第2話 懸念

                懸念

「どうしたんだい、アルト?」

男が少年に優しく微笑みながら聞く。


「怖い夢見ちゃったの。怖くて寝れなくて・・・・・・」

弱弱しい声で少年は男に抱き着く。

男の腕の中は温かくて、いつも少年の帰る場所であった。


「そうか。怖かったなぁ。じゃあ、僕が寝れるまでそばにいてあげよう。だから寝室に行こうね」

うんと小さい少年は頷き、寝室へ行く。


「さあ、ゆっくり息を吸って、吐いて・・・・・・」

男は少年の小さな右手を左手で握る。

いつもと同じ穏やかな男の表情を見て、少年の心は落ち着きを取り戻していく

小さい少年はやさしさに包まれて・・・・・・眠りにつく。

・・・・・・


「・・・・・・あれ?」

眠ったはずの少年から、いつの間にか温かい優しさが消えた。


「ない・・・・・・ない!いない!どこ!?どこにいるの!?」

少年は走る。優しさを求めて。

居心地の良い安住の地に戻るために。

暗闇の中、青年は走る。

恩人であり、親である男の愛にまた触れたいと願いながら・・・・・・

しかし、どこにもいない。

遂に少年は走る脚を止めてしまった。


「どこだ・・・・・・どこにいるってんだよ!?」

膝に手を付け、息も絶え絶えな青年の足元に何かが転がってくる。


「・・・・・・これは、なんだ?」

足元の異物を手に取る。

それは・・・・・・金色の玉であった。

美しく輝くその様は、それを視界に入れた者全てを金色の世界へと引きずり込んでしまいそうだ。さながら宝玉である。

瞬間、本当に暗闇の世界が黄金に染まる。

そして、突然背後に気配がした。

振り向くと、そこには黄金の龍がそこにいた。

手に青年と同じ金色の玉を持ち、逞しい角を頭に冠し、すべてを威圧してしまいそうなほどの覇気を纏ったそれは、じっと青年を見つめる。


その金色の身体はこの世界の黄金よりもさらに輝き、威厳と美しさと感じさせる。

青年の身体は全く動くことができなかった。

威圧されてしまったのかそれとも金縛りに遭ってしまったのかは定かではない。

すると龍は突然声を上げる、いや咆哮を上げる。

創作物のような太くて力強い、響き渡るような声ではなく、美しく高い音色。何かの周波数のような叫び声だ。

青年は何故か龍の言っていることが分かった。


「シュラバ・・・・・・それがアンタの・・・・・・」

黄金の龍は自分の伝えたいことが伝え終わったのか、さらに強い輝きを放つ!

あまりの輝きで世界が真っ白に染まっていく・・・・・・


「ま・・・・・・待ってくれ、アンタは、一体?」

白が世界を埋め尽くしていく。強い風が途端に吹き始め、青年の意識も世界も攫って行く・・・・・・


気が付くと、俺は真っ白い天井を見上げる形であおむけになっていた。

あ、これが昔聞いたことのある知らない天井というやつか、なんて起きてそうそう馬鹿なことを思っていた。


「は、違う!チヨは・・・・・・」

声を大きく張り上げてみようとするものどが乾燥していてすごく痛く、ひっくり返ったかのような声が一瞬出ただけだった。

痛みに咳き込み、つい涙目になる。

いや、そんなことは問題ではない!

チヨはどこに行ったんだ!?無事なのか!?

あの後一体何が起こったのか?あの物体は何だったんだ?

勢いよく身体を起こすと何かが床とぶつかる音とふぎゃという可愛らしい声が聞こえてきた。


「いった~」

そう言って床から頭を押さえて痛そうに涙目で起きてきたのはチヨであった。

チヨ!無事だったのか!よかった!

