第3話 喪失

               喪失


喪失への恐怖。

人間には『物を持つ』という所有の概念が存在する。

それは自分の物、他人の物と区別するための概念だ。

所有と聞いて連想しやすいのは多分、物・・・・・・例えば家とか車とかお金とかだろう。

しかし、所有の始まりはもっと根源的なものではないだろうか?

心と体という自己から始まり、家族、友達、恋人とかもまたある意味で所有ではないだろうか。

人間は自分の周りにある物を大切にする。それは外的要因によって自分というものを確立するからかもしれない。

つまり、居場所である。これを失ってしまった人間は自己を喪失するといっても過言ではないのではないだろうか。

俺はどうなのだろう。居場所を失ったら、誰か一人でもかけてしまったら俺という人間を構成する何かが欠けてしまうと思うと怖くて仕方ない。


7月10日


「チヨ、いいのか?友達と遊びに行ってもよかったんだぞ?毎日来なくたって。明日にはどのみち退院する予定なんだからさ」


「いえ!アルトさんが看護師の方にご迷惑をかけていないか見ておかないと!と思ったので来ちゃいました!」


「俺は保護観察か何かを受けているのだろうか・・・・・・」

俺が謎の光と接触し、5日が経過した。

今のところ俺の身体からは異常が見つかっておらず、退屈な病院生活を送っている。

いつもならば農場で働き、鍛錬をして、ご飯作って・・・・・・

そういった日常を遅れていたはずなのに、どうしてこうなってしまったんだ?

入院自体がかなり久々だ。

前までは暇すぎて有り余ったエネルギーを飛ばすためにウロチョロしたものだ。

今はチヨが来てくれるし、暇な時間がとても楽しい時間に変換されている。

まあ、それ以外にも若いナースの先生が来てくれたらもっとワクワクしちゃうんだけどな!


「アルトさん。退院したらお祝いに私が何か作りましょう!何が食べたいですか?」

チヨが少しふくよかな胸をトンとたたいて、自信ありげにどや顔をしてくる。

嬉しい反面、可愛さとおかしさを感じてしまい、ついクスリと笑ってしまった。


「な、なんで笑ったんですか!?」

おっと気づかれてしまった。

なんか年々頼もしくなっていくこの子の姿を見ると親のような気持ちになっていく。

子どもの成長を見守るってこんな感じなのかな?


「ううん、なんでもない。そっか、チヨが作ってくれるのか!じゃあ、そうだな・・・・・・」

病院食は全体的に薄めの味付けのものが多かった。

久々というほどではないかもしれないけど、味の濃いものが食べたい気がする。


「じゃあ、肉じゃがを作ってもらおうかな。チヨが前に作ってくれてすごくおいしかったからさ」


「はい!わかりました!今日のうちに買い物済ませておきますね」


「別に明日でもいいんだよ。退院した後に一緒に買いに行けば俺も一緒に荷物持てるからさ」


「何言ってるんですか?アルトさんは一応病人ですよ。治りたての身体であまり負担をかけてほしくないのです!」

・・・・・・いい子過ぎる。

うん、娘が男を連れてきたときに『お前にはやれん!』という父親の気持ちがよくわかる


「チヨ・・・・・・いい子に育って・・・・・・!本当に優しくていい子に育って!」

つい涙を流してしまう。勿論うれし涙である。


「あ、アルトさん!恥ずかしいですからそれぐらいで泣かないでくださいよ、もう!」

チヨがアタフタしている。どんな姿を見ても可愛いな、この子は・・・・・・


「・・・・・・なんだ?」

刹那、悪寒がした。

俺が女の子にちょっかい出している時のチヨの冷たい視線では勿論ない。

もっと冷酷で、さらに恫喝的で、かなり殺意の籠った何か?


