信用

「Quelle bande de gens pour tuer un enfant!!!」

 男の人の大きな怒鳴り声で目が覚めた。白くてきれいな天井と、おしゃれなランプが視線の先にあった。そこは、見覚えがあった。


『今こそ決断の時。さあ、尊厳をもって死を選ぶのです___』


 その言葉を聞いた、あの教会だ。もやのかかっていた脳内が一気に覚醒し、ガバッという音を立てて体を起こした。冷や汗が頬をつたって、気持ち悪い。

「Ne parle pas trop fort! Tu vas l'effrayer, n'est-ce pas?」

 さっきの女性の声が聞こえる…。長椅子もない、教壇もない…ここはあの教会ではないようだ。ゆっくりとベッドから降り、部屋の扉を開けると、見慣れない髪色の女性と、もう1人、黒い髪の男性がいた。

「あら…起きちゃったのね。おはよう」

「僕の声で起こしてしまったのか…すまない」

 2人は私の顔を見ると、申し訳なさそうに話しかけてきた。さっきの言葉は聞いたことない言語だったけど、今度は英語で話しかけられた。

「きっと何も飲んでないのよね。はい、お水。」

 女性は、水の入ったコップを机の上に置いた。濁りも何もなく透き通っているけど、私はそれを飲もうと思えなかった。毒が入っているかもしれない。もしかしたらこの人たちはあの宗教の人間で、安心させたところで私の命を奪うつもりなのかもしれない。そういう考えしか浮かんでこなかった。

「喉、渇いてないの?でもさっき川の近くにいたのは、喉が渇いていたからじゃ…」

「エマ、この子は毒を飲まされそうになったんだ。無理もない」

 毒…その言葉を聞いただけで吐き気がする。なんでこの人たちがその情報を知っているんだろう。この人たちなら、お母さんのことも知ってるかな。

 お母さんたちについて、聞こうと思ったけど、声が空気のように消えていってしまう。ああ、私、そんなに喉渇いてるんだ。声も出ないほどなんだ。

「…声が出ないんでしょう?かなりの距離走ったようだし、当たり前よね…お願い、私たちを信じて。私たちはあなたを殺したりなんてしないわ」

 『信じて』…この言葉、教会で耳が腐るほど聞いた。お母さんはあの『信じて』を本当に信じていたのだろうか。あんな胡散臭い宗教の言葉を、鵜呑みにしていたのだろうか。

 人の『信じて』は、もう信じられない。みんな、嘘をついているとしか思えない。私は、水を飲むことなく、ただ俯いた。

「…そうよね。あんなことがあって、人を簡単に信用なんてできないわよね」

「………よし。それなら見てて、お嬢さん」

 男性は私の目の前に置かれたコップを取ると、その中に入った水を一口だけ飲んで見せた。

「……なんともないだろう?毒なんて入れていない。僕たちが君を殺す理由なんてないからね」

 そう言って、男性は毒が入っていないことを証明してくれた。それでも、

(これには毒が入っていなくて、次に水を入れるときに毒を盛るつもりかもしれない)

(一口では影響はないけど、全部飲んだら死んでしまうような毒かもしれない)

 疑いは晴れなかったが、喉が渇いていることをどうしても意識してしまって、更に渇く速度が上がっていく。


(私は…………)




『信じて』を、はじめて信じてみることにした。

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