だが喉が乾燥してしまっている為、声が出なかった。


「アルトさんっ!」

そんな俺の状態を知る余裕もないのだろう。チヨが俺に思い切り抱き着いてきた。


「アルトさん・・・・・・アルトさん・・・・・・!」

凄く泣いているのか胸元の服が濡れているのがわかる。

俺は、声が出せないので、チヨの頭をなでる。

チヨはそのなでている俺の手を両手で取ってきた。

生きていることがわかる温かい手。

触れているととても安心する。

良かった。俺はまたチヨに家族を失う恐怖を味合わせてしまうところだった。


「もう・・・・・・ッ、会えない、のかと思いました・・・・・・」

チヨの俺のことを心配してくれていた。

そう思うととても嬉しいと同時にホッとしたのかおれの目からも涙があふれてきた。

・・・・・・しかし、喉がくっそ痛い。

頭もガンガンする。急に起きたからだろうか。

俺はまた枕に頭をのせる。


「あ、あれ・・・・・アルトさん!」

急に俺が身体を寝かせてしまったため、俺がまた気を失ったのかと思ったのだろうか、チヨが声を上げる。

起きてる、起きてるという合図を送るために俺は先ほどチヨが両手でつかんでいた右腕を上げて手を小さく振る。

今寝てしまうとチヨがびっくりするだろうし、俺自身もまたどうなるかわからないので寝ないように半目にはなってしまうが目を開けるようにしよう。

そんな中俺の目に映ったのは、チヨの安心しきった顔だった。

ああ・・・・・・チヨにまたあの顔をさせることがなくてよかった。


その後、思い出したかのようにチヨが看護師を呼ぶブザーの紐を引いて程なくして数名の看護師さんたちがやってきた。

どうしましたか!

という声にチヨが冷静なって説明してくれている。

昔に比べて大人になって・・・・・・

・・・・・・いやあのお姉さんのお尻のハリいいな!

あのナース服に張り付くような感じ!

形がくっきりとしていてサイズもとても俺好み!

しゃがんだらもっとすごいことになるんだろうな~!

ああ、触ってみたい!なでてみたい!頬ずりしたい!

瞬間、やってくる悪寒

俺が寝ているベッドの横で説明を終わったチヨがその悪寒の発信源だろう。

おお、怖い怖い。

いいじゃないか別に、一応怪我人?なんだから勘弁してくれたってさ。


少し検査をしてもらって、いろいろと対応をしてもらったおかげでようやく喉の痛みが引いて話せるようになった。


「チヨ!無事でよかった!会いたかったぞ、チヨ!」

しかしチヨの態度は先ほどとはうってかわって不機嫌そうな顔である。


「私もアルトさんが無事でよかったです」

あまりにも淡白すぎる。

まるで俺のことを蔑んでいるかのような目をしている。


「おいおい、さっきまで俺の胸で泣いてた可愛いチヨはどこにいったんだい?それに今の顔は無事を喜ぶような顔じゃないぜ。発言と表情が支離滅裂なことになってるぞ」


「お尻だけにですか?」

うお!やっぱり気づかれていた!

おまけにどこを見ていたのかさえも分かっていやがる。

怖いよこの子!


「ま、まあそれはさておき・・・・・・」

さすがに心配してくれたのにちょっと下心が出てしまったのは申し訳ないと思い、すぐに話題を変える。

それに、今はこんなバカなことを話している場合ではない。


「チヨ・・・・・・あれから何があった?俺はあの金の光に包まれてから何が起こったんだ?何故俺たちは助かった?」


「ま、待ってください。急に凛々しい表情とまじめな話を振られても身体がついていきません!温度差が激しすぎます!」


「そうか、急にさむくなって身体がついてこないか。ほら、俺が抱きしめて温めてあげよう!」


「何バカな発言してるんですか?もう!」

うーん、また今一つ。

だけどチヨの可愛い表情を見れたのでオールオーケー。

とりあえず今は話が先決だ。


「それは置いておくとして、チヨが覚えてる限りで構わない。聞かせてくれないか?何があったのかを」

チヨはわかりましたと少し戸惑いながら話を始めてくれた。

その戸惑いは、俺の今の発言なのか。それともその日の出来事があまりにも日常からかけ離れ過ぎていて何から話せばいいのかわからないのか。

それは・・・・・・後者であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アルトを包み込んだ黄金の光は円状に広がり大きくなっていく。