「アルトさん?どうかしましたか?」

瞬間、近くから爆発音が鳴り響いた。

ベッドから跳び起き、窓の方を見る。

爆発した音が聞こえてきた方から炎が上がっている。

結構な火災だ。あれでは犠牲者が出ているかもしれない。


「とりあえず、消防署に通報しないと!チヨ、スマホ持ってるか!?」


「は、はい!」

チヨが学校のカバンの中を漁る。動揺してしまっているのか、カバンの中を探すのに戸惑っているらしい。

その間、俺はその現場を見つめていた。

浮いている。

それが夏特有の快晴の空にふさわしくないそれが、空中に浮いていた。


「またあれか!?」

謎の飛行物体、あれは一体何なのだ?

一体、何が目的であんなことをするんだ!?


「アルトさん、はいスマホ!ありました!今から通報しますね!」

チヨがスマホを見つけたのか、焦りながら操作をする。

だが、万が一飛行物体がこれ以上の攻撃を仕掛けてきたらどうなる?

被害は拡散し、もしかしたら消火活動を行っている消防隊の人たちから犠牲者が出るかもしれない。

そうなった場合、チヨは間違いなく自分のことを責めるだろう。

それだけは避けなくてはならない。優しいこの子に必要以上の責任を負わせたくない。


「待ってくれ、チヨ。通報はやっぱりなしだ」


「え!?なんでですか!?」


「・・・・・・俺が行く」


「何を言ってるんですか!?病み上がりなんですよ!?それにいくらアルトさんでも今のままじゃ一人ではさすがに無理があります!」

身体の状態がわからない以上、そう言われても仕方がない。

そして、チヨは飛行物体のことを恐らく気づいていないのだろう。

だけど、被害を増やさないためにはそれしかないだろう!


「チヨ。危なかったら、看護師の人たちと一緒に避難してくれ。俺は行ってくるから」


「・・・・・・どうしてあそこの火災でここが危なくなるというのですか?」

正直に言った方が早いかもしれない。言わずに行って、病院に被害が出て逃げ遅れでもしたらそれこそチヨの身が危ない。


「あの火災は多分、あそこにいる飛行物体せいだ。5日前に現れたものと同じやつらかもしれない」

俺が窓の外を指さす。しかし、チヨは疑問を浮かべたような表情を浮かべる。


「どこにいるんですか?私には見えないんですけど・・・・・・」

・・・・・・おかしい、確かに遠くて小さくしか見えていないがそこにいるんだ。

チヨは決して視力は悪くない。むしろ俺よりいいぐらいだ。

なのに見えていない?一体何故だ?

いや、そんなことはいい!


「見えないかもしれないが、確かにそこにいるんだ。下手に通報したら被害が広がる可能性がある。んでもって、俺はあれと同じものを倒したことがある。だから行ってくる」

炎が拡がっていく。他の建物に伝播していく。

被害が広がっていく。死者が、被害者が出ているかもしれない。

あれを止められるのは、俺が知る限り俺しかいない!


「待ってください、アルトさん!例え前みたいな飛行物体がいたとしても、それをアルトさんが倒さなくても防衛隊がやってくれるはずです。逃げましょう、一緒に」

・・・・・・防衛隊が来るまでどのぐらいの時間がかかるだろうか?

そして、それも飛行物体が皆の目に入り、被害が広がってからだろう。

それでは遅いのだ。

誰かが傷つけば、誰かが悲しむ。

誰かが死ねば、残った人間の居場所はなくなってしまうかもしれない。

日常を奪い去り、俺たちを蹂躙するあいつらを止めるには今すぐ俺が行くしかない!


「ありがとう、チヨ。心配してくれて」


「ありがとうじゃないですよ!行きましょう、すぐにでも!」


「だけど・・・・・・俺は!」

一方的に力を押し付けてきたんだ!ならこっちだって一方的な力の行使をしたっていいよな!?

応えろ!応えてくれ!

