「えっ!ええ!」
私はつい驚いて声を上げてしまう。
「あ?マジかよ?アンタらってそういう関係?」
「ああ、そうだぜ!アタシとコイツは付き合ってるんだ!失せな、下半身!」
「・・・・・・チッ、声のかけ損かよ。あーあ気分悪」
そう言ってこちらを睨みつけてきた男はそそくさとどこかに行ってしまった。
「え・・・・・・今、何が起きたの?」
咲ちゃんがフッと鼻で笑う。
「ああ、あれ?ナンパよナンパ。それにここら辺のことを知っているのならたちが悪いやつね。制服着てるのにも関わらず、話しかけてくるだなんて。中学生相手とか犯罪者じゃん」
・・・・・・は、はじめてされた、ナンパ。アルトさんがしているのは少し見たことあるけどあんなに強引な手口は使っていなかった。
本当のナンパはあんな強引なんだ。
・・・・・・少し、怖くなっちゃった。
「ああ、ごめん、ごめん。いい感じにチヨがいたから使わせてもらっちゃった。ああいうのは、適当な事言って追い返すのが吉だから」
「う、うん・・・・・・」
少し怖くなってしまった私はうつむいてしまった。
すると、咲ちゃんが私の手を握ってくれた。
「大丈夫だって。ね!私がいるからさ!」
咲ちゃんは笑顔で言ってくれた。
「じゃあ、行こうか!」
そう言って私たちは手をつないだままフードコートを後にしてショッピングモールから出ようとした。
時刻は午後5時を超えようとしている。
ショッピングモールの中もフードコート同様、婦人が多く買い物をしていた。
そんな最中、学生服を着た女子中学生が手を繋いで歩いている。
まあ、目立つ、目立つ。
「覚えてる、チヨ?私がよく小学校の頃にいじめに遭ってた頃に、いつもアンタがこう言ってそばにいてくれた事。アタシね・・・・・・すごく嬉しかったんだ。チヨがそばにいてくれて・・・・・・すごく優しくしてくれて。
だから、ちゃんと自分の気持ちを伝えてみなよ。そのあとにアルトさんの話を聞くのもいいかもしれないよ。少なからず、私の知っているアルトさんはチヨの気持ちを受け取ったうえでどうするかを考えられる人だと思うよ」
咲ちゃんが再び私を励ましてくれた。
「うん!私、もう一回頑張ってみるよ。今日はありがとう、咲ちゃん」
「そっか、そりゃよかった。頑張りなよ、チヨ」
私と咲ちゃんは他からの視線なんてお構いなしに手をつないだままショッピングモールを抜けたのだった。
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