そして。その光は柱のように天へ向けて高く登っていく。

光が晴れると、そこには巨人がいた。

夕日に照らされ、光り輝く黄金の巨人がそこにいたのだ。

巨人はチヨを手の中に包み込み、少し遠くの物陰の近くに下ろす。


「あ・・・・・・アルト・・・・・・さん?」

チヨは巨人の顔を見る。

丸く、深紅色のとても大きい目を持ち、口元は隠すかのようにマスクか何かに覆われている。

額の真ん中から側頭部にかけて、そして側頭部から天に突き出すように伸びる太くて長い角は闘牛のような強さを想像させる・・・・・・

だが、その角は巨人の見た目から感じさせる神秘性とは裏腹に、どこか悪魔のようなものさえも彷彿させる。

巨人はチヨが物陰に隠れるのを見守り、ゆっくりと立ちあがる。

木々に隠れていた鳥たちが鳴き叫びながら四方に飛んでいく。

巨人の全身はほとんど金色の鎧のようなものでできていた。

ところどころ濃い銅色のラインが浮かんでいる。

日に照らされることのない銅色が逆に目立ってしまうほど金色の面積が多い。


鎧・・・・・・いや、あれは体なのだろうか?

物質的なものではなく、どこか生物的なものを巨人からは感じるのだ。

大きさはマンションの十数階分だろうか、決してとても大きいとは言えない。

だが、その体格の良さは素晴らしいものだ。

筋骨隆々としたその身体は、どんな攻撃でも受けきり、どんな物体でも力で壊してしまいそうな姿。

右手は人の手より爪が尖っていて全体的に鋭利なものとなっている。

しかし、左腕の肘部分から下だけは何故か赤色になっている。そこだけ金色になっていない。

おまけに、右手と違ってはっきりとした人間の手である。人の名残が残っているのだろうか?

そして胸の真ん中には金色の、まるで宝玉のようにきらめくその丸いものは見るものすべての視線をくぎ付けにするような魅力があった。


「・・・・・・!」

飛行物体が光線をその胸元に放つ。

光線と身体がぶつかるのと同時に炸裂音が辺りに響き渡る。

風圧も発生し、木々が嵐に見舞われた時のように揺れ動く。

しかし・・・・・・巨人は動じない。

微動だにしない。

巨人が飛行物体に向けて砂埃と大きな地響きを起こしながら走り出す。

飛行物体は空へと浮上する。

攻撃が効かないとわかったのか、逃げるつもりだろう。

それを見て、巨人は・・・・・・

飛んだ!

正しくは跳んだだろうか。

ジャンプして金色と赤い両手で飛行物体を強引に掴む。

そして着地とともに地面へと飛行物体をたたきつける。それと共にガラスを割ったかのような音が鼓膜の中まで鳴り響く。


数秒遅れて飛行物体が叩き落された場所から爆音があたりに響き渡る。

チヨはつい叫びながら耳と目をふさぐ。

その飛行物体は炎を上げながらも逃げようとしているのだろうか。またしても、しかし先ほどよりもフラフラと速度が上がらないまま空中へと浮上する。

巨人はそれを赤い左手でつかみ、金色の右手を握りしめ、腰元へ力を入れて引いていく。

金の腕から、赤い半透明な蒸気のようなものが出てくる。


・・・・・・いや、蒸気というにはあまりにも不自然だ。空気中にそれは広がることなく拳に纏っているのだ。蒸気というよりもオーラに近いのだろう。

木々が先ほど以上に荒く風に揺らされている。次第にそのオーラのようなものの噴出の勢いが増して、空気が重くなった。

巨人はその赤く染まった拳で・・・・・・

飛行物体を殴った。

巨人の拳の2,3倍ほどの大きさだった飛行物体はその拳に貫かれて激しい音とともに爆散した。


「・・・・・・」

巨人は拳を下ろし、チヨの方を一瞥する。

チヨはその巨人を見て、何故かはわからないが、優しそうなものを連想した。それはきっとアルトが変化しているものなのだろうと、チヨは勝手に考えた。

そして巨人は光に包まれていく。

徐々にその光は小さくなっていく。先ほどアルトとチヨを守った膜ぐらいの大きさまで戻り、粉塵のように散っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そのあとは私が・・・・・・光が消えたところに駆けつけたらアルトさんが倒れていて、救急車を呼んだんですよ。私も擦り傷とか打撲とかがあったので一緒に乗せてもらいました」


「そ、そうだったのか・・・・・・・・」

いや、巨大化って何?

