船主

「あ?さっき乗ってった客じゃねえか。もう帰んのか?タクシーの奴がお前らのこと探してたぜ」

「ああ…運転手には今日は行けないって伝えとくよ。乗せてくれるか?」

「ははっ、金払うんならいくらでも乗せてやるさ」

「できるだけ速く頼む」

「おうよ!」

 さっきと同じ舟と、その船主さん。見た目こそ怖そうだけど、明るくて優しそうだ。でも、それよりも、もしかしたら少年が死んじゃっているかもと思うと、さっきまで高まっていたはずの体温が一気に下がる。

 舟に体重を乗せると、ギィ…と軋む音がする。多くの人を乗せてきた証だ。

「飛ばしていいか?」

「あっ、待ってくれ。あんまり揺らさないようにしてくれないか?」

「あぁ?注文が多くねぇか…って、そいつひでぇヤケドじゃねぇか!まさかモイワナから連れてきたのか!?」

 船主さんが急に声を張り上げた。聞いたこともないほど大きな声で、目の縁から涙が溢れ出そうだったが、なんとかこらえた。

「モイワナって…どこだそこは」

 ラファエルさんも知らないようで、眉をひそめていた。聞いたことがない地名。

「あ?違うのか…絶対そうだと思ったが」


「……ma、ma…………」


______突然のことに頭が真っ白になった。

 弱々しかったが、私の耳にははっきりと届いた。

「ラファエルさん、この子起きてる…!」

「ほんとかっ!?!?」

 ラファエルさんが慌てて少年を床に寝かせる。すると少年は、微かに開いていた目をがっと大きく開けて、さっきまで死んでいるようにも見えたのが嘘のように、大声で叫び始めてしまった。

「Yepi!!!!!!! Taaaaapu!!!!!!!!!!」

「!?ど、どうした!落ち着け!!!!!」

「Yepi!!!!!!!!!!!!!Yepi!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「い、いぇ…?」

「ここらの言葉でヘルプって意味だ。お前らのことだいぶ怖がってるが」

 少年の目からは涙が溢れ出ていた。必死に体を起こそうとしているが、力が入らないのか手足を痛めて小さく喘ぎ声を漏らすだけだった。それでもなお叫び続けて、もう死んでしまいそうだった。

「ど、どうしたらいいんだ!!!!」

 ラファエルさんにしては珍しく、パニックになっていた。

「…おい、落ち着け少年。英語分かるか?」

 私たちを見かねた船主さんが、助け舟を出してくれた。英語で話しかけられた少年は、聞き覚えのある言語に少し安心したのか、震えながらも黙ってこくこくと頷いた。

「少年、俺らはお前を殺したりしねぇから安心しろ。ケガがひでぇから病院行くぞ」

 船主さんの声はさっきより全然怖くなかった。口調は変わっていなかったが、どこか包み込まれるような優しい声。少年に無理に答えさせるのではなく、ここが危険ではないことと、これからどうするかだけを伝えた。

 …早いうちに死んだ、お父さんにそっくり。うっすらとしか覚えてないけど、お父さんも、喋り方が怖くて、でも警察官というのもあってとても優しかった。お父さんがいた頃は、お母さんも普通だったような気がする。

 少年はまだ怯えていたが、諦めたように小さく頷いて、静かにまた目を閉じた。

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