念を込める。それは俺に応えてくれるかどうかはわからない。

応えなければ、逃げるしかない。

だけど、それが俺の意志に拒否する未来が俺には見られなかった。

ふっと、温かいエネルギーのようなものが身体に溢れる。

俺の胸元と右腕が黄金に染まる。

そして・・・・・・俺は光に包まれた。


巨人は空中に出現した。

火災が起きた建物の上空にだけ雲を発生させて、大雨を降らせる。

・・・・・・次第に炎は落ち着いていき、いつの間にか消え去っていた。

雲を腕でかき消して、巨人は空中に飛び立つ。目指す場所は侵略者たちの舟。

音速を超える飛行は夏の入道雲を切り裂く。さながら空を割っているようだ。

飛行物体が巨人の接近に気づいたのだろうか、すぐに光線を発射する。

巨人は体ですべて受け止める。地上に流れ弾がぶつからないように。

そして、巨人も角から赤い雷のようなものを飛行物体に向けて放射する!

その雷は飛行物体に命中し、飛行物体はすぐに爆散した!

巨人はそれを見届けた後、すぐに光に包まれた・・・・・・


「・・・・・・あれ?今回は戻ってくるのな」

俺は何事もなかったかのように病室に戻ってくる。

本当に戦ってきたのか?正直、戦ってた時の記憶が全くない。

光に包まれてから、俺は何をしていたのだろうか?


「アルトさん・・・・・・」

チヨも無事だったようだ。良かった、良かった。


「チヨ、俺はあれから・・・・・・」


「アルトさん!」

俺が光に包まれてから何が在ったのかを聞こうとすると、チヨが遮ってきた。


「お疲れさまでした。アルトさんのおかげで被害はきっと広がらなくなったと思います」


「お、おう?」

労ってくれているのだろうか?しかし、すごく圧を感じてしまい、ついたじろいでしまう。


「ですが、無理はしないでって言いましたよね!?アルトさんは昔から人のためを思うとすぐに無茶をするんです!自分でわかっていますか!?」


「は・・・・・・はい」


「確かに、それで救われる人はたくさんいるはずです。現に私もその勇気と優しさに救われた一人ですから。ですが、だからこそ言います!もっと自分のことを大事にしてください!」

・・・・・・うーん、言われてしまった。

自覚はある。しかし、どうしても身体が勝手に動いてしまうのだ。


「桜田さん、立花さん」

二人そろってビクッとなる。前にも同じような事があったよな?

振り向くと、入口のところにあの看護師のおば様が機嫌を少し悪そうな顔をして立っている。


「ここは病院です。声の大きさには配慮してくださいね。他の部屋の方から苦情が来ていますので」


「「は、はい・・・・・・」」

それだけ言い残して、ナースのおば様は去っていった。

先ほどから声のボリュームのことを考える余裕がなかった。

実際、あんなことがあれば当たり前だろうけど、皆きっと火災があって、急に炎が消えたぐらいしか思っていないのだろう。


「と、とりあえず。今日はもう私は帰ります。帰りに買い物もしますので」


「チ、チヨ・・・・・・」

自分のことを心配してくれている人がいる。それはとても幸せな事だ。

だからこそ、失ってはいけない。


「チヨ、待って」


「なんですか?」

少しだけ機嫌の悪そうな声を出して、出入り口の方に向かっていく足を止めて俺の方を見る。

俺はベッドの上だけど、両手を広げる。

いつもの合図。チヨの身に何かあったとき、不安になった時、悲しくなった時に行う事。

それは、ハグである。

チヨが何も言わずに俺の胸元に顔をぴとりと埋め込み、腕を背中に巻き付ける。

チヨはしばらく何も言わない。何もしてこない。


「チヨ・・・・・・」

俺がチヨの頭を撫でる。本人曰く、これを俺にされるととても落ち着くらしい。


「もう無理はしないでください。お願いします」


「・・・・・・うん、善処するよ」

失うのが怖い。それは自分だって例外ではない。

だけど、他の人が何かを失って泣いている姿を見るのはもうキツイ。

できればもう、二度と見たくないものだ。

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