急にそんなアニメとか特撮チックな話が出てきて正直焦っている。

俺、人間なんだよな・・・・・・?

というか、爆散させちゃったら飛行物体の証拠残らねえじゃん!どこの星から来た、とかわかればもしかしたら国が対策下かもしれないってのに!

さらにというか、俺が巨大化したことはチヨしか多分知らないだろう。それは別にいい。

しかし、万が一こんなことが人前で起きたら・・・・・・

俺は国に捕まって、人体実験されて・・・・・・モルモット生活に!?

いやいやそんな事考えたくない!人権はどうした人権は!?

・・・・・・でも、本当に俺が人間じゃ無くなっていたら?


「アルトさん?具合悪いですか?さすがに起きたばかりですからそろそろ・・・・・・」

イカン、余計な心配をしていたらチヨに心配されてしまった。


「うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだからさ」

・・・・・・

てかよく救急車通れたな。道路とか光線で壊されてたのに。

とにかく俺もチヨも助かった。ありがたい話だ。


「いろいろあってびっくりもしましたが、生きていてくれてよかったです」

それにチヨが笑顔なら別にいいか。


「そういえば、アルトさんがあの巨人になってからは体の異変とかはないんですか?急にあんなことになったから身体がついてこないとか・・・・・・。」

心配そうな顔でチヨが聞いてくる。

これは安心させないとな。


「大丈夫だよ、チヨ。俺もチヨに大きなけががなくて本当によかったよ。」

そういうと、笑顔でえへへと声に出して喜ぶチヨ。

俺のチヨ可愛すぎだろッッッッッッ!

・・・・・・

秒実が夕日に照らされる・・・・・・

少し沈黙が続く中、チヨが俺の目を見て何か言いたげな表情になっている。

うーん、この空気はなんかまずい感じがする。

気まずいとかではなく、チヨからラブコメの波動のようなものを感じる。

これはあれか!?吊り橋効果ってやつか!?

だが落ち着け立花在人!相手は子ども、それに義理とは言え家族だ。

チヨが過去のトラウマに縛られることなく、将来もっといい男を見つけて楽しい人生を送ってもらうためにできる限りフラグは折っておかなければ!

しかし、何かこの空気から逃れる方法はないのか。

・・・・・・

さ、最低な発言かもしれないけど・・・・・・やるしかないか!


「あ、アルトさん・・・・・・その・・・・・・」


「今思ったけどさ、身体がついてこないって表現、捉え方次第ではめっちゃエッチな感じがするよな。こういう意味深長な表現をしてくるなんて、チヨも大人になったよな~」


「最っ低ですこの人!今すごく安心しきっていたのにトンデモ発言ぶっこんできましたよ!もう、何なんですか?数年前から急にこんな発言ばっかりしてきて!」

おっと、数年前からだと!?

チヨのやつ、俺が急にこんな話題し始めたことをわかってやがった!

だけど、理由まではわかってないはずだ。

・・・・・・わかってないよね?

先ほどとはまた違った気まずさが病室に漂う中、急に扉が開き、そんな空気は一瞬にしてかき消されることになった。

俺もチヨも急に扉の開く音がしたから二人そろってビクッなってしまう。

おそるおそる入口の方を見ると来訪者がいた。

白衣を身に着けたままサングラスといういかにもミスマッチな格好を下いかにも怪しい人たちがそこにはいた。


「あの・・・・・・多分病室を間違えていますよ」

俺が彼ら間違いを告げる。いや、だってあんな知り合いいないし。

だってこんな怪しい集団なんて近くにいないもん!

あ、あれか?前に街中で好みな子がいたからナンパした件か!?

そ、それだったらまずい!あの子のバックになんかヤーさんとかいらっしゃった感じなのか!?


「いや・・・・・・」

グラサンの男?いやまだ幼さが残っているから少年だろうか?が口を開けた。

「我々はあなたに会いに来たのです。立花在人」


「・・・・・・俺に」

チヨと俺は互いに顔を合わせる。ン、いや待て。


「というか、なんで俺の名前を知ってるんだ?何か、俺が街中でナンパした子の関係者か何か?」


「なんの話ですか?アルトさん。もうナンパはしないでって言いましたよね?」

冷たい声でチヨが俺に釘を刺してくる。怖くてチヨがいる後ろの方を見ることができない。

だが、不気味だ。何で俺よりも年端のいかな子がこんな格好をして、俺の名前を知っていて、俺が入院している病院を知っているのか。

不安だ。不気味だ。

とりあえず、チヨの安全だけは確保しておかなければいけない。


「チヨ。そこを動かないでな」

俺の後ろにいるチヨが万が一にでも彼らに接近しないように次は俺が釘を刺す。

そして年々振りか二俺は人を睨みつける。

・・・・・・ちゃんと睨みつけられてるかな?

中学までは一応ヤンチャしてたから慣れてたけど、久々にやると眉の力の入れ方が思い出せない。


「そんなに警戒なされなくても大丈夫ですよ」

その声は別の長身で細身の男から出たものだった。


「我々はあなたに危害を加えたいわけではありません。ただ、お伝えしたいことがあるのです。」


「伝えたい事?」


「ええ、近いうちにあなたは退院するでしょう。そのあとに一度来てほしい場所があるのですよ。」

怪しい、怪しすぎる。


「そんなことで、はいわかりましたなんて言えるわけがないだろ。まずはアンタらが何者なのかを何ってもらわねぇと」


「我々のことは今は語ることはできない。申し訳ないな。だが、もし退院後に指定された場所に来てくれたのなら教えることはできるぞ」

次は俺ぐらいの身長・・・・・・170あるかないかぐらいのやや長身の女の人が口をはさんでくる。

おお!しゃべり方がアニメとかに出てくる堅物なキャラっぽくてなんかぐっとくるものがありますね~。

そんなことを思っていると、またしても後ろから痛い目線が向けられている気がしたのは多分気のせいではない。


「なるほど。じゃあこちらがアンタら方のいうことに従った場合のメリットは何だ?それぐらい教えてもらわねえと。万が一こっちがアンタらにとって不都合なことを抱えていて、何も知らずにノコノコ付いていって身元が危ない!なんてごめんだからな。例えそちらさんが目的や存在を語ることはできなくとも、それぐらいは開示してもらわねぇと、こちらも協力をすることはできかねないな」


サングラス集団からほんの少しの動揺が見受けられる。

何者なのかはわからないが、取引において重要なのはそれに応じるメリットの提示であろう。

どこまでを相手に開示すればいいのかというものを自分たちより上のものから聞いていなかったのだろうか?

それであったらお間抜けすぎる連中だ。


「もしかして、皆さんより上の方々から何も言わずに連れてこいなんて言われたのですか?そんな一方的な人たちにアルトさんをお任せできません!」


「ち、チヨ・・・・・・!いつの間にそんな勇気があって頭の回ることが言えるようになったんだ!お、大人になったなあ、チヨ・・・・・・」

あまりにこの期において俺と同じことを思っていた上に、それを言葉にする勇気を持ったチヨに俺は泣きそうになった。


「あ、アルトさん!今はそんな顔をしている場合じゃありませんよ!ほ、褒めるのは二人きりになってからということで・・・・・・」

おーい、最初のそんな顔の下りの顔つきはかっこよかったのに、急にデレてくるな。

抱き着きたくなるだろーが。


「「「ん!ンンッッッッッッ!!!」」」

スーツ集団がこの雰囲気に耐えられなくなったのか一斉に咳払いする。

こいつら意外とノリがいいのか?


「では、開示できることを一つ」

スーツの少年が口を開く。


「お、おい飛月!まだ話し合いは終わってないぞ!」

先ほどの口調がかっこいい女の人が少年に少し怒鳴る。

だがスーツの少年が続けて言う。


「これを聞けば、あなたは我々の言うことに従う他無くなりますよ」


「ほお、強く出たな少年。なんだよ言ってみろよ」

少年の口角が少し上がって、俺にこう伝える。


「我々はあの巨人。いや、あなたが変化した金の力についての情報を持っている」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

サングラス集団が病室を後にして俺とチヨはまた二人っきりになった。


「どうだ!チヨ!俺もまあまあカッコよかったでしょ!」

俺がウキウキした顔でチヨの方を見ると、ああ、またジトーッとした目で俺を見てくる。


「最後のあれさえなければですけど」


「我々はあの巨人。いや、あなたが変化した金の力についての情報を持っている」

・・・・・・なるほど、そう来たか。


「何故そのことを知っているんだ?」

はあーっと少年以外のスーツ二人がため息をこぼして頭を抱える

しかし少年は続ける。


「これ以上の開示は出来かねます。ここから先は我々とともに来ていただけないと」


「おいおい、最近はやりのここから先は有料ですタイプの電子新聞みたいな事言いやがって」

しかし・・・・・・まあ、妥当ではあるな。

俺たちはあの黄金の巨人についての一切どころか断片的な事も知らない。

特に巨大化したときには俺自身は意識を失っていたのだ。

これは強力な交渉のカード、切り札だな。

だが、こちらも食い下がろう。


「なるほど、確かに強力な切り札をお持ちのようだな。だが、アンタらについていかなくとも巨人の情報は遅くはなるだろうが確実に我々は知ることになるだろうよ」

もちろんハッタリである。

そんなことを知れる確証はない。


「なるほど。こちらの言うことに従わないと」


「第一、その従うってのが気に食わねえな。こちとら農業村で自由にやってきた身なんでなあ。てめーらみてーな偉そうなやつらごめんだぜ」

少年が不満そうに肩を下ろしながらため息をこぼした。


「相変わらず・・・・・・か」

サングラスをかけた少年が小さな声で囁く。おい、聞こえてんぞ~

何だよ相変わらずって。まるで俺のことを知っているかのような口ぶりしやがって。俺はお前みたいなやつ知らんぞ。


「しかし、事は急を要することになるでしょう」


「それは何故?」

なんだ急を要するって、内容次第では意地を張っている場合ではないな。


「それは人類の」

「飛月君」

急に長身の男が割り込んできた。


「さすがにここまでです。これ以上は・・・・・・」

それを聞いて、表情こそサングラスで見えないが少年のハッとした感じが伝わってきた。



「す、すみません。ついヒートアップしてしまいました。猛省します」

少年はそこから何も言わなくなってしまった。


「すみません、飛月君。ですが彼が我々に同行する意思がない以上、これ以上の情報の開示は私の判断で許可することはできません」

・・・・・・流れに任せるようなタイプじゃないのか。この長身の男は意外としっかりしてるかも


「そういうわけですミスター・アルト。申し訳ありませんが、我々は巨人のことを知っているという情報のみ開示させていただきます。それを知ったうえで我々のお話を聞くだけでも・・・・・・」


「了解した。だが一つ。アンタらについていき、いろんなことを知ったうえで、俺は普段通りの日常を送ることはできるのかい?」


「・・・・・・それは」

「それは情報を知ってしまったが故の肉体的拘束もそうだろうが、それと同じように知ってしまったが故の価値観の変化や思想の変化によって日常に支障が出ないか。後者に関しては、我々自身の心の持ちようで変わるものだろうが、影響を与えるという外的要因を与える以上、そちら側の責任は追及できるぜ」

うん、場慣れしていてよかった。

昔から繋一さんに連れまわされて、いろんな交渉とかコンサルとか見てきたおかげで頭の回転がやはり速くなっている。

そのおかげで、俺はスムーズに最初から思っていた最大の疑問を言い放つことができた。


「そ、それは・・・・・・」

グヌッという表情を浮かべる長身の男。

こんな事現地に赴くようなひとたちに言っても仕方がない事ぐらいは、俺にもわかる。

まあ、最悪俺のことはどうでもいい。

だけど、チヨの今後の障害になるというのならこの話はなかったことにする。


「責任追及の話はもっと上の方に言わないといけなかったかもな。今後もし、俺をまた誘うことになりましたら、是非もっと上の方に来ていただければ幸いです」


・・・・・・あーあ。ひでえこと言ったな今。

だって要するに、お前じゃ話にならないからもっと話の通じるやつを呼んで来いって言ってるようなもんだもの。

ごめん!わざわざ現地に来てくれてるのに!

現場の人間が大変ってことは俺も良く知ってますから!

本当にごめんなさい!


「わかりました。では日をまた改めて伺います」


「ええ、そうしていただけると助かります」

せめて先ほどから圧をかけるためにわざとしていたため口、というか昔のしゃべりを敬語に戻す事ぐらいはしておかないとね。

・・・・・・しかし。

金の力を知っているか。一体何者なのだろうか。

今後も飛行物体のような物が現れ、町を蹂躙するならばきっとまた戦いに行くことになる。

そうなれば、彼らとの接触は免れないだろう。


「面倒だな・・・・・・」

問題が多すぎる。

俺がやれやれと肩を上げながらそう言い放った後、少しシュンとした雰囲気を漂わせたスーツの女性がこちらを見ている。


「・・・・・・えっと、何か忘れ物でもしましたか?」


「そういうわけではないのだが・・・・・・」

歯切れが悪そうに、しかしどこか俺にせがもうとしているような声で俺にとんでもないことを言ってくる!


「本当に来てくれないのか?せっかく来たのに?」

・・・・・・その瞬間、意志は固まった。


「ぜっっっっったいに行くッッッッッッッ!!!!!!」

はい、可愛い!行くの確定!

女の子に言われた以上!俺に反対する意思なんかなーーーい!!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「正直に言いますよ、アルトさん。あなたバカなんですか?」


「グフッ!」

腹にグーパン入れられた!言葉という名の拳を!


「す、すみませんでした・・・・・・」

頭をチヨに下げる。


「まあ、ある意味アルトさんらしいといえばそうですが、なんであんなにキレのいい発言ができるのに、女性関連になるとIQがお猿さんレベルにまで下がるんですか?」


「そ、それに関しては・・・・・・う、生まれつき?というか」

まあ、元はと言えば・・・・・・それはいいか。

そういう俺にチヨはうつむきながらため息をする。


「でもさっきの責任の件のこと。私のことを思っていってくれたんですよね?」

あ、あればれてる?

やっぱりこの子心を見る能力とかあるんじゃないか?


「な、なんでわかったんだ」


「だっていつもそうじゃないですか。何か起こりそうなときは、いつもいろんなことを気にしてくれてるじゃないですか。特に私の・・・・・・こととか・・・・・・」

顔赤らめてる!はいかわいい!

じゃないわ!

そんなに俺ってわかりやすいのかよ!


「とても嬉しかったですよ。ありがとうございます、アルトさん」

ここで下手なことを言っても面倒なことになりそうだな。

感謝はしっかり受け取っておこう。


「ああ、チヨもありがとな。さっきはおれのこと心配してくれて」

そう言って俺はチヨの頭をなでた。

少しくせ毛だが、フワフワしたその頭はとてもなで心地が良い。


「わっ!えへへ・・・・・・」

あ、無理死にそう。かわいすぎる。


「あの!」

そんな俺たちふたりの空間をすこぶる機嫌の悪そうな声が遮る。

入口の方を見ると気づかないうちに扉を開けられていたのか、先ほど来たナースのおば様の一人が立っている。


「え!えーと!なんの用でしょうか」

チヨが慌てふためきながら言うと、ナースのおば様が通告する。


「そろそろお見舞いの時間終わりだから伝えにきたんです!さっきっから声かけてるのにちいーっとも反応しないんですから!」


「す、すみませんでした。今すぐ行きますね。そ。それじゃアルトさん!放課後にまた来ますので」


「お、おう。あ!そうだチヨ。ご飯は大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。スーパーで材料買って作ってますから」


「無理しなくていいからな。デリバリーとかしても大丈夫だからな」


「私は大丈夫ですよ。アルトさんの方こそ無理しちゃ嫌ですよ」


「・・・・・・あの」

またしてもいつもの感じになってしまった俺たちの間に入り込んでくるおば様。


「す、すみません!すぐに出ますから!じゃあまた明日です、アルトさん!」

そう言ってチヨは顔を赤らめて、早歩きで行ってしまった。

俺に甘えてる姿を他の人に見られたくなかったからだろう。

しかし、うーん。解せない。


「仲良しなんですね」

先ほどとは全く変わっておばさまが俺に話しかけてきた。


「ええ。あの子ってば本当にしっかりした子で優しくて素直で・・・・・・」

だからこそ、守っていかないといけない。

俺に何ができるのかは知らないけど、今となってはチヨは俺の唯一の家族だ。

それを失えば、俺はまたしても俺をなくしてしまうかもしれないから・・・・